防衛戦その4

マーギンは外で寒さに震える住民達の為に焚き火の数を増やしていく。その中で小さな子供を抱えたお母さんがぶるぶると震えていた。


「大丈夫ですか?」


「すっ、すいません。大丈夫です」


「俺のテントで寝なよ。子供が凍え死にそうだ」


「だ、大丈夫です。寒いのは他の皆も一緒ですので」


「いいから。大人は我慢出来てもこんな小さな子は無理だろ?せっかく避難してきたのにここで死んだら元も子もない」


と、遠慮する母親と子供をマーギンのテントに連れて行った。


「僕、ここなら寒くないだろ?」


そう子供に話しかけると母親にぎゅっと抱きついて離れない。


「知らない人だから怖いか。じゃ、いいものをやるから口を開けろ」


子供はそれを命令だと思ったのか震えながら口を開ける。マーギンはそこに飴玉をポイと入れた。


「明日には領都に避難出来るからな。それを舐め終わったら、ちゃんと寝ろよ」


子供は口に何をいれられたかわからない。が、マーギンがテントから出て行った後に甘くて美味しい味がするのが分かった。


目をパチクリとして母親を見上げる。


「何をもらったの?」


子供があーんして母親に見せると飴玉が口に入っていた。


「良かったわね」


「うん」


そして暖かなテントの中で母子は眠るのだった。



「マーギン、寝ないのか?」


ロッカ達もまだテントに入らずに外で様子を見ている。


「あぁ。今晩はもう魔狼の襲撃はないからロッカ達も寝ろ」


「お前は少し仮眠をしただけだろ?マーギンこそちゃんと寝ろ」


「俺は大丈夫だ。それより腹が減ったんだけど、皆の前で食うのもなぁ思ってんだけど、お前らは飯食ったのか?」


「一応干し肉と湯は飲んだ」


まともに飯を食ってないからそれは嫌だ。


「まだ寝ないならテントを少し借りてていいか?中で飯を食うわ」


「お前のテントはどうした?」


「他の人に貸した。小さな子供が凍えそうだったからな」


「そうか、なら私等のテントで食え」


ということでロッカ達のテントにお邪魔する。


食べるのはインスタントラーメンだ。どんぶりに湯を入れてしばし待つ。


「なんか美味そうな匂いだな」


と、ロッカが覗き込む。


「ロッカも食うか?」


「はい、食べます」


一番初めに返事をしたのはアイリスだった。


結局皆も食べたいというので人数分出して、ハムを追加で入れておいた。


「はー、温まるし旨いな」


「だろ?寒いのは嫌だけど、こういうのが旨くなるってメリットもあるんだよな。旅行ならこの寒さも楽しめるんだけどな」


「マーギン、明日からどうすんだよ?」


「騎士隊に住民をお願いしたあとに、他の村を見に行ってくるよ」


「何を見に行くんだ?」


「火事場泥棒っていってな、人の災難にかこつけて泥棒をするやつが出てくるんだよ。それの見回りだ。ここは明日の昼間も魔物の襲撃は無いだろうからな」


「なんで襲撃が無いって言い切れんだよ?」


バネッサはモグモグしながら油断禁物なんだろうがと言っている。


「多分、ここ以外の場所で怪我人か死人が出てる。ロドリゲスが行った所がヤバイんじゃないかな。ロドリゲスの言うことを聞かずに飛び出しそうな奴がいたからな」


「で、そいつが死んだことがここと何の関係があんだよ?」


「今日の魔狼襲撃をシスコ達が追い払っただろ?」


「らしいな」


「で、その時に群れのリーダーが死んだから逃げ出しやつらは他の群れに合流したはずだ。で、ここはヤバイぞという情報が共有されてんだよ」


「へぇ、で、組合長の所がヤバイってのは何が関係してくんだ?」


「誰かが死んで食われていたら餌場として認識される。他の群れもヤバイ場所は避けて餌場に集まる。それで我先にと餌の取り合いが始まるから戦闘が始まっても魔狼は逃げない。だから殲滅するしか方法が無くなるんだ。人間と魔狼の戦争みたいなもんだな」


「かなりヤバイじゃねぇかよ」


「始めに一箇所にまとまれというのと追い払うだけだと言ってあるのに言うことを聞かない結果だ。体験しないと分かんない事もあるだろ?」


と、マーギンはバネッサを見る。


「初めの群れを殲滅したら他の群れがまたやってくる。群れを作る魔物が多い時は相手に襲わわれない状況を作る必要性があるんだよ」


「始めにそういう説明をすればいいじゃねーかよ」


「俺はハンター組合で実績もないし、顔も売れてない。顔見知りのお前でさえ俺の言うことを聞けないんだ。他の奴らにどう説明しても信じる訳無いだろうが」


そう言うとバネッサは黙った。


「マーギン、マーギンはどこだっ」


外から大きな声が聞こえてきた。大隊長が戻って来たようだ。


「じゃ、ちゃんと寝ろよ。こいつを置いとくから寝られるだろ」


「何だよこれ?」


「暖房の魔道具だ」


こんな物があるならさっさと出せよなとか文句を言われる。レンタル料を取ってやろうか…



「大隊長」


「お、マーギン。ちゃんと領主に言っておいたぞ。お前の心配した通り何も用意しておらんかったわ」


「やっぱり」


「どうして分かった?」


「ケチなのか気が効かないのかどっちかわからないんですけど、集まったハンターにも何も無かったですからね。人心掌握術に欠けているのは確かですよ」


「お前が領主ならどうする?」


「暖かい物を配給して労いの言葉をかけますよ。それだけで士気が上がるんだから安いものですよ」


「その通りだな。ここの領主はまだ若いからその辺の事に気が回らんのだ。周りがしっかりしていれば問題ないのだろうがな…」


なんか色々あるんだろうな。下手に関わらないでおこう。



大隊長に今日の襲撃の事とこれから起こるであろう事を説明していく。


「ではここは暇なのだな?」


「今晩はね。ここに雪熊を呼び寄せるつもりですよ」


「呼び寄せる?」


「魔狼が他の所に行くとここは雪熊にとって襲いやすい場所になるんですよ。後はどうやっておびき寄せるかを思案中です。待ってると長期戦になりますから」


「何か手はあるのか?」


「自分が囮になるか、それとも…」


マーギンはそう言ってふっと笑ったのだった。



ー翌朝ー


ガチャガチャガチャと音を立てて騎士隊が到着した。


「マーギンっ」


「ローズ様。この度は騎士隊を率いてお越し下さり感謝致します」


やって来たローズに他の騎士達もいるので丁寧に挨拶をする。


「ほ、本当に騎士様達が来て下さった」


住民達は本当に王都の騎士隊が来たことで歓声が上がる。


「皆の者、寒い中を待たせたな。今から我々が先導して領都に誘導する」


ローズがそう宣言すると拍手と歓声に包まれた。


「ローズ、宜しくね。初めて騎士姿を見たけど凛々しくて素敵だよ」


「ま、またマーギンはそのような事をしれっと言う」


ローズは素敵と言われて真っ赤になった。マーギンはお世辞を言った訳ではない。女騎士というのはゲームやアニメでの憧れの存在なのだ。


「大隊長っ、恐れながら進言致しますっ」


騎士隊の中から若い騎士が走ってきて大隊長に跪いた。


「なんだ?今回の任務はローズに従えと言ってあるだろう。貴様は規律違反を犯すつもりか」


「無礼を承知で申し上げます。私を避難誘導ではなく、討伐隊に加えて下さい。避難誘導など誰にでも出来る事の為に剣の腕を磨いてきた訳ではありませんっ」


「ほう、避難誘導は不服と言うか?」


「はい」


「マーギン、こいつに役割を与えてやれるか?」


これはどっちの意味だろうか?戦力として使えとのことなのか、お灸をすえろということなのか。マーギンはチラッとローズの方を見ると、ギリッと唇を噛んでいた。大隊長の意図はわからんがローズには今何をすべきだったか学んでもらわないとダメだな。


「大隊長、お気持ちはありがたいのですが、ここの住民は騎士が迎えに来てくれると信じて集まった者たちです。騎士としての任務を全うされるのが宜しいのではないでしょうか」


「ということだ。さっさと任務に戻れ」


「貴様っ、何を偉そうに言っているのだっ。私は大隊長に進言したのだっ」


「騎士様、ご自身の任務の大切さを理解して下さい。避難誘導を必要としているのはここだけではありません。みな騎士様が迎えに来てくれる事を心待ちにしております。住民達は住み慣れた場所を離れ、大切な家畜を置いて避難しなければならないのです。昨夜も凍えそうになりながら騎士様をお待ちしていたのですよ」


「うるさいっ。貴様に指図される覚えはないっ。不敬罪で斬り捨てるぞっ」


「今回はローズ様がリーダーとなり、騎士としての任務を果たしに来られたのではないのですか?」


「なぜ、後輩のしかも女の指示を聞かねばならんのだっ」


あーあー、言っちゃったよこいつ…


「そこまで仰るならこちらの手伝いをして貰いますが、本当に宜しいですか?」


「初めからそれを大隊長にお願いしているのだっ」


「大隊長、騎士様のお力がどれぐらいあるのか教えて頂いても宜しいでしょうか。こちらも戦術上把握しておかねばなりませんので」


「構わんぞ。時間がないからマーギンが自ら試してやれ」


「ありがとうございます。では騎士様、こちらへお越し下さいませ」


「マーギンっ、お前は何をするつもりだっ」


今まで悔しそうな顔をして黙っていたローズがマーギンに大声を上げる。


「ローズ様、他に不満をお持ちの騎士様もいらっしゃいますか?いらっしゃればその方々にもお手伝い頂きたいのですが」


「くっ… マーギン、なぜそのような事を言うのだ」


「ローズ、最後まで不満を言っていたものを出せ」


ローズは5人の騎士の名前を上げた。


「お前らは討伐組に立候補するか?」


「宜しいのですかっ」


「不満を持ちながら任務についても問題を起こしそうだからな。希望者はマーギンの後ろに続け」


マーギンは6人の騎士を連れて昨夜魔狼が現れた場所に移動する。


大隊長命令により、他の騎士達も見学に連れて来られた。住民や他のハンター達もぞろぞろと付いてきた。



「騎士様、ここが戦場となります。昨夜も20匹程の魔狼がここを襲いに来ました。騎士様の実力を把握させて頂くために、今回は私が魔狼役をさせて頂きますので討伐して下さい」


「お前を斬れというのか?」


「はい。私を斬れるようでしたら後はお任せ致しますのでご遠慮なく。死んでも不敬罪で斬ったということで問題はありません。しかし私も全力で抗いますのでご覚悟をお願い致します」


「マーギン、お前は何をするつもりなのだ?」


ローズが心配そうな顔をする。


「建前は己の力を知ってもらうためだよ」


「建前?本音はなんだ?」


「ん?規律違反をしたものがどうなるのかを知ってもらう。6人は使い者にならなくなると思うけどそれは覚悟しておいてね」


「使い者にならないってお前…」


マーギンは騎士達に戦闘準備を取らせ、自分は昨夜魔狼が居た場所に移動する。


「お前ら、覚悟はいいか?正しい事を指示したリーダーに従わなかった愚かさを思い知れ」


それまで丁寧に騎士に接していたマーギンは冷たくそう言い放った。


マーギンは雪の上だというのに高速で移動を開始する。魔狼が雪の上で走るスピードと同じくらいに調節して。


「くっ、足が抜けんっ」


マーギンが動いた事で騎士も剣を構えて動こうとするが、足が雪に埋もれて思うように動けない。


その刹那、マーギンは1人の騎士の首を掴んだ。


「ガァァァッ」


魔狼が咆哮をあげるかの如く叫び威圧を放つ。騎士は魔狼に首を噛まれたよう見える。


「ヒッ」


始めに首を掴まれた騎士は失禁して気を失う。他の騎士もパニックになって逃げようにも足が雪に埋もれて逃げられない。マーギンは次々と首を掴んで咆哮をあげながら威圧して、騎士を使い者にならなくしていったのであった。


「お前ら、合格だ」


騎士を見下ろしたマーギンは6人に合格を告げる。


「マーギン、合格ってお前は何を…」


ローズはてっきり、お前らは使い者にならんと吐き捨てると思っていたのだ。


「大隊長、ぜひこの6人の騎士様を討伐隊に参加させて下さい」


「何をやらせるつもりだ?」


「そんなの決まってるでしょ。雪熊をおびき寄せる餌になってもらうんですよ」


マーギンはニヤリと笑いながら使い者にならなくなった騎士にそう告げたのだった。



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