防衛戦その3
マーギンは自分の着ていた温熱ベストをバネッサに着せて、耳当てを着けて毛布で包んでおんぶする。
「さ、移動開始だ」
住民達は家畜を連れて、ニワトリとかは荷車に乗せて移動していく。
「マーギン、バネッサを歩かせないのか?」
「こいつは軽いからこのままでいい。また反発しだしたら面倒だしな」
「しかし、マーギンはまだ付き合いが浅いのにバネッサの事をよく理解しているな」
「こいつは昔の俺とよく似てんだ。言って聞かせても理解出来ないんだよ。自分で体験しないとな」
「体験?」
「そう、自分のせいで誰かが死ぬとかの経験がないと忠告されても理解出来ない」
「マーギンはそういう経験があったのか」
「まぁな。それは今でも後悔している。俺はバネッサにはあんな思いをさせたくはないんだよ。それに今回はバネッサ自身も死ぬ恐れがある。俺が今回バネッサの事を使い物にならんと言ったから意地にもなってるだろ?いくら説明しても俺の言う事に聞く耳持たんよ」
そんな話をロッカとシスコにしながら集合する村に向かったのであった。
村に到着して魔法で足湯を作っていく。全員が建物の中に入れるわけではないので暖を取る手段を作ってやらないとダメなのだ。
足湯の温度を保てるように釜のような物を何箇所かに作り、そこに薪を組ませていく。
「アイリス、薪に火をつけていってくれ。ロッカ、暖を取れたら足湯を交代するように皆に言って回ってくれるか?」
「解った」
「じゃ、後は頼む。夜には戻るから」
「どこに行くのだ?」
「他の所も同じ状況だろうから、足湯とか作って来るよ」
「解った。気を付けてな」
「今からバネッサの麻痺を解除するけど勝手に行動させるなよ。外の見回りとかもまだしなくていい。襲撃は夜だろうからな」
マーギンは気配を探って、まだ問題が出ないことを確認していたのだ。
マーギンが走って出て行った後しばらくしてバネッサが復活する。
「バネッサ、勝手な行動をするな…」
「聞こえてたから分かってるよっ」
バネッサは麻痺させられてはいたが意識もあり、マーギン達の話はずっと聞こえていたのだ。それにマーギンが着せてくれたベストと耳当てが暖かい。悔しいのと嬉しいのかどうかわからない気持ちが胸を締め付ける。
「ロッカ、住民達に足湯とかの説明すんだろ?早くやるぞ」
バネッサはそのなんとも言えない気持ちを振り払うようにロッカに大きな声を出した。
「うむ、そうしよう」
マーギンは他の2個所にも足湯を作ったが、移動を拒否した村があるらしい。
「で、そいつらは置いて来たんだな?」
「そうだ。女子供は無理矢理連れて来たけどな」
「了解。残ってる奴らの場所を教えてくれ」
マーギンはその村へ走る。日が暮れるとまずい。遠くで様子を伺っている気配が移動を開始している。手薄な所を探っているのだろう。散らばっていた気配が集まりつつあるのだ。
「おい、さっさと逃げるぞ」
「誰だお前は?」
「王都のハンターだ。ここにいる人数じゃ守りきれん。明日になったら集合した村に王都の騎士が迎えに来る。皆は領都に避難しろ。家畜はこちらで守る」
「騎士様が俺等の為に来る訳ねぇだろうが」
「来るよ。信じずにここでお前らが死んでも俺は別に構わんが、お前らが死にゃ嫁子供が露頭に迷うぞ。そうなりゃ子供は孤児になって嫁さんは娼館で働くとかになるだけだ。大切な者の人生をそう望むならここに残れ。他に残ってる奴らもいるから先を急ぐ。後は自分で判断しろ」
マーギンはそう言い残して、他の村にも同じように言って周ったのだった。
「マーギン、どうだった?」
元の村に帰ってきたマーギンにロッカが聞いてくる。
「移動したかどうかまでは確認出来てない。逃げろと言って回っただけだからな。選ぶのは住民だから後は知らんぞ」
「冷たてぇじゃねぇかよ」
「逃げなかったらどうなるかは伝えた。後は自分で選んだ道だ。強制する必要もないだろ?」
「ちっ」
バネッサはマーギンに問いかけた返事に舌打ちをしたのであった。
日が暮れると大柄の男がロドリゲスとやって来た。
「大隊長、もう来たんですか?」
「うむ、お前が先を急いだのだからこちらも早いほうが良いと思ってな。まぁ、予想通りローズは苦戦しているから皆を迎えに来るのは明日の朝になるだろう」
「避難は明日の朝と想定していましたから問題ありませんよ。それより大隊長にお願いしたいことがあるんですけど」
「ん、一緒に戦えと言うのか?もちろんそのつもりで来ているぞ」
「いや、戦闘より高位貴族としてのスターム・ケルニー伯爵にお願いがあるんですよ」
「貴族としての俺に?」
「はい、住民が領都に避難した際の避難場所と食料の提供を領主に出してもらえるように言って頂けませんか」
「そのような事は当然だろ?」
「そうだといいんですけど、念の為です。こちらはこれから魔狼の襲撃に備えます。今夜は追い払うだけにとどめますから大隊長のお力は不要ですよ。今の戦力でなんとかなります」
「分かった。領主にそう伝えに行こう。その後戻って来るぞ」
「ではお待ちしております」
と、騎士隊の大隊長を使いっ走りにするマーギン。
住民達のざわつきが収まらない。
「あの人は騎士様か?」
住民の一人が聞いてくる。
「あの人は騎士隊の大隊長だ。皆の避難誘導をしてくれる騎士隊は明日の朝にここに来てくれるようだ」
「あの方が騎士隊の大隊長… では本当に…」
「だから来てくれるって言っただろ?今晩は寒いと思うが我慢してくれ」
「わ、分かった」
本当に騎士隊が来てくれると分かった住民は皆にもその事を伝えに行ったらしく、一気に活気が出てくるのであった。
「ロッカ、悪い。ちょっと寝るわ」
「そうか、マーギンは徹夜でこちらにも来てくれたんだったな」
「一時間したら起こしてくれ。まだ気配は遠いから今夜の襲撃はないかもしれん。ハンターで夜警の順番とか決めておいてくれないか。ロドリゲス、ここはこっちでやるから、ここの村の様子を見に行ってくれないか?避難しなかった住民がまだいるかもしれん」
「避難してないだと?」
「ハンターだけで他の村に集まれと言っても言う事を聞かない奴が出てくるのは想定してなかったのか?一応残ってる奴等には警告はしにいったけどな。ハンターの中にも今回の作戦に反発しているものがいるからそいつらごと死ぬぞ」
「分かった」
ロドリゲスはマーギンに場所を聞いて走って行ったのだった。
テントを張ってマーギンが寝ようとするとバネッサが温熱ベストをバサッと顔に投げつけてきた。
「これからもっと寒くなるだろ?着とけよ」
「いらねぇっよっ」
バネッサはふんっとそう言って耳当ては着けたまま出て行った。
このテントはエアコン機能持たせてあるから気を使う必要ないのになと思いながらマーギンは温熱ベストを着たのであった。
マーギンは起こされる前に目が覚める。魔狼達の気配が遠くでウロウロしだしたのだ。
テントの外に出るとめちゃくちゃ寒い。
「さっみぃぃぃっ」
大声で叫ぶマーギン。
「もう起きたのか?」
「あぁ、今夜に襲撃があるかもしれんな。弓使いは何人ぐらいいる?」
「シスコを入れて5人だな」
「了解、剣士達には後衛で村の防衛を頼みたい。それと弓使いと打ち合わせしたいんだけど連れてきてくれない?」
と、ロッカに頼む。剣士達の事は任せておこう。
「よ、お疲れ様」
「お前、新人なんだろ?新人がなんで仕切ってんだよっ」
弓使いの男が噛みついてくる。
「経験はお前らより上だ。そんな事はどうでもいい。作戦を決めるからよく聞け」
マーギンは相手にマウントを取らせないよう強めに指示を出す。
「今夜は住民がいるから魔狼を追い払うだけに注力する。討伐は考えなくていい。だから弓使いだけで対応する。他はそれでも抜かれた時の為に対応してもらう」
「お前、弓使いを前衛に出すってのかよ」
「そうだ。怖いなら今回は村の中に避難していてくれ。邪魔だ」
「なんだとっ」
「今回は追い払うだけど言っただろうが。だから魔狼に矢を当てる必要もない。火矢を放って近付けさせなければ作戦成功だ。それでも怖いか?」
「バカにすんなっ」
「なら前衛になっても文句を言うな。そろそろ来るぞ。火矢の準備をする」
「シスコ、俺は火矢の準備をするから皆に作戦を伝えてくれ。俺が合図をしたら皆に目を閉じさせろ。強烈な灯り魔法を放つから目を開けたままだと目が見えなくなる。次に合図をしたらそのまま矢を放ってくれ。狙いは適当でいい」
「火はつけておくのかしら?」
「いや、放つ瞬間に俺が着火する。火をつけたまま構えてると弓が燃えたりするかもしれんからな」
「5人同時に出来るの?」
「余裕だ。第一矢を放ったら、そのまま皆にも魔狼が見えるように灯りをつけるから魔狼が引くまで矢を射ってくれ。着火は全て俺がする」
「分かったわ」
シスコに伝言を頼み、マーギンは土の矢を作っていき、先に布を巻いて油に浸した。
皆に大まかな場所を狙えと伝えてスタンバイ。
「来たぞ」
「どこだ?」
「お前らにはまだ見えん。弓を構えておいてくれ」
マーギンはジリっと近づいてくる魔狼の様子を伺う。魔狼にも斥候役がいて、それがこっちに突っ込んでくる間に他の奴らはバラけて遊撃をしてくるのだ。そして司令役というリーダーが最後部に構えて指示を出す。育った群れのやつらは賢いのだ。
「目を閉じろ」
と、マーギンが合図を送った瞬間に斥候役の魔狼が飛び出した。
「フラッシュっ!」
ビカッ
眩い灯明かりが辺りを照らす。暗闇からいきなり強烈な明かりを食らった魔狼の動きが止まった。
「放てっ」
その合図に一斉に矢が放たれた。弓から離れた瞬間に矢が燃え上がり、魔狼の近くに着弾する。それを見た魔狼達は後方の魔狼を見た。マーギンはそれであの魔狼がリーダーだと確定したので魔法で撃ち抜く。その様子はフラッシュが消えた後なので他のハンター達には見えていなかったのだった。
「どんどん打てっ」
次々に火矢が放たれる中の一本を誘導してリーダーの魔狼に当たるようにする。それから灯りの魔法で魔狼達を照らした。
ヒュンヒュンと魔狼目掛けて火矢が飛ぶ。リーダーの魔狼がやられた事により、他の魔狼も散り散りに逃げて行ったのであった。
「お疲れ」
「終わったのか?」
「取り敢えずな。一匹仕留められたのが良かったみたいだ」
灯りの中で一匹の魔狼に火矢が刺さって死んでいる。
「誰の矢だ?」
「皆同じに作ったから誰の矢かわからんよ。今回の依頼は個人というよりハンター全員が受けた依頼だからな。誰が倒したとかどうでもいいんだよ。報酬も山分けだ。あの魔狼も回収せずにあのまま放置する」
「魔狼の毛皮は結構良い値で売れるんだぞ。勿体ねぇじゃねーかよ」
「あれを置いとけば他の魔狼が警戒して今晩はもう来ない。明日か明後日には嫌というほど集まるからそれを集めればいい。今日はもうみんなちゃんと寝てくれ。明日からが本番だからな」
「まじかよ…」
ー魔狼襲撃が終わった後の村の広場ー
「マーギン、あの魔狼はあなたがやったんでしょ?」
とシスコが聞いてくる。
「どうしてそう思った?」
「あそこまで矢が届いた人はいないもの。あの魔狼が群のリーダーかしら?」
「そう。あいつを倒せばあの群はしばらく無効化出来る。今この村の近くにいた群はあいつらだけだったからな。だからみんなちゃんと寝られるだろ。寒さであまり寝れれてない奴らが多いから体力温存だ」
「マーギン一人で来れば殲滅出来たのにね」
「一人で来てても初日に殲滅はせんよ。しかし、明日にはロドリゲスが状況確認に来てこっちから人を抜かれる。そん時に星の導き達だけ残ってくれたら楽勝なんだけどな」
「他は被害が出てると思ってるの?」
「死人が出てないといいな」
マーギンは多分、他の箇所は何人か殺られているだろうなと想像をしていたのであった。
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