防衛戦その5

「お前が自ら囮になると言っていた役をやらせるのか?」


「はい、人数が多い方が確率も上がりますから助かりましたよ。ちょうど足が抜けなくて動けるなくなってるのもいい。雪熊の格好の餌食です。これで2〜3日で決着が付くと思いますよ」


「こいつらはこのままここに放置か?」


「はい。雪熊は死体でも食べますので問題ありません。それにこれぐらいの鎧なら噛み砕きますので大丈夫です」


「なら問題ない。ローズ、お前達は任務をきちんと遂行しろ。住民達を安全に避難させるのが騎士の努めだ」


「はい。心得ております。では皆さん、我々の先導に付いて来てください」


「たっ、助けて下さいっ。魔物の餌になるなんて嫌だぁぁぁ」


足が抜けない騎士は泣き叫んで助けを呼ぶ。


「おっ、いいねぇ。そういう叫びが雪熊をおびき寄せるんだ。そのまましっかり叫んで下さいね」


マーギンはそう言い残して皆と村に戻ったのだった。


住民達に必ず家畜は守るから安心して領都に避難してねと伝える。住民達も先程のマーギンの動きを見て、この人なら本当に家畜を守ってくれると信じたようだった。


そして住民達が避難してこの場所から居なくなった後にロドリゲスがやってくる。


「こっちは大丈夫だったか」


「もちろん。そっちは?」


「二人殺られた。怪我人も多数出ている」


「じゃ、ここは星の導き達に任せて、他のハンター全部応援に連れて行ってくれていいよ。もう一箇所は大丈夫かな?」


「もう一つはマッコイが見てくれている。しかし、ここのハンターを全員連れて行けとか正気か?」


「こっちはもう魔狼は来ない。マッコイの方がどれぐらい被害が出たか知らないけど誰も殺られてないなら、ロドの所に魔狼は集中する。そこが餌場と認識されただろうからな」


マーギンは魔狼の習性の事を説明した。


「情報共有するだと?」


「そう。群れ単体だとそんな事はないんだけどね、今回は異常事態だろ?魔狼の数が多すぎる。こんな時は個々の群れがどんどん合体して大きな群れになって行くんだよ。ここはリーダーの魔狼だけが死んだから、逃げた魔狼がここはヤバイと仲間に伝える。で、ロドの所は人が食われた事によって戦っても勝てると判断されたと思うよ。それが共有されてそっちに魔狼が集結する。ロドの所はもう防衛戦は無理だよ。殲滅戦に作戦を切り替えて」


「お前、そんなさらっと…」


「どうせ、追い払うだけという作戦に不満を持った奴が討伐に出て食われたんだろ?そいつらのパーティが皆を危険な目に合わせていると理解してもらえば? こっちは無理矢理言うことを聞いて貰ったけど、見知らぬ俺にあれこれ言われるの嫌みたいだし、組合長が面倒見てやってよ。ロドも参戦しないと壊滅するぞ」


「お前らはここで何をやるんだ?」


「雪熊の相手。魔狼がそっちに集中したら雪熊はこっちに来る。餌も準備出来たしね」


「餌?」


バネッサがロドリゲスを騎士の所に案内する。ロドリゲスは泣いて助けてくれと言っている騎士を見た。


「お前、騎士を餌にすんのかっ」


「志願してくれたんだよ。ありがたい話だね」


泣き叫ぶ騎士の横でしれっとそう答えたマーギン。本当に良いのか?という感じでロドリゲスは大隊長を見る。


「リーダーの命令を聞かずに志願したのだ。その心意気は買ってやるべきだと判断した。コイツらの家族には立派な最後だったと伝えよう」


大隊長も助ける気は無いと理解した騎士達はロドリゲスに向かって助けてくれと泣き叫ぶ。


「ロド、餌は連れてっちゃダメだよ。魔狼の活気を余計に上げる事に繋がる。ただでさえそっちの殲滅戦は苛烈になるだろうからね」


「お前、よくもそんなことをしれっと言えるなっ。人の命を何だと思ってやがんだっ」


「初めに忠告しただろ?まず住民を纏めてなければかなりの村が魔狼に食われていたのは理解してるよな?それにハンターが死んだのは追い払うだけの作戦を守れなかった組合長の責任だと俺は思っている。ロドも組合長なのに魔物の習性を知らなさ過ぎる」


「お前なら魔狼が大量に来ても対応出来るのというのか?」


「まともに戦ったら無理だよ。ハンターの数も多いし、まだ夜まで時間があるんだから罠とか仕掛けなよ。殲滅出来なくても、ここを襲うのは無理だと認識させれば群は散る。それかここにいるハンター達は毛皮が欲しいみたいだから、好きに戦わせてもいいんじゃない?」


ロドリゲスはお前が判断して対応しろと言われている事を理解した。


「罠は何がいいと思ってるんだ?」


「焼き払うのが一番いいと思うよ。後は剣士でも戦えるように足場を作っておくこと。雪で火がつきにくいだろうから工夫が必要だとおもうけど、村をぐるっと囲むように火をつけておいて、それすら抜けて来たやつを足場の良い所で迎え撃つ。これが上手く行けば殲滅出来なくても群は散る。後は得意武器が生きるような配置を考えて。俺はどんな奴がいるか知らないから」


「分かった。ここは本当にロッカ達だけでいいんだな」


「その方が都合がいいんだよ。雪熊に手薄だと思わせた方がいいからね。討伐は無理かもしれないけど、追い払うにはシスコが居てくれれば大丈夫。チャンスがあれば大隊長にも手伝って貰うし」


「ロッカとバネッサは何をする?」


「今回は見てて貰うよ。色々な戦法があるということを知ってもらいたいし」


「分かった。おい、お前ら向こうの村で総力戦だ」


ロドリゲスに連れられて皆はこの村を去ったのだった。



「さて、人も居なくなった事だし飯にするか」


呑気に飯にするかと言ったマーギンに大隊長は心配する。


「マーギン、向こうは大丈夫なのか?」


「ロドリゲスが本気で取り組めば大丈夫だと思うよ。あの人めちゃくちゃ強いだろ?後はハンターをどう統率するかだろうね」


「統率?」


「うん、ロドリゲスって頭も切れるし、個としての強さもあるんだと思う。でも皆を統率して大きな事をやるのは苦手なのかもしれないね」


「マーギンは大きな組織を動かしていたのか?」


「いや、俺じゃなしに、剣を教えてくれた人が軍を動かす時の事をよく教えてくれたんだよ。軍って命令が絶対なんだけど、必ず規律を乱す者が出てくる。作戦を決める前の進言は聞くけど、作戦決行時に命令をきかない奴は組織に不要なんだってね。だから大事な作戦の前に、小さな戦闘で自分が規律を乱したらどうなるか体験させたりしてたよ」


「マーギンも戦争に参加していたのか?」


「いや、俺が居た所はもっと魔物が強くて数も多かったから、軍も魔物討伐がほとんどだよ。上が今回は防衛戦だと言っても手柄が欲しかったり、自分が強いと自惚れている奴が飛び出すんだよ」


「なるほど」


「その人はこうも言ってたよ」


「何と言っていたのだ?」


「真に恐れるべきは能力のある敵ではなく無能な味方である。ってね」


「うむ、その人の言っている事は名言であるな」


と、大隊長が頷く。


「まぁ、その人は言う事をいつも聞かない俺に向かって言ってたんだけどね」


と、マーギンは苦笑いしたのだった。




ちゃんとした飯を食えてなかったので皆で焼き肉にする。


「この肉は旨いな。肉というよりソースか?」


大隊長は焼けた肉をフォークで持ち上げてまじまじと見る。


「そう。これを食うと酒を飲みたくなのが困りものですね」


「そうだな。今回の作戦が終わったら、こいつで飲まないか?」


「御冗談を。高位貴族であり、騎士隊の大隊長が有事でも無い時に庶民と飯食って酒を飲むような事はないでしょ」


「そう言うな。オルターネンからハンターとの訓練を進言されておってな。お前達はかなりやるのだろう?ハンター組合に指名依頼を出すから騎士と戦闘訓練をしてはもらえないか?その時に騎士達と反省会を兼ねて飯を食おう」


「私達を騎士の訓練に指名依頼ですか?」


ロッカが驚く。


「そうだ。通常は騎士同士の訓練しかしていない。しかし、要人が襲われるとしたら騎士としか訓練をしてこなかった者は対応が出来ないとオルターネンから言われたのだ。特に斥候の短剣使いのような者に襲われたら太刀打ち出来ないだろうと」


「えっ?うちの事をオルターネン様がそう言ってたのか?」


次はバネッサが驚く。


「お前が斥候担当か?かなり小柄だが本当に騎士に優るような戦力を持っているのか?」


「大隊長、こいつはバネッサといいます。こいつの攻撃を初見で対応出来る騎士は居ないと思いますよ。本当に騎士の訓練に指名依頼して下さるなら訓練場ではなく、野外で実戦式にされた方がいいでしょうね。要人の護衛をロッカ達が襲うみたいな感じで」


「実戦に近い訓練か。それがいいかもしれんな」


「もし本当にお考えなら春までに依頼をされるか、夏以降がいいと思いますよ。ロッカ達が受けるかどうか知りませんけど」


「大隊長殿、本当に依頼を頂けるなら是非お願い致します。なぁ、バネッサ」


「う、うちの事をオルターネン様が褒めてくれてたって本当なのかよ…本当なのでしょっか… あわわわわ」


敬語が下手なバネッサはアワアワしていた。憧れのちい兄様が褒めてくれてたと聞いて舞い上がってしまったのだ。


「では、気になることはロッカ達と話しておいて下さい。自分はマッコイの所の確認と、誰も居なくなった村を見てきます」


「一人で行くのか?」


「はい。そうでないと夜にここに戻ってこれませんので」


と、マーギンは言い残してさっと走って行った。



ーマッコイが見ている村ー


「マーギン、何しに来た?そっちがヤバイのか?」


「いや、ヤバイのはロドリゲスの所。こっちは?」


「まぁ、追い払うだけだからな。特に問題はない。ロドリゲスの所がヤバイってのはどういうこった?」


「言う事を聞かずに飛び出した奴が二人食われたらしい。ここも追い払ったならロドリゲスの所に魔狼が集結するのは確定だね。魔狼の数は100超えるんじゃないかな」


「そんなにデカい群れになってるのか?」


「多分。北のハンターと領軍達が守ってる村も追い払うだけにしてるから被害出てないんだろ?」


「そう指示してあるからな。これまでに何人か殺られているから数匹倒すくらいで無茶はしてないだろ」


「こっちも何匹か倒した?」


「いや、追い払うぐらいで倒してはないな」


「なら、今夜も襲撃ありそうだね」


「そっちはどうだ?」


「たまたま追い払う為の矢がリーダーの魔狼を倒したからもう来ないと思うよ。だから雪熊を誘き寄せてダメージを与えるのに専念する。うちは1パーティだけ残して残りはロドリゲスの所に援軍として連れて行ってもらったから雪熊は手薄なうちを襲いに来るはずだ」


「雪熊相手に1パーティだけで対応出来るのか?」


「騎士隊の大隊長が参戦してくれているから大丈夫だよ。あと聞きたいことがあるんだけどさ、王都のハンターで居なくなってるやついない?」


「おぉ、一組いるぞ。見回りに志願して出てくれている」


「もしそいつ等が居なくなってもここは問題ない?」


「遠距離攻撃がないパーティだから問題はないが… まさかそいつ等が襲われるかもしれんのか?」


「違うよ。そいつ等が夜まで帰って来なかったらこっちを手伝ってもらってると思ってて」


「ここからのヘルプか。構わんぞ」


「ありがとうね。じゃ、お互いガンバリましょう」


「おう、お前も気を付けろよ」


マッコイの所は問題ないと判断してマーギンは空になった村へと向かったのであった。





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