北の街防衛戦その1

「ローズ、今回は出てもらうが、役割は住民避難の誘導だ」


スタームはマーギンの話を聞いてローズが率いる隊の方針を防衛任務から変更した。


「大隊長っ。それは騎士でなくとも務まります」


マーギンは今のローズの発言に口を挟む。


「ローズ、お前は何を守る為に応援に出るつもりだ?」


と住民避難に不服を示したローズに問い詰めた。


「領地を守る為に…」


「土地を守るのか?」


「人だ」


「なら避難誘導も立派な仕事だろうが。領民達は騎士に守られながら避難が出来たら心強い。騎士はハンターとかよりずっと信頼が高いからパニックを起こさずにすむ。人は魔物に襲われても死ぬが避難時にパニックで将棋倒しとかになったら小さな子供や年寄から死ぬんだぞ。戦うだけが人を守る手段ではない」


「しかし…」


「お前は部下を率いるのだろ?きっと他の騎士たちもローズのような気持ちになって避難誘導を疎かに考える。こんな事をしにきたんじゃないとな。それで皆が言うことを聞かず、統制が取れなくなって避難が間に合わなくなったらどうする?結局何も守れず皆死ぬことになる。騎士が避難誘導を任せられたにも関わらずだ」


「マーギン…」


マーギンに厳しい事を言われて悲痛な顔をするローズ。


「手段はどうでもいい。守るべきものを守るのが騎士の仕事だ。もしかしたらメンツを大事にする貴族のプライドが傷付くのかもしれん。そのプライドが領民の命より大事なら俺はもう何も言わん。討伐組に加わりたいと志願しろ。俺が避難誘導をした後にお前の敵(かたき)を取ってやる」

 

マーギンの言葉に何も反論出来ないローズ。守ってやるとではなく、敵を取ってやると言われてしばらく何も言えなくなってしまった。


「わかった… 大隊長、ローズは第四隊を率いて住民を安全に避難させます」


「うむ、ではその大役を成し遂げろ。マーギン、お前も明日に出るのだな?こちらの馬車に乗っていくか?」


「いえ、自分は走って行きますよ。馬車だとロッカ達が魔物討伐に出てしまう恐れがありますからね」


「馬車より走るのが速いのか?」


「そうじゃなきゃ毎日魔物討伐なんて出来ませんから。それに今夜にでも出発するつもりですから」


大隊長はそうかと笑った所でお開きとなった。



ーマーギンが帰った後のバアム家ー


「オルターネンよ」


「はい」


「マーギンとは面白い男だな」


「そうですね。底が見えないので面白いです」


「ローズ、お前はマーギンに惚れているのか?」


「だっ、大隊長っ。何を仰るのですかっ」


ローズは真っ赤になって大声を出す。


「いやなに、そんな気がしただけだ。敵(かたき)を取ってやると言われた時に寂しそうな顔をしたもんでな」


「ちっ、違いますっ。言い返せなかった自分の力不足を嘆いただけです」


「そうか、なら良い。あのような男に惚れると辛い思いをするだけだからな」


大隊長の言いたい事は分かる。マーギンは貴族タイプの男ではない。平然と王家批判を口にするようなやつだと言いたかったのだろう。


「大隊長、マーギンの事をこれからどうされるおつもりですか?」


「別に何もせんぞ。あの手の奴は国に取り込むといずれ毒になる存在だ。かと言って排除も難しいだろう。今のお前達のように上手く付き合うのが一番良い。ただ、敵に回すような事は排除しておく必要はあるな」


「魔道具絡みの件でしょうか」


「そうだ。お前らに政治的な動きは無理だろうから、何か頼られたら俺に報告しろ。こちらで手を打つ」


「はっ、ありがとうございます」


「ローズ、お前は大四隊の奴らが素直に言うことを聞くと思うなよ。お前の事を快く思ってないものも多い。マーギンの言った通り避難誘導に反発するのも目に見えている。俺はそっちには加わらんからな」


「それは命を受けた時から覚悟をしております。大隊長は何をされるおつもりですか?」


「俺か?俺はマーギンと行動を共にする。雪の積もる中で雪熊が出たら騎士の中で対応出来るのは俺ぐらいだろうからな」


「雪熊とはそれほどの魔物ですか?」


「お前らなら全滅すると言うマーギンの言葉が正しいだろう。あとはオルターネンが言っていたハンターの強さというのも見ておかねばならん。結果しだいでは騎士団の訓練相手として指名を検討する」


オルターネンは星の導き達との事を大隊長に報告し、護衛訓練相手として検討して欲しいと進言していたのであった。



ーマーギンの家ー


ガキ共はまだリッカの食堂にいるので当面の食べ物を用意しておく。ほとんどリッカの食堂で食うだろうけどなと思いつつ、インスタントラーメンとかを用意しておいた。



「マーギン、ただいまっ」


「お帰り。今日はどうだった?」


「今日も萌キュン売れまくりだったぜ。料理の仕込みも間に合わないってタジキの作ったやつも売ったんだぜ」


「へぇ、もう客に出す飯を作らせてもらったのか」


「結構評判良かったんだぜ」


と、へへへと笑うタジキは嬉しそうだ。


「俺は今夜から出るけど、飯はここに用意してある。リッカの食堂で食えない時はこれを食っとけ」


「何日ぐらい帰って来ないんだ?」


「どれくらいになるんだろうな?一週間ぐらいかもしれん」


「わかった。早く帰って来てくれよな」


「なるべくな」


「大将が言ってたけど、マーギンって獲物の気配探れるんだろ?だったらすぐに終わんじゃねーのか?」


「そうだけど、気配を探りにくいやつもいるんだよ」


「へぇ、相手によって違うんだな」


「気配が分からんやつは、虫系と植物系だな。奴らは気配がない」


「他は?」


「蛇とかの爬虫類系だ。虫や植物より気配はあるが距離があると気配を掴めん。魔物にも色々といるんだよ。旅に出た時に色々と教えてやるよ。お前らなら気配察知出来るようになるかもしれんな」


「へへっ、俺らはネズミを見付けるの得意だぜ」


「それの応用だ。旅に出るの楽しみにしとけ」


「うんっ」


と、3人とも笑顔で答えた。


マーギンは北の領地に向う前にリッカの食堂に寄る。もう閉まっているから裏口の扉をトントンと叩いた。


「誰だっ」


「大将、マーギンだ」


大将は扉を開けた。


「こんな時間にどうした?明日出るんだろ?」


「今から出る。帰ってくるまでガキ共を宜しくな」


「もう出るのか?ということはかなりヤバイのか?」


「雪熊が出てるかもしれんというのは聞いた?」


「あぁ、チラッとな。雪熊ならお前が居たら大丈夫だろ?」


「雪熊だけならな」


「他にもいるのか?」


「まだわかんない。けど、雪熊を知ってる奴が少ないってことは今までほとんど出た事がないんだろ?」


「まぁ、冬の山んなかまで行くやつしか知らんだろうな」


「で、そいつが人の多い街近くまで来てたらおかしいと思わないか?」


「すでに人の味を覚えてやがんのか…」


「追い出されてきたと考えてもおかしくないと俺は思ってる」


「何に追われた?」


「それを確かめてくるよ」


「そうか、死ぬなよ」


「一人で殲滅しにいくならその可能性はないんだけどね、周りを気にせずバカでかい魔法を撃てば済むから」


「そうか、今回は人がたくさんいやがるんだな」


「そういう事。まぁ、見つけても追い払うぐらいでやめとくよ。相手の正体が掴めたらロドリゲスとかにもアドバイス出来るし」


「わかった。そうしてやってくれ。店が暇なら俺も行くんだがな」


「もう歳食ってんだから邪魔になるよ」


「なんだとーーっ」


「頑張って萌キュンセット仕込みなよ。鍋が焦げ臭いぞ」


「あーーーっ、火に掛けたままだった」


「じゃ、宜しくねぇ」


と、マーギンは厨房に走って行った大将に声を掛けて北の領地に走るのであった。



ー北の領地ー


領主邸の広場に、領軍の責任者、ハンター組合長のロドリゲスと北の領都のハンター組合長、狩人の代表者での役割分担の打ち合わせが始まっていた。他にも各担当の者も集められている。星の導き達もその中にいた。



「だいぶまずいな」


ロドリゲスは地図を眺めながら戦況を聞いてそう呟いた。


「王都のハンターはこの雪の中で動けそうか?」


北の領都ハンター組合長がそう聞いてくる。ロドリゲスが想定したよりも雪が深くなっているのだ。


「いや、難しいだろう。うちの奴らの大半が最前線は無理だな」


「やはりな。こちらのハンターも軍もかなり疲弊している。それに何人かやられているからな」


「雪熊は出たか?」


「まだだ」


「魔狼相手でこの状況か。これは避難中心で考えおいた方がいいな。農村や畜産の奴らの避難は進んでいるのか?」


「農村はな。畜産の奴らが家畜を捨てて逃げるのを拒んでいる。家畜を失えば生活出来んからな」


「なら畜産関係者の防衛中心でやるか」


「防衛戦か。長引くぞ」


「皆がやられて壊滅するよりマシだろ?」


「まぁ、そうだな」


ということで、広範囲に散らばっている畜産関係の村の防衛するという作戦が決まった。各々の能力を組み合わせていく事になったのであった。



各責任者達は別れて皆に作戦を伝えて行く。


「組合長、逃げ遅れた農村はないのか?」


「それは地元の奴に任せる。俺達はこことここと…」


と、ロドリゲスは担当の村を説明していく。割当は比較的領都に近い場所で雪がマシだと思われる場所であった。


「いいか、今回は殲滅のみならず討伐が目的ではない。家畜と人間を守るのが目的だ。絶対に深追いるするな。追い払うだけでいい」


「雪があるといっても魔狼だろ?これだけいるならなんとかなるんじゃねーの」


「死にたきゃ好きにしろ」


ロドリゲスは意見を言ってきた伸び盛りのハンターにそう答えた。そして夜明けと共に移動開始と言うことで解散となった。


「組合長」


「なんだロッカ」


「我々はマーギンが到着するのを待って出発する」


「それだと間に合わん。マーギンが来るのは早くても明日だろ?」


「それでもだ。マーギンから絶対に自分が来るまで出るなと言われて約束をしている」


「そいつがいるからか?」


「それもあるが、戦闘開始の要のバネッサを活かす事が出来ないからだろう。私にも出るなと言われている。シスコの弓だけが対応可能だとな」


「それは魔狼に対してか?」


「いや、雪熊対策だ。今回は追い払うことだけしか無理だと言っていた」


「そうか。確かに雪熊相手じゃマーギンの言う通りだな。しかし、1日出るのが遅れると村が全滅するかもしれんぞ」


「それでもだ。村が全滅するような魔物の襲撃だと割当てられた人数でも防衛は難しいのではないか?」


ロドリゲスはロッカの言うことも理解は出来る。が、時間的猶予はない。


「わかった。しかし明日朝の出発は変えられん。アイリスはここに置いて行け」


「組合長、マーギンはアイリスだけでなく、我々を含む全員に出撃を待てと言っていたと私は理解している。それでも明日の朝に出発するのか?」


「やむを得ん」


ロドリゲスはそう返事をするしかなかった。ここで王都のハンターが出発を遅らせたら他の皆も危ういのだ。こちらの応援がない方がまずいと判断したのであった。


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