ローズは言うことを理解しない

そろそろ食事にするとのことで食堂に案内される。


貴族飯のコース料理。飯はまぁまぁだがワインは魔法を掛けなくても旨い。


「マーギンは飲める口か?」


「それなりには。昔、大隊長に似た人が仲間に居たんですよ。その人は剣と酒が好きで、色々と教えてもらいました。自分が剣の事に詳しくなったのはその人のお陰です。剣も教えてもらってましたが途中で才能がないと訓練は終わってしまいましたが」


「お前、本当に剣の才能が無いと言われたのか?」


と、オルターネンが不思議がる。ローズも同じように思っているようだ。


「その人は仲間の剣士の師匠でもあったんですよ。そいつは本当に惚れ惚れするような剣士でしてね、あぁ、自分はこんな風にはなれないと解ってしまいましたので仕方がありません」


「それほどの剣士か。機会があれば是非立ち合ってみたいものだ」


「オルターネン様とよく似ていましたよ。オルターネン様の魔力がもっと多ければ似た感じになっていたかもしれませんね」


と、言うとオルターネンは照れ笑いをした。


「マーギン、俺のは魔剣ではないと言ったが、本当の魔剣とはどのようなものだ?」


大隊長は魔剣に興味があるようだ。


「魔剣の素材はなにかわかりません。遺跡と呼ばれる所で発見されたものばかりです。魔剣それぞれの能力は異なりますが、共通しているのは魔剣その物が力を持っていることと使い手を選ぶということです」


「そんなに色々とあるのか?」


「同じものは見たことがないですね。自分が知っているのは4つ。悪を断ち切る魔剣、それは聖剣と呼ばれてました。次は魔斧、所謂バトルアックスと呼ばれる物で、片方に刃、反対側は槌になっているタイプです。あとは聖なる杖と妖剣です」


「そんなに種類があるのか」


「はい。どれも魔力が多くないと魔剣としての能力は発揮されません。その人の適正と魔力があって初めて本来の性能を発揮します」


「お前も持っているのか?」


「はい。自分のは妖剣です」


と、マーギンは妖剣バンパイアを出した。


「これは危険なのでお見せするだけになります」


マーギンがスラリと抜いた妖剣は見るものを魅了する。


「な、なんと見事な…」


「これは妖剣バンパイアと呼ばれております。血は吸いませんが見た者を魅了します。そして使いたくなるのです。手にとって使おうとするとその人の魔力を吸い尽くしてやがて死に至ります。ですから呪われた剣として保管されていたのですよ」


「お前は平気なのか?」


「はい、自分は魔力が多いので吸い尽くされることはありません。残念ながら剣士としての才能が無かったのでマジックバックの肥しになっていますけれども」


「それが力を発揮したらどれぐらいの威力がある?」


「騎士の鎧とか紙切れみたいに斬れますよ。それに広範囲に斬撃が飛びますので危なくて使えません。戦争で使うならピッタリの武器ですね。だから自分はこれからも使うことはないでしょうし、人に託すこともありません。こんなのが使えたら他国を攻めたくなるでしょ?」


「軍人になれば英雄と呼ばれるぞ」


「防衛戦ならともかく、侵略戦争で英雄なんて呼ばれたくないですよ。そんな英雄は単なる人殺しです」


「随分と戦争に批判的なのだな?」


「当然です。戦争に巻き込まれて真っ先に死ぬのは末端の兵士と市民ですからね。戦争するなら無駄な命をたくさん散らすより、戦争をすると決めた人同士で戦えばいいんですよ。王同士でやれば死ぬのは多くても2人。それで決着が着く。人に死ねと命令する前に自分の命を掛ければいいんですよ」


「こらマーギン、王に死ねとか言うものじゃない。危険思想と捉えられて処罰をされるぞ」


と、ローズが慌てる。


「ローズ様、自分が追放されたのはこういう事が原因なんでしょうね」


と、笑って返す。


「追放されただと?」


大隊長が驚く。


「えぇ、自分がいた国はほとんどの者が生活魔法を使えて魔道具も発達していました。それに魔法使いも多かったんです。で、俺に魔法を教えてくれた人に魔法でこの国の近くに飛ばされたんですよ。だから帰り方もわかりません」


「まさか転移魔法というやつか?」


「でしょうね。だから国に仕えるとかもうしたくないのです。なまじ魔力がある分、邪魔になったんじゃないですかね」


「お前はその国の宮廷魔道士だったのか?」


「宮廷魔道士は俺を飛ばした人です。俺は剣士の補助役ですよ。魔物討伐と魔道具開発とかはしていましたけど」


「魔道具開発か。マーギン、お前イードンの不正発覚に一枚噛んでるか?」


と、大隊長が聞いてくる。


「一枚噛んでいるというか、職人が契約に無知なのをいいことに嵌めようとしていたのを商業組合に調べてもらっただけですよ」


「やはり噛んでいるのだな」


「庶民街のことなのによくご存知ですね」


「あれは貴族も絡んでいたようでな、こちらにも耳に入ってきたのだ。内々で処理されたから絡んでいた貴族にはお咎めがなかったが…」


「が?」


「まぁ、直接何かあるわけじゃないだろうが気を付けておけ。何らかの嫌がらせがあるかもしれん。金絡みの事は尾を引くからな」


イードンは貴族の資金集めに使われていたのか。職人の引き抜きと安売りだけで急成長したわけではなかったんだな。で、それを潰した原因が俺のせいになるのか。やっぱり絡むんじゃなかったよ。


「マーギン、聞いてくれ」


大隊長との話に一区切りが付いた所でローズが嬉しそうにマーギンに話しかける。


「なに?」


「明日から実戦に出ることになったのだ」


「実戦?騎士の実戦って何するの?」


「国を守る、いや、今回は領地防衛だな」


「どっかと戦ってる領地があるの?」


「いや、相手は魔物だ。北の領地で魔物が暴れているらしくてな、こちらにも応援要請が入ったのだ」


え?


「北の領地の応援だって?」


「そうだ。今はハンターやら領軍が頑張っているみたいなのだが何せ魔物の数が多いみたいでな、第四隊を率いて私も討伐応援に出る事になったのだ。これも剣技会で良い成績を出せたマーギンのお陰だ」


「行っちゃダメだ」


嬉しそうに話をしたローズとは対照的に怖い顔をして答えるマーギン。


「え?」


「北の領地応援に行ったらダメだと言ったんだ」


「ど、どうしたマーギン、そんな怖い顔をして。確かに騎士は魔物討伐専門というわけではないが、魔物ごときに遅れを取るとは」


「ローズ、魔物を舐めるな。雪に慣れてる北のハンターや領軍が苦戦しているんだぞ。そこに雪にも慣れていない上に魔物討伐の実戦経験がない騎士が行くなんて自殺行為だ」


マーギンはキッとローズを睨んでそう言い切る。


「マーギン、これはローズの第四隊の小隊長昇進のテストでもあるのだ」


と、大隊長が補足する。


「大隊長、ローズの部隊は全滅しますよ。それでもいいんですか?」


「第四隊とはいえ鍛え上げられた正騎士だぞ。魔物相手に全滅なんてあり得るか」


「討伐する魔物はなんだと報告を受けていますか?」


「魔狼だ。確かに魔狼は強いが恐れるに足らん」


「それは平時の話でしょ?雪が深く積もった所で鎧を着た騎士が魔狼のスピードに対応出来ると思ってるんですか?応援に出すなら弓師と攻撃魔法を使える者にして下さい。それと盾持ちです」


「それは軍の管轄だ」


「なら軍を応援に出すべきです。剣主体の騎士には不向きです」


「マーギン、お前の心配はありがたいが、私もそれなにりには…」


「俺はローズに死んで欲しくて剣を渡して身体強化の事を教えたんじゃない。お前は要人警護任務が目標なんだろ?魔物討伐で死ぬのが目標じゃないっ」


「なぜ私がそんなに簡単に死ぬとか言うのだっ」


「ローズには雪の中で魔物に勝てる能力がないからだ。1対1ならまだしも魔狼は群れなんだぞ。それに魔狼だけならハンターや領軍でなんとかなる可能性が高い。王都のハンターも応援に出たからな」


「わっ、私には無理だと言うのかっ」


「そうだ。俺も明日北の領地に向う。ロッカ達にも応援要請が来たからな。俺はあいつらを守る事に注力する。騎士隊の援護まで手が回らん」


マーギンに騎士隊の援護まで手が回らないと言われたローズは憤慨する。


「我々騎士は守ってもらうために行くのではないっ」


「ローズ、いいかよく聞け。さっき第四隊を率いてと言ったな。率いるということはテストであったとしても他の騎士が部下になるということだ。相手の実力も知らず、自分達の力量も把握出来ていない現状で皆を死なせに行くのか?部下を死なせた時の責任なんて取れないんだぞ」


「誰も死なさんっ」


「それに魔狼よりもっと強い魔物が出たらどうする?」


「魔狼より強い魔物だと?」


「そうだ。今回は雪熊が出てるんじゃないかと推測している。雪熊は群れで行動する魔物じゃないけど相当強い。立ち上がると最低でも3mはある。ちゃちなファイアボールなんか効かないし、ローズが思いっきり身体強化しても一刀両断にするのは難しいぐらい硬い。ローズの強みはスピードと斬れ味だ。雪の中ではスピードは殺され、硬い毛に斬れ味は効かん。率いる第四隊はローズより弱いんだろ?雪熊が出たら全滅確定だ」


「マーギン、雪熊が出ているとは本当か?」


と、大隊長は雪熊を知っているようだ。


「ロッカ達からハンター組合の組合長の報告を聞いた。状況からすると可能性はかなり高い。これは組合長も想定しているみたいだ」


「そうか…」


「大隊長、やらせて下さいっ」


これだけ言ってもローズは引く気はなさそうだ。


「皆も今回ローズが第四隊を率いて出る事を知っているからな。今更取り消す事も出来ん」


「大隊長は雪熊の事をご存知でも部下にみすみす死ねと命令するのですね」


マーギンは怒りの籠もった顔で威圧を放ちながら大隊長に聞く。その威圧にローズとオルターネンはぐっと動く事が出来ない。


「マーギン、貴族にとってメンツというものは命と同じぐらい大事なのだ。とはいえ、部下に死ねと言うつもりもない。今回は俺も出よう」


ローズとオルターネンはえっ?という顔をする。


「軍を出せばいいじゃないですか」


「北の領地は湖を挟んで他国があるのだ。この時期は凍っているからその上を通って進軍することも可能。王都軍が出ると隣国を刺激することにつながる。お前の嫌いな戦争の火種になるやもしれんぞ?」


「そうであれば軍の応援は無理ですね。しかし大隊長が出てどうするつもりですか?あの剣で風魔法を飛ばしても雪熊討伐出来るとは限りませんよ」


「お前は倒せるのだろ?」


「俺が行くのは星の導き達を守るためです。倒すのは俺の役目じゃないから今回は雪熊を追い払う手伝いをするだけです。追い払った雪熊の討伐は雪が溶けてからしてもらえばいいでしょう」


「なぜ倒せる力がありながらそれを使わん?」


「俺は異国人ですからね。この国の防衛はこの国の人がやるべきなんですよ。それに俺が倒したら次から次へと強い魔物が出たらその度に駆り出されるでしょ?俺しか倒せないような状況になってしまうのは良くないんですよ」


「元いた国ではそのような事をしていたのだな?」


「毎日が魔物討伐でしたよ。宮廷魔道士とほとんど二人でね。まぁ、あいつがいれば大抵の魔物討伐は楽勝だったので苦にはなりませんでしたけど」


「かなりの攻撃魔法使いだったのか?」


「そいつは攻撃魔法は使えないというか使わなかったですね。デバフ担当ですよ」


「デバフとはなんだ?」


「麻痺や強制睡眠とか身体強化が逆に作用するような魔法です。広範囲かつ多数に掛けられるんで重宝しました」


「お前もそのデバフというのは使えるのか?」


「ええ、大隊長1人を行動不能にするぐらいは使えます。やってましょうか?」


と聞くと頷くので軽くパラライズを掛けてやる。


「ぬっ、痺れて動けん」


すぐに解除。


「こういう魔法です。強い魔物だとこれもレジストされますし、警戒されていると効かない時もあります。もっとまずいのは賢い魔物だと掛かったフリをするやつもいます。デバフも万能ではないんですよ」


「対人相手だとどうなる?」


「人に本気で掛けたら死にますよ。俺は鴨を狩るのに使うぐらいですけどね。狩りにはとて重宝する魔法です」


「人に教えられるか?」


「これを使える適正を持った人はほとんどいません。それに暗殺にも使えますから教えるつもりもないですよ」


「暗殺か… 対抗手段はあるか?」


「デバフ系は身体強化魔法で相殺出来ます。こちらが掛けるデバフよりも強く強化出来たら解除も可能です。強制睡眠は強い意志でもレジスト出来ますけどね」


と、皆が知らない情報を与えて、この国に悪さをしようとしていないことを暗にアピールしたマーギンなのであった。



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