大隊長

翌日、バアム家の迎えの馬車が来るよりも早くにロッカ達がやって来た。


「アイリスを迎えに?俺が連れて行くと言ってあっただろ」


「今回の応援の為にハンターは集団で馬車移動することをなったんだ。マーギンはアイリスをどうやって連れて行くつもりだったんだ?」


「走ってだけど?」


「アイリスは付いてこれるのか?」


本気で走ったら無理だろうな。


「アイリスの事は心配しなくても大丈夫だ。北の街に到着してもすぐに討伐に出る訳ではない。領軍、狩人、北のハンターと打ち合わせをして、どこの応援に入るかとかの話し合いがある。討伐するのはその後からになるみたいだぞ」


「配置に付くのは到着してから2日後くらいか?」


「恐らくな。我々も現場の状況を把握せねばならん。雪もかなり積もっているみたいだからな」


「解った。ならアイリスも連れて行ってくれ。だけど俺が行くまで絶対に現場に出すなよ。それはロッカ達もだ。王都からの応援に行くやつも出るなと言っておいてくれ」


「私等にそんな権限はないぞ」


「なら死にたい奴だけで行かせろ」


「そんなにヤバいのか?」


「雪熊が出てるならな。雪に慣れてないハンターに勝ち目はない」


王都も雪は積もるが豪雪ではないからな。


「バネッサ、絶対に勝手に出るなよ」


「なんでうちにだけそんな事を言うんだよっ」


「お前の能力は豪雪地帯だと発揮できん。それにお前の性格なら、うちがやってやんぜっ、とか言いながら飛び出して行くだろ?」


「しねえよっ」


「本当か?」


「くどいぞマーギンっ」


「バネッサ、本当に本当に勝手に先に飛び出すなよ」


「くどいって言ってんだろうか」


マーギンがしつこくバネッサに言うのでバネッサはプリプリと怒って先に行ってしまった。


「ロッカ、じゃあアイリスを頼む」


「あぁ、任された。バネッサも勝手な行動をしないように掴まえておくからそんなに心配するな」


娘を心配する父親に答えるように返事をしたロッカは少し笑いながらアイリスを連れて行ったのだった。そして入れ替わりにバアム家の馬車が到着した。


マーギンは手渡された服に着替える。派手すぎない貴族服なのだろう。着心地の良い高そうな服だった。


馬車に揺られて貴族街に入り、到着したのはバアム家。


「ようこそおいで下さいました」


入口で執事に丁寧に挨拶をされて応接室に案内される。屋敷は古いもののそこそこ大きくて立派だ。さすが木材の提供で貴族になった家なので木造建築だ。他の屋敷は石造りの建物が多かったけど、こっちの方が俺は好きだな。とマーギンは思っていた。


「マーギンっ」


待たされている応接室にローズとオルターネンがやって来た。


「久しぶりだね」


応接室に来たローズはお嬢様服がよく似合っている。まるで映画の中のワンシーンみたいだ。


「マーギン、呼びつけてすまない」


続いてちい兄様ことオルターネンから詫びの言葉だ。


「いや、問題ないですよ。そっちは大丈夫なんですか?」


「あぁ、お前の事はバレてしまったが、大隊長の所で情報は止まっている。今回来てもらったのは大隊長が直接話を聞きたいとのことだ。外部で会うと人の目があるからうちの屋敷でということになった訳だ」


「了解です。聞かれた事は誤魔化さずに話した方がいいんですね?」


「頼む。大隊長は貴族だがお前を悪用したりするような人ではない」


「まぁ、ちい兄様が信用しているならちゃんと話しますよ」


屋敷でちい兄様と呼ぶなとちょっと怒られた。


「ローズ、剣技会はどうだったの?」


「マーギンのお陰でベスト8まで勝ち進めたのだ」


「そうか、それは良かった。でもローズより強い人がまだまだいるんだね。この国の騎士隊もたいしたものだよ」


身体強化と能力に合った剣でもベスト8か。1対1の対人戦だともう一つくらい勝てるかな?と思ってたんだけどな。


「残念ながらちい兄様に負けてしまってな。勝ったと思った時に魔力切れで力尽きてしまったのだ。いざと言うときまで力は温存しとけとアドバイスを貰っていたのに申し訳ない」


「マーギン、お前、ローズだけに色々と教えたんだろ?マジでやばかったんだからな」


「でも勝ったんでしょ?ちい兄様は何位だったの?」


「優勝に決まってんだろ?」


「それは凄い。ならローズもまだ上に行けた可能性があるんだね」


「大隊長曰く、実質準優勝だとよ。だからバレたってのもあるんだがな」


なるほどね。ちい兄様は元から強かったんだろうけど、ローズは急成長とかで目立ったんだな。


「それと、まだ報告があるんだ。実は明日から…」


と、ローズが何かを言いかけた時に大隊長が到着した。


皆で立ち上がり、マーギンは挨拶をした。


「スターム・ケルニーだ」


「始めましてケルニー大隊長。マーギンと申します」


「今回いきなり呼びつけて悪かったな。オルターネン、稽古場に移動する」


「はっ」


これが大隊長か。デカくてゴツいな。まるでガインみたいだ。なんとなく雰囲気もよく似ている。


人の屋敷だけど、爵位も職位も上の大隊長は自分の屋敷のような振る舞いだ。到着早々稽古場に移動させられた。稽古場は外なのでめっちゃ寒い。


「話は少しオルターネンから聞いている。俺の剣は魔剣かどうか見てくれ」


と、いきなり剣を渡された。ガインの使っていた大剣とまでは言わないがよく似た感じの剣だ。


「抜いても宜しいですか?」


「構わん」


許可を得てマーギンはその剣を抜いてみる。


「いい剣ですね。でも魔剣ではありません。オルターネン様とローズ様にお渡したした剣と同じ素材で出来ているだけです」


「そうか、オルターネンの言った通り魔剣ではないのだな?」


「はい。魔力の流れがとても良い剣というだけで、剣そのものから力が出る訳ではありません。大隊長がこれを使うとどのような攻撃が出来ますか?」


「風の刃が出る。最大攻撃は竜巻のような広範囲攻撃だな」


「これは個人所有ですか?」


「いや、所有権は国だ。大隊長になった時に陛下から賜ったというか借りていると言った方が正しいな。陛下からは魔剣だとして賜ったのだ」


「そうなんですね。ではそのまま魔剣ということにしておいた方が良いかと思います。もし他の魔法を使える人がいれば違う魔法攻撃も出来るでしょうし」


「他の魔法攻撃?」


「はい、この通り火魔法も出ますよ」


マーギンは大隊長の剣に火を纏わせる。


「今はやめておきますけど、このまま火を飛ばせる事も可能です。水や氷でも可能ですね」


と、魔法を切り替えて、少し氷の刃を飛ばして見せた。


「お前、何者だ?」


「異国から来た魔法使いです。ある剣士の補助役をしておりました。どうやらクビになったようですけど」


「補助役とは何をする?」


「剣士の強化役ですね。恐らく大隊長も自然と身体強化の魔法を使われていると思いますが、自分はその魔法を人に掛けられるんですよ。私は魔力が多かったので剣士の魔力タンク役ですね。身体強化魔法は結構魔力を食いますから」


「俺にも掛けられるか?」


「可能ですけど、お互いの動きを把握して慣れが必要です。呼吸が合わないうちはかえって危険になります」


「試せる方法はあるか?」


「石を持ち上げるとかなら大丈夫かと思います。こちらもゆっくりと強化しますので」


ということで、岩がある庭に移動。


「これを持ち上げられますか?」


「可能だ」


いや、そこは無理だと言ってくれよ。


「ではゆっくりと持ち上げて下さい」


ふぬぬぬっと力を込めて持ち上げる大隊長。そこにゆっくりと身体強化魔法を掛けていく。


「おおっ、軽くなったぞ」


「これが身体強化魔法です。戦闘時に掛けるといきなり力やスピードが上がってバランスを崩すんですよ。この通り」


と、いきなり身体強化の魔法を解除。


「ぬおっ」


ドスン


いきなり重くなった岩を大隊長は落っことした。


「こちらも魔力の限界がありますから、今みたいにいきなり解除されても危ないんです。実戦で使えるようになるまでは年単位で連携の訓練が必要になりますよ」


「なるほどな。軍に魔法部隊がいるが魔法を教える事は可能か?」


「いや、自分は魔法で人を殺さないとある人に誓いましたので無理ですね。教えると間接的に人殺しをすることになりますから。軍の役目は対人戦がメインでしょ?」


「そうだ」


「それにすでに攻撃魔法を使える人に教える必要もありません。威力が上がる、数が撃てるというのは魔力量と適正によるところが多いですから」


「そうか。あとは何が出来る?」


「自分は魔法書店をやっていますので、生活魔法を販売するのは可能ですよ。騎士の方々なら研ぎ魔法とかオススメですね」


「研ぎ魔法?」


「はい。その剣をお借りして良いですか?」


と、もう一度大隊長から借りる。手入れが行き届いているけど研ぎ直してやろう。


マーギンは刃先をヒュッと撫でて研ぐ。


「このように砥石がなくても剣を砥げます」


と、剣を返した。


「見事だな。こんな生活魔法は見たことがないぞ」


「オリジナル魔法ですからね。基本、生活魔法は自分で出来ることを楽チンにするためのものです。なくても困りませんが使えると便利ってやつですね。ちなみに研ぎ魔法は100万Gです。ハンターとかに重宝されると思ったんですが売れてません」


「100万Gか。高いとはいえ高くはないな。強いハンターなら買えるだろ?」


「本来研ぐという作業は己の剣の状態を確かめる為でもありますから、売れなくても仕方がないですね。実戦で剣を使う者は剣に命を預けていますので」


「それもそうだな。料理屋だと重宝するだろう?」


「庶民街の料理屋は100万Gも出せませんよ」


「貴族街の料理屋を紹介してやろうか?」


「いえ、別に自分はその日暮らしが出来れば良いのですよ。高額にしてあるのもそのためです。年に1つ2つ魔法書が売れたらそれで生活出来ますので」


「随分と欲のない話だ。望めばもっと高い地位に上がれるだろうに」


「地位が上がれば責任も付き纏いますからね、のんびりフラフラとしているのが好きなんですよ」


「男たるもの責任から逃れてどうする?」


「必要以上に責任を負うのはもう嫌なんですよ。そういう事は貴族の方々にお任せします。自分は庶民ですし、異国人でもありますから。国の責任は税金で暮らしいている貴族の方々が担って下さい」


そこまで言うと大隊長は少し嫌な顔をするのだった。

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