治癒魔法とは

「ありがとうね。ちょっとだけ心が軽くなった気がするよ」


「それでええ。お前は悪くない。悪いのは賊じゃ。あのペンダントを渡すのを躊躇したのはまたあれが原因で他の者を巻き込むのを恐れたからなんじゃな?」


「まぁ、そうだね。あれが万病を治すペンダントだとか思われたら奪いあいになるだろ?渡す相手が庶民相手だとまた賊に襲われるかもしれないし、貴族だと爵位の関係で揉める原因になるかもしれない。だからたまたま神へのお祈りが届いたとなっている方がいいんだよ」


「その可能性は捨てきれんが、魔力暴走の子供を救える方法がわかっただけでも助かる子供が増える」


「魔力暴走を起すような子供は将来魔法使いになれる可能性が高いんだ。それがその子供の幸せに繋がるとは限らない。俺みたいにやらかすかもしれないし、攻撃魔法を覚えたら軍事利用されたりする事もある。下手すりゃ犯罪行為に手を染める人になるかもしれない」


「そんなもんは誰でもそうじゃ。医者でも助けた奴が人殺しをするかもしれん。だがな、まだ起らぬ不幸を想定していてどうする?そんな事をいちいち言うてたら人は皆死なねばならん。それに不幸を招くばかり想定するな。助けた子供が魔法使いになって他の人を救う可能性もあるのじゃ。お前が人の未来を背負う必要はないのじゃ」


魔法使いになった子供が人を救う事もあると言われてハッとする。


マーギンは昔の世界で、魔力値の高い庶民の子供が貴族に引き取られ利用されているのを知った時に魔力値が高い事がかえって不幸を呼ぶことがあると思い込んでいた。


「はははっ、そうかもしんないね」


「そうじゃ。結果はどう転ぶかわからんが、お前がやったことで誰かが助かるならそれでいいんじゃ。その後の事はそいつの責任じゃからな」


「ヘラルド、ありがとうね」


「わかれば良い。力を持っとる者はその力に溺れずに正しく使えば良い。そこに遠慮は不要じゃ」


「わかった。これからはそうしていくよ。あのペンダントより使い勝手は悪いけど、1つ作ってヘラルドに渡しておこうか?」


「作れるのか?」


「俺の作れるのは劣化品だけどね。渡したペンダントはその器に入り切らない魔力だけを排出するもの。ずっと身に付けていても害はない。でも俺の作れる物は魔力を吸い続けるものなんだ。つけっぱなしにすると死に至る。きちんと管理が出来る人じゃないと危ないんだよ」


「どうやって作る?特別な宝石を使うんじゃろ?」


「あれは宝石じゃなしに魔結晶なんだよ」


「魔結晶じゃと?」


「そう。魔結晶って削ったりすると壊れちゃうだろ?」


「そうじゃな」


「あれに状態保護っていう特殊な魔法を掛けて壊れないようにするんだよ。で、もう一つマジックドレインという魔力を吸い取る魔法陣を刻む。それに加えて魔結晶を多面的にカットして魔力の霧散のさせ方や吸い取る量とスピードを調整する。作るには魔法陣を構成する能力とそれを付与する能力、それに魔結晶をカットする技術が必要になる。かなり作るのは難しいんだよ」


「聞き慣れん言葉が並ぶの。で、あのペンダントとお前の作るものは作り方か何か違うのか?」


「そこがわかんないんだよね。例えると俺のは風船にどんどんと空気がたまっている時に風船の口を開けるみたいな感じで、あのペンダントはコップに入った水が入りきらない分が溢れて…」


マーギンは言葉に出して自分で気が付く。


「そうか、魔力を吸い出すのではなく、溢れさせればいいのか」


「どうしたんじゃ?」


「いや、今までわからなかった事が突然思いついた。ちょっと試して作ってみるよ」


「わかった。出来上がったら持ってきてくれ。しかし、買い取りするほど資金が用意できんから借りとくだけじゃぞ」


「金はどうでもいい。なかったらなかったでなんとかなるから」


マーギンは魔結晶を取り出し作成に掛かろうとする。


「マーギンさん、お腹が空きました」


アイリスが腹減ったと言い出したらオルターネンがそうだなと同意する。


「そうだな、エビとか使うんだろ?」


「あ、そうだった。じゃ飯にしようか」


となった時に3ガキ共がやってきた。


「マーギン、腹減って死ぬ… って、誰だおっさん達?」


「なんじゃこのガキ共は?」


「そこの貧民街のやつらだよ。カザフ、お前ら先に風呂入ってこい。今日はご貴族様もいるんだからな」


「げっ、貴族だって?逃げろっ」


「なぜ逃げる?」


「だってよぉ、俺らちゃんとした言葉使いとかも知らねーし、不敬罪とかで斬られるかもしんないじゃねーかよ」


「不敬罪なんかで人を斬るかっ。勝手な想像をするな」


「あれ?ちい兄様は選民意識が強くて失礼な庶民は斬るかもしれないって…」


「ローズがそう言ったのか?」


「え、あ、まぁ…」


「ったく、あいつは人を何だと思ってんだ。確かに子供の頃は俺は貴族だっとか思ってたかもしれんが、いつの話をしてやがるんだ」


「今は違うの?」


「当たり前だ。家を継がない俺はそのうち爵位のないただ貴族籍を持つだけの者になるのだからな」


「そうなの?」


「爵位というのは家に与えられるものだ。家を継ぐ者が爵位も継ぐ。長兄が後を継いだ瞬間に俺は貴族籍だけになる。が…」


「が?」


「騎士隊の大隊長になれば爵位が貰える。家を継がなくても自らの力で爵位を得る事も可能なのだ。しかも子爵位だから家よりも格上になる」


「へぇっ」


「長兄だからという理由だけで爵位を貰える長兄より価値があるだろ?」


「そうだね。ちい兄様なら十分可能性あるよ」


「ま、大隊長は一人しかなれないから夢っちゃ、夢だな」


マーギンはオルターネンの剣の才能にマーベリックの影を見た。あいつはあの後王になっただろうから、オルターネンも本当に大隊長になれるかもしれないなと思ったのであった。



カザフ達が風呂に入っている間にチーズフォンデュの用意をする。もらったチーズを小さく切り、小麦粉を絡めて溶かしていく。そこにアルコールを飛ばしたワインを入れて伸ばして準備完了。


ハードパンの購入を忘れていたので、食パンを四角く一口サイズに切り炙っておく。他はじゃがいも、人参、ブロッコリー、ウインナーを茹で、オリーブオイルで炒めたエビとレア焼きにしたオーキャンの肉を用意した。


ガキ共がビチャビチャのまま出てきたので乾かしてやり、皆に食べ方を説明する。


「うわっ、旨っ」


もりもり食っていく子供たちとアイリス。大人3人は少しずつつまみながらワインを飲んだ。


「チーズをそのまま食べるのも悪くはないが、このようにして食べると非常に旨いな」


「うむ、贅沢な食いもんじゃ」


「このチーズはちい兄様が持ってきてくれたんだよ。めちゃくちゃいいチーズだよね」


「北方の領地から取り寄せたやつだからな。チーズが好きなら他にも取り寄せてやるぞ」


「いいの?」


「騎士隊にいると金を使うことは少ないからな。ローズは給料も安いだろうが、何に使ってるのかいつも金欠だがな」


「女の人は色々と買物とかあるんじゃないの?」


「そうかもしれんな。とは言ってもよその令嬢と比べたら金を使ってないだろうがな」


「着飾らなくても綺麗だから得だよね」


「お前は本当にローズを美人だと思ってるか?」


「思ってるよ。この前なんかお嬢様服で剣を構えた姿に見惚れたよ。あのまま飾っておきたいぐらい」


「そうか… あいつもそろそろ嫁にいかねばならん歳なんだがな」


「貴族は小さい頃から婚約者とかいるだろ?」


「そうだな。親が勝手に決めた相手と結婚することになる。ローズにも婚約者はいるがまだ会った事もない」


「貴族って家に縛られるからしんどいよね」


「まぁな、しかし、婚約は破棄される事もあるのだぞ」


〈婚約破棄されたので自由に生きたいと思います〉とかラノベでよくあるやつか。現実にもあるんだな。


「ローズのお相手さんがどんな人か知らないけどラッキーだよね。親が勝手に決めた相手が美人で強くて性格のいい人なんだから」


「そうだろうな。ガタイが良くて男みたいな所を除けば理想の相手になると俺も思うぞ」


「ローズのガタイの良さは鍛え上げられた肉体だろ?本来は華奢な身体付きだと思うよ。強さを求めたらロッカみたいなガッシリとした身体付きの方が理想かもしれないけど」


「ロッカはガッシリしてるのか?」


「完全にパワータイプだね。この前ドレス姿を見て思わず女装が似合うと言ってしまってボコられたよ」


「お前、酷い事を言うなぁ」


「ロッカも美人だとは思うんだよ。でもあの鍛え抜かれた腕がこうニョキッとドレスから出てたのを見てね、つい」


「俺は強い女が好きだがな。こう私なんにも出来ませんヨヨヨッ、みたいなのはダメなんだ。自らの力で勝ち取るようなタイプがいい」


少し酒の入ったオルターネンは饒舌だ。マーベリックはこんな話をしなかったから新鮮だな。


「ヘラルドはどんな人がタイプ?」


「ワシか?ワシはやっぱりこういうタイプじゃな」


ヘラルドは胸の前で手を大きく膨らませた。


「スケベだね」


「男は皆スケベじゃ。それの何が悪いっ」


「近くに娼館があるから帰りに寄っていきなよ。紹介してやるよ」


「どの店じゃ?」


「夜のシャングリラ」


「バカモンっ、あんな高い店に行けるかっ」


「マーギンは娼館に詳しいのか?」


「そこのやり手ババァと亡くなった遊女に世話になったんだよ。この家も店もこの国の文字の読み書きが出来るようになったのもすべてそこの人のお陰なんだ。この国に来て右も左も分からない時に拾ってくれてね、でも俺は何も返せないままにその遊女は逝っちゃたんだけど…」


「その遊女とは誰じゃ?」


「タバサ。知ってる?」


「勿論じゃ、貴族ですら相手を断れるような遊女はそうそうおらん。そうか、亡くなっておったか…」


「俺は大抵の事を魔法で出来るんだけどさ、タバサを治してやることは出来なかった。最後に病気が治ったら金を貯めて指名するって約束してたんだけどね」


「魔法でも治せん病気か…」


「治癒魔法って基本は怪我の治癒なんだよ。病気を治す治癒魔法は医療の知識が必要でね、何が原因で病気になってるのか診断が出来て、何をすればその病気が治せるかの知識が必要。それに加えて魔力量の多さと光魔法の適正が必要になってくる。それを兼ね備えたら聖女と呼ばれるような人になるんだけどね」


俺の知ってる聖女は慈悲深くなかったけどな。


「お前、まさか治癒魔法も使えるのか?」


「使えるよ。この国でも神官とか使える奴がいるんだろ?」


「いるにはいるが毎回治せるとは限らん」


「だろうね。治癒魔法って使い方が難しいんだよ。擦り傷とかなら簡単なんだけど、大怪我になると難しい」


「魔力が足らんとかか?」


「いや、治癒魔法って魔力そのもので治すものじゃないんだよ。怪我ってほっときゃ勝手に治るだろ?それを自己治癒能力っていうんだけど、それを魔力で無理やり促進させる魔法なんだ」


「それが難しいのか?」


「自己治癒が暴走しなければね。後は治癒する為にその人の体力も使うから、大怪我を一気に治そうとして治癒魔法を掛けたら体力が切れて死ぬことになる。魔力量はそこまでたくさん使うわけでもないんだけど、その人の状態を把握しながら治癒魔法を掛ける必要があるんだ」


「大怪我で教会に運ばれて死ぬ奴はもしかして…」 


「そこはなんとも言えない。すでに血が足りなくなっていたのかもしれないし、痛みでショック死したのかもしれないし、そのまま放置しても死ぬからダメ元で一気に魔法をかけたのかもしれないしね。ただ…」


「ただ、なんだ?」


「怪我が治って、その後病気で死んだら治癒魔法が原因ってことも考えられる」


「治癒魔法が病気を生むのか?」


「そう。それがさっきいった免疫暴走。人の身体に取って良くないものが入れば、それを退治しようとするのが免疫システムってやつなんだ。初めから持ってる免疫と後から獲得する免疫がある。後からってやつは一度風邪を引いたら、次はかかりにくくなったりするでしょ?」


「そうじゃな」


「それが免疫ってやつ。それが悪さをする事もあるんだよ」


「マーギン、俺にはさっぱりわからんぞ」


「だろうね、俺もあんまりわかってないから説明が難しいね」


マーギンの知識は漫画で得たものだ。頭の片隅でマクロファージさん美人だったよなとか思いながら説明をしていたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る