グラマン工房の親父さんその5

「えっ?」


ロッカは自分に用意されていた成人の儀の服を手にしていた。


「だって、武器と防具とハンター服が用意されてて…」


「成人の儀が終わったら正式登録するつもりだったんでしょ。だから父さんはプレゼント用にそれを置いてあったのよ。朝起きたらそれがないし、ロッカはいないし。父さんはまさかと思ってその服を持って会場まであんたを探しにいったのよ。で、ハンター服を着て堂々と参加しているのを見て帰ってきたのよ。その時の落ち込みようったらなかったわ」


「そ、そんな… お前にはこれがお似合いだという意味で…」


「そんな事の為にその剣を用意したと思ってるの?使ってたらわかるでしょ」


ロッカは事の真相を知って激しく動揺する。そして幼少期からの自分の話を母親から聞かされた。それは忘れていたのか、父親への反発心が心の奥底へと押し込んだのかわからないが確かに小さな頃はヒラヒラの可愛い服を着ていた。そして自分からズボンをはきたいと言ったことも。


ロッカは黙り込んだ。今さら父親になんて言えば良いか分からない。


「ロッカ、父さんは工房にいるわよ。さっき、ロックが見に行ったから今なら工房に入れるんじゃないかしら」


「ロッカ、行こうぜ」


動けないロッカの手をバネッサが引いていく。



「ロック、オッチャン達は?」


「バ、バネッサ。なんかあのマーギンってやつと親父が険悪な雰囲気なんだ」


「は?」


ロックは工房の扉に掛かっている鍵を開けたら、父親がマーギンを睨み付けていた。



「おっ、ちょうどいい所に来た。ロッカを呼んで来てくれよ」


睨み付ける親父さんとは対象的にマーギンはいつも通りだ。


「マーギン、話は終わってねぇぞ」


「親父さん、俺も話が終わったと思ってないよ。ま、百聞は一見にしかずってやつだ。ロック、試し斬り用の丸太はあるか?」


「お、ぉぉ… あるけどよ。なにするつもりなんだよ」


「ロッカのこれからの力を知ってもらう」


「ねぇちゃんのこれからの力?」


「そう、これからの力。すぐに物になると思うけどね」


ちょうどそこにバネッサがロッカを連れてきた。遅れてシスコとアイリス、母親もやってくる。


「ロッカ、お前の力をみんなに見せるぞ。2倍いけるか?」


「マーギン…」


「お前なんて顔をしてんだよ。そんなこっちゃ親父さんが心配したままだぞ。お前が成長した姿と、これからやろうとしている力を見せろ」


「マーギン、私は過ちを…」


「そんなもん気にせずにとっととやれ。それがやらかした事への責任の取り方だ」


「責任の取り方…」


「成長した姿を親に見せるのが子の役目だろうが。いいか、一発勝負の2倍だ。やりそこねたら剣を折るどころか自分も怪我するかもしれんからな。しっかりと身体の動きをイメージしてやれ」


「しかし…」


「自分を信じろっ。お前ならやれるっ」


マーギンは大きな声を出してロッカに気合を入れる。


「わかった。見ててくれ父さん」


ロックが丸太を立てて準備が完了し、ロッカは剣を構えて集中する。その様子を親父さんは固唾を呑んで見ていた。


「フンッ」


シパっ


ロッカの電光石火の一撃は丸太がその場から動く事も倒れる事もなく、すっぱりと斜めにズレて落ちた。


「ロッカお前… いつの間にそんな腕前に…」


親父さんは驚きを通り越して夢でも見ているような気持ちだった。


「父さん、今までごめんなさい。私は父さんの気持ちを何も理解していなかった… 謝って済むことじゃないかもしれないけど…」


「ロッカお前…」


親父さんがロッカに近付いて肩に手をやろうとした時にロッカはバネッサが言った通り、今まで自分が思っていた事を正直に話した。


「お前はそんなに鍛冶師になりたかったのか」


「父さんは娘より息子が欲しいと思っていたと私は思い込んでいた。だから娘はいらないのだと…」


「そんなわけがあるかこのバカ娘が…」


ロッカは親父さんにしがみつくようにして泣いた。お母さんも泣いている。


「親父さん、どうする?魔鉄で誰の剣を打ちたい?」


「嫌味な野郎だなお前。決まってんだろうが」


「じゃ、やろうか」


「おう、さっさと手伝え」


いつもは閉める工房の扉も開けたまま作業をし始める親父さん。


「ほらロッカ、入ってもいいって」


「ほ、本当にいいの?」


「早くしなさい」


「うん」


全員が工房に入り扉を閉めた。



「マーギン、さっさと温度を上げろ」


「心鉄どうすんだよ?素材によっちゃ、あそこまで温度をあげたらダメだろ?まぁ、魔鉄なら心鉄が無くても大丈夫とは思うけどさ」


「いや、こいつを使う。俺が指示する温度で止めろ」


「はいよ」


マーギンは親父さんが手にした素材を見て、これぐらいだろうと思う所まで温度を上げていく。親父さんはマーギンに指示することもなく素材を炉に入れた。


ガンッ ガンッ ガンッ


打っては炉に入れ、打っては炉に入れ、様々な工程をへて心鉄を打った。次は魔鉄の皮鉄だ。マーギンはどんどん炉の温度を上げていく。


「熱い… こんなに離れていても炉から出る熱がここまで伝わってくるのか」


生まれて初めて父親の鍛冶姿をみるロッカ。


ガンッ ガンッ


ロッカは父親の鍛冶姿を目に焼き付けるようにじっと見つめている。時折、金属の火花がこっちにまで飛んでくる。こんなのが目に入ったらと思うとぞっとする。


「父さんはこれを心配していたのか…」


「あなたはきっと注意されていても近くまで見に行っちゃうでしょ。父さんも鍛冶をしている時は作業に集中して周りの事が分からなくなるから本当に危ないのよ」


ロッカが真剣に父親の作業を見ているのと同時に弟のロックはマーギンの事を見ていた。


「なんだよあいつ… 今日親父と会ったばかりなのに息ぴったりじゃねーかよ…」


父親は炉の温度管理は人にやらせない。自分で微調整を繰り返してやっていく。自分はその調整方法を教えてもらったことがない。


親父さんが時を忘れたかのように魔鉄を打ち続ける。そして、あるタイミングでマーギンが炉に風を送るのを止めた。


「どうしたっ」


「今日中に出来るわけじゃないからここまでしよう。親父さんの槌を打つ手が鈍って来てる」


「なんだとっ、まだまだ…」


マーギンに打つ手が鈍って来ていると言われて初めて自分の手の握力が落ちていることに気が付いた。


「槌がすっぽ抜けたら危ないだろ?急ぐ物でもないから続きは明日でもいいんじゃない?」


「すまん、自分でも気が付かないうちに手の力が入らんようになってたか」


少し震える手を見つめる親父さん。しかし、気持ちは充実している。


「マーギン、今日は泊まってけ。明日も続きをやるぞ」


「明日は約束があるんだよ。朝イチで終わるかもしれないし、長引くかもしれないんだ」


「それじゃぁ、魔鉄が打てんではないかっ」


「ロックに炉の管理をしてもらえよ。せっかくいい炭を出した意味がないだろ?」


「ロックには無理…」


「親父っ、俺にもやらせてくれよっ」


「お前にはまだ早いっ」


「なんでだよ親父っ。今日会ったばかりのやつには任せたんだろうがっ」


「ロック、いいか、マーギンはなんの指示もせずに温度調整をやりやがった。こんなに安心して任せられるやつなんぞおらん。お前にこれが出来るのか?」


「やってやるよっ。だから俺にもやらせろよっ」


「親父さん、俺はずっとこの工房にいるわけじゃない。息子にやらせてみろよ」


「し、しかし…」


「子供を大事にするのはわかるけど、親が子供を信頼してくれなかったら子供は寂しいぞ。だからロッカもこじらせたんじゃないのか?魔鉄は余分に置いていくから、もし失敗したら成功するまで何度でもやればいいじゃん」


「こんな貴重な素材をお前は…」


「貴重な物でも物は物だ。無くなったらまた探しに行けばいい。それに比べて人の成長する時は短いぞ。人が心からやりたいと思った時が成長する時だ。その機会を失ったら探しにはいけないからな」


「若造の癖に生意気な事を… ロック、どんなに辛くても途中で逃げるなよ」


「にっ、逃げるかよっ」


こうして、今日の作業は終わり、みんなで遅めの夕食を頂くことになった。



「マーギン、お前は俺の打った剣に値段を付けるとするならいくらだ?」


お母さんが飯の準備をしてくれている間に、弟のロックが聞いてくる。


「その剣の値段かぁ、そうだな。2万ってところかな」


「はぁぁぁっ? 2万だとっ!素材の価格もねぇじゃねーかよっ。ふざけんなっ」


「ふざけてなんかないぞ。その剣はなまじ見た目がよく出来てるから危ないんだよ。見るからにナマクラとか、安い剣だと使い手も警戒しながら使う。が、それを30万とか50万で買ったら、その性能があると思って使うだろ?だから危ないんだよ」


マーギンの説明に親父さんは頷く。


「ど、どういう意味だよ…」


「なら試すか?」


「試すって何をだ?」


「そいつで俺を斬ってみたら分かる」


「は?」


「飯の前に立合いをしてやるよ。それで俺の言ったことが理解出来ると思うぞ」


死んでも知らねーからなとロックは吐き捨て、マーギンと外に出た。


「アイリス、危ないからシスコの後ろに下がってろ。シスコ、万が一の時はお前が皆を守れ」


「そんなに危ないのかしら?」


「念の為だ」


「危ないのはお前だけだっ」


「だといいんだがな。さ、いつでもいいぞ。俺はここから動かんから思いっきりやれ」


「ほ、本当に死んでも知らんからなっ」


「俺に当たるといいな」


「動かねぇ相手に外すかよっ。そ、そ、それより本当に死んでも知らねぇからなっ」


人に斬りつけた経験がないロックは何度も知らないからなっとマーギンに言う。


「いいから早くやれよ」


マーギンがそう言うと、ロックの足がカタカタと震える。


「ロック、気にせず思いっきりやれ、マーギンは私でも斬れん」


「えっ?ねーちゃんが…」


「そうだ。私達3人ががりでも無理だったんだ。お前のへっぴり腰の剣なんかでマーギンを斬れる訳がない。早くやれ」


ロックはくそっ、やってやるっと勢いを付けてマーギンに斬りつけた。


キンッ


ロックが斬りつけた剣はプロテクションに阻まれ真っ二つに折れて切っ先がシスコの方に飛んだ。


「危なっ」


シスコはそう叫んだがちゃんとプロテクションで防御をしたのだった。


「あっ…」


「ロック、わかったか?これが実戦なら仲間を傷付けたかもしれないし、お前は相手に殺られて終わりだ。剣を使うものは剣に命を預けるんだよ。使い手が折れるかもしれないと思って使うのと、折れる訳がないと思って使うことでは雲泥の差がある。さっき言ったのはこういうことだよ」


「お、俺の打った剣がこんなに簡単に…」


ロックはしばらく折れた剣を見つめていた。



「マーギン、すまんな」


親父さんは酒を飲みながらマーギンにお礼とも聞こえる詫びの言葉を言った。


「ロックは実戦で剣を使ってる所を見たことがないんだろ?しょうがないよ」


「あぁ、俺も甘やかせてたんだと思い知ったわ。今度、一緒に魔物でも狩りに連れていく事にする」


「それがいいかもね」


そして、お母さんとロッカが何やら準備していたらしく、バネッサがちゅーもーくっ!とか言い出した。


「何が始まるんだ?」


「ロッカ、いいぞっ」


バネッサの掛け声と共にロッカが成人の儀の服を着てやってきた。


「ろ、ロッカ。お前それ…」


親父さんは、ずっと気に病んでいたロッカの成人の儀の服を娘が着て立っている。


「な、なんか今更で恥ずかしいんだけどさ… 父さん。ありがとう… それと今までごめん…」


「ロッカ…」


親父さんは目に涙を貯めているロッカを抱き締めた。


皆も良かった良かったとうんうん頷いている。


「やっぱりこの服はお前にぴったりだったな」


マーギンはロッカのドレス姿を見てフリーズしていた。


「ま、マーギン。変かな?」


「いや、良く女装が似合ってるぞ」


「女装?」


しまったっ!思わず口にしてしまった。


ロッカの鍛え抜かれたムキッとした腕がドレスから出ているのを見たマーギンはいらぬ事を言ってしまったのだ。


「だーはっはっはっ マーギン、女装はねぇだろ、女装はよーっ」


「ちょっ、ちょっとバネッサ、そんなに笑っちゃロッカが可哀想じゃ あーはっはっは ダメよ」


「きっさまぁぁぁっ」


いらぬ事を言ったマーギンは親父さんとロッカにボコボコにされたのであった。

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