グラマン工房の親父さんその4

この親父さんのことだからロッカに素直になれないんだろうな…


マーギンは今何を言っても逆効果だろうと思いロッカの話題は避けた。


「親父さん、今からロックワームの骨を打つの?」


「本当に打てるなら打ちたい」


「何を作るんだ?」


「お前の剣だ」


「俺は持っていたお気入りの剣を使ってなかったから人にあげたんだぞ?」


「だから今持ってないんだろ?」


「まぁ、そうだね」


「馬鹿野郎ぅ てめぇロッカ達と一緒にいるんだ。帯剣してねぇと他の奴らに舐められるだろうが」 


「なんかあっても走って逃げるから大丈夫だよ。俺、足には自信があるんだ」


「お前はロッカ達を見捨てて逃げるってのかっ」


「というか、ロッカ達と一緒にいるのはこの冬だけ。春になったらアイリスを生まれ故郷に連れてって、それが終わったらアイリスをロッカ達のパーティーに入れてもらって俺の役目は終わりだ」


「は?」


「春までしかここに居れないかもしれないんだよ」


「かもしれないってどういう事だ?」


「俺は異国人だから色々と面倒な事になりそうなら出ていくしかなくなるんだよ。親父さんも驚いていたけど、俺の常識はここと随分と異なるみたいだからね」


「なんかあったのか?」


「まだないけどね」


確かにこいつの持っている物とか知識とか異常だ。これが国に知られたらややこしい事になるのは理解出来ると親父さんは思った。


「それより、あの鉄、俺は魔物から取れた鉄だから魔鉄って呼んでるんだけど、加工出来るか試したいんだろ?早くやろうぜ」


「お、おぉ、そうだな」


マーギンと親父さんは工房へと移動する。


「親父さんの炉は木炭を使ってるみたいだけど、この木炭は質が良くないね。これだけ柔い木炭なら温度調整難しいだろ」


「木炭なんかどれも変わらんだろうが」


「いや、硬いやつじゃないと温度を安定させるのが難しいんだよ。柔らかい木炭だと温度を上げていくとすぐに無くなるだろ。これだと魔鉄を打てるまでの温度に上げられても温度を維持するのが困難なんだよね。普通の鉄ならそこまで熱を上げる必要はないからいいんだけど」


「なら無理なのか?」


「俺がいるときなら炭が無くてもいいけど、居ない時は困るだろ?これ使いなよ」


マーギンはゴロゴロゴロっと炭を出していく。これは叩くと金属のような音がする硬い炭。


「なんだこの炭は?」


「今使っている炭より火はつきにくいけど、一度火が付くと温度は安定して長持ちするんだよ。まぁ、一度これを使ってやろうか」


マーギンは今出した硬い炭にここで使っている木炭を少し混ぜてゴウウウッと魔法で炙っていく。


「それは魔法か?」


「そう、着火魔法の最上位版。親父さんがさっき子供だと言ったアイリスも使えるよ」


「この魔法書はいくらで売ってる?」


「これは非売品なんだよ。使い方を間違えると危ないし、魔法適正も関係してくるからね。普通の着火魔法はこんな感じのやつで50万G。室内で着火魔法を使うならこれは不要だね」


マーギンはバーナーを出している反対の手に普通のターボライターみたいな火をつけてみせた。


「お前、器用だな」


「魔法書を販売してるんだからこれぐらい出来て当たり前だよ。さて、ある程度火がついたから次は風魔法で燃焼促進するよ」


フイゴで空気を送り込む所から魔法で鋭くまっすぐ吹く風を送り込む。


「親父さん、この炉はもっと高温でも耐えられる?」


いつも使っているよりすでに温度がかなり上がっているのは親父さんにもわかっている。


「これ以上か… すまんが分からん」 


「なら念の為強化しておこうか。壊れたら大変だからね」


マーギンは土魔法を使って炉を強化する。


「何をした?」


「高温と衝撃に耐える仕様に強化したよ。これで壊れることはないと思うから、温度を上げていくね」


マーギンは空気の送り込む量を増やしていく。フイゴでここまで空気を送り込むのは大変だ。


「親父さん、もう魔鉄を入れていいよ」


「わかった」


空気を送り続けるマーギン。親父さんは炉に入れた魔鉄を真剣な目で見続けている。そしてそれを出そうとした。


「まだ早い。もう少し熱が馴染むのを待って」


マーギンがそれを止める。


「はい、いいよっ」


マージンの合図と共に親父さんは魔鉄を出して、槌でガンガンと打ち出した。今まで加工出来ているという感覚がなかったのが自分の打つ槌で形を変えていくのがわかる。そして再び炉にいれ、タイミングを見る。次に炉から出す時にマーギンは何も言わなかった。親父さんは一度で魔鉄が打てる状態を見切ったのだ。


この親父さん、やっぱり相当腕がいいんだな。シムスと同じタイミングを一度で把握するなんて。


シムスとは勇者パーティー時代にマーギンがしょっちゅう遊びに行っていた鍛冶屋のオヤジの名前だ。


親父さんが魔鉄を打つのを止める。


「どうしたの?」


「こいつはすげぇ素材だな」


「硬いのにしなやかさがあるって言ってたからね。槌から滑らかさが伝わってくるって言ってたよ」


「そうだな、その表現がぴったりだ。こいつを使った剣を考えねばならん。それと、お前が持っていたという心鉄と皮鉄を使った剣というのを見ることは出来るか?」


「んー、どうかな。それをあげた人と5日に会う予定はしてるんだけど、ここに見せに来る時間があるかどうかわかんないや」


「そうか、ならば先程の包丁をもう一度見せてくれんか?」


マーギンはシムスの打った包丁を渡す。


「これは片刃の短剣ではなく包丁なのだな?」


「そう。これは柳葉包丁っていうんだけどね、魚の刺身を作る為の包丁なんだよ。あ、刺身ってのは生で魚を食べる料理ね」


「魚を生で食うのか?」


「王都の人は食べないよね。俺は好きなんだけどさ。この国の人でもタイベって領地の人は食べるみたいだよ」


「タイベか、南にある離れ領地だったな」


「みたいだね。船でしか行けないってアイリスが言ってたよ。あいつ、そこの出身でさ、さっきも言ったけど春になったらタイベに行く予定にしてる」


「親に結婚の挨拶をしに行くのか?」


「だから違うって。アイリスは今年成人の儀を受けるんだよ。で、亡くなった親の墓に成人した報告をしに行くんだ」


「わざわざ付いてってやるのか?」


「あいつは旅の心得とかなくて心配なのと、今度連れてくるガキ共に他の土地も見せておこうかと思って。ハンターになるなら色々な事を知っておいた方がいいだろ?」


「ガキ共も連れていくのか?」


「まぁ、俺がしてやれることなんてそれぐらいだからね。アイツら孤児なのにまっすぐ逞しく生きてんだよ。本当に凄いと思うよ」


「そんなガキ共がいるのか…」


「うん」



ー家の屋根の上ー


「お前、どうしてここがわかった?」


ロッカが屋根の上でぼんやりしている所にバネッサがやってきた。


「オバチャンがきっとここだろうって」


「そうか、なら、ここにいるのは昔からバレてたってことか。すまんな嫌な雰囲気を味あわせてしまって」


「ロッカ、うちらが口を出す問題じゃないと思うんだけどさ、オッチャンとオバチャンとちゃんと話をした方がいいんじゃねーかなって」


……

………


「私は本当はハンターじゃなく父さんみたいな鍛冶師になりたかったんだ」


ロッカは少し黙ったあと、心配そうな顔をしているバネッサに話し始めた。


「でも工房に入れてもらえなかったんだろ?」


「母さんに聞いたのか?」


「うん、ちょっとな。で、ロッカももう大人なんだからちゃんと話をした方がいいんじゃねーかって思ってよ…」


「どうせ父さんに何を言っても私の気持ちを理解してくれんよ」


「そうかな?ロッカもオッチャンが何か言っても理解しようとしてねーんじゃねーかな?」


「父さんはバネッサの事を実の娘みたいに可愛がっているから分からんだろうが、父さんは私が小さい頃からあれはダメだこれはダメだと言ってな、自分の思った事を私に押し付け続けてきたんだ。挙げ句の果てに成人の儀に男物を用意しやがった。きっと娘なんか必要なかったんだろ。ロックが生まれて念願が叶ったんだ」


「そういう事を直接言えばいいんじゃねーかな」


「言わなくても知ってるはずだ。ロックは小さいうちから工房に入って、鍛冶の手伝いをさせてもらってたしな」


「だからそう思ってたことを直接話せよっ」


バネッサは怒ったようにロッカに親と話せと言った。


「だから理解してくれないって言ってるだろ」


しつこいバネッサにイラッと来るロッカ。


「理解してくれるかどうかちゃんと話してみないとわかんねーだろーがっ。男物の服でも用意してくれた親がいるんだから話せよっ。うちなんか… うちなんか……」


バネッサの事情を知っているロッカは今の言葉を聞いてハッとする。


「す、すまない…」


「うちに謝る必要はねぇよ。ロッカが謝るのはオッチャンとオバチャンにだっ」


そう言い残してバネッサは先に降りていった。



ー工房ー


「親父さん、魔鉄でなんか作りたいなら、俺のよりロッカの剣の方がいいんじゃない?」


「ロッカにはもうくれてやった」


「それ、今のロッカ向けだろ?これからのロッカの剣だよ」


「あの剣は先を見越して打った物だ。あいつが下手して折らん限りずっと使えるだろ」


「親父さん、ロッカの事をもっとちゃんと見た方がいいぞ」


「見るも何もほとんど帰って来やがらんからな。それにどんなに男のように振る舞ってもあいつは女だ。剣を振る力にも限界ってのがある」


「それは見て確かめた方がいいな。今回、ここに来ることになったのはロッカが親父さんに剣を研いで欲しくて来たんだ」


「あいつには研ぎの技術は仕込んであるぞ」


「それでも親父さんには敵わないってよ。それに今回は剣にだいぶ負担を掛けたからな。メンテナンスも兼ねてんじゃないかな」


「それならそうと早く言えっ。ったく、あいつはそんな事を一言も言いやがらん。しかし、剣にそんな負担を掛けたって事はまだまだなんだな」


「そうだね、まだまだこれからだよロッカは」

 

マーギンがロッカはまだまだだと言ったことに親父さんはカチンとくる。


「あいつは14歳から実戦に出てやがんだぞ、まだまだって事はないだろうがっ」


「いや、ロッカはこれからもっと強くなる。だからあの剣ではダメだ。ロッカの力を受け止められんよ」


「なんだとっ」


「だからそれは自分の目で確かめなって。難敵の魔鉄を攻略するんだろ?攻略した物を他人の俺にくれるより、娘にやった方がいいってもんだよ」


そう言ったマーギンを親父さんは睨みつけたのであった。

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