グラマン工房の親父さんその3

「マーギン、こいつを加工出来るぐらいまで温度を上げられるか?」


「出来るよ。俺が持ってた剣もこの包丁もこれを使って出来てるから」


「よし、工房に行くぞ」


「お父さんっ。先にご飯食べてもらわないと」


「おっと、すまん。祝いの飯と酒だったな。ほら、マーギン食え」


「飯は頂くけど俺ロッカとは結婚しないよ」


「なぜだ?」


「なぜって… そんな仲じゃないし、お互いにそういう関係じゃないと思ってるぞ。なぁロッカ」


「てめぇっ、うちの娘が不服ってのかっ」


怒鳴る親父さん。


「クソ親父っ、いい加減にしやがれっ。そうやって人の気持ちを無視して自分の考えを押し付けやがってっ」


マーギンが困ってるのを見てロッカが怒鳴った。


「何だとっ」


「お父さんっ。今日はまだ子供の女の子もいるんです。大きな声を出さないで下さいな」


「子供の女の子だ?ん、お前誰だ?」


今まで空気に徹してたアイリスに気付いた親父さん。


「初めまして、マーギンさんの妻のアイリスです」


「つ、つ、つ、妻だとっ」


腰を抜かすぐらい驚く親父。


「お前、それやめろって言ってんだろがっ。本気にされたらどうすんだよ」


「お、お前、こんな子供が好きだったのか… どうりでデカくて男みたいなロッカを気に入らんはずだ…」


「いや… あのね… 人を子供趣味みたいな勘違いを…」


親父さんにロリ認定されるマーギン。


「誰がデカくて男みたいだっ。私をこんな風にしたのは親父だろうがっ」


デカくて男っぽいところを実は気にしているロッカ。


「はぁっ? お前が勝手に男みたいになっていったんだろうがっ」


「うるさいっ 成人の儀の時の服も男者の服と剣を用意してあったじゃないかっ」


「それはおまえがっ…」


「もういいっ やっぱり家に顔を出すんじゃなかった」


ロッカはそう言い残して外へ出て行ってしまった。静まり返る宴席だったはずのテーブル。


「ちっ、ロッカの野郎…」


ヒートアップしていた親父さんは出て行ったロッカを悲しそうな目で見ていた。


「お父さん いい加減に本当の事を話したらいいのに」


「うるせえっ あいつが勝手に勘違いしやがったんだろうがっ」


親父さんがお母さんに八つ当たりをして非常に重苦しい空気が漂う。


「おっちゃん、何があったんだよ?ロッカはいつもあんな風に怒ったことねーぞ」


可愛がられているバネッサが口火を切る。


「バネッサ、お前にゃ関係ねえ…」


「そんな言い方すんなよ。悲しくなるじゃねーかよ…」


関係ないと言われたバネッサは捨てられた子供のような顔をする。


「すまん、そういうつもりで言ったんじゃない…」


「お父さん、ロッカにもそれぐらい素直に謝ってあげれはいいじゃない」


「うるさいっ あいつはいつもの親の気持ちなんてわかってやがらんのだっ」

 

うーむ、これは口を挟んで良いか迷うな。しかしここで、じゃっ、と言って帰ったらそれはソレでまずい気がする。少し話を聞いてみるか。


「ロッカのお母さん、ロッカは親父さんと仲が悪いのか?」


「似たもの同士なのよ、この二人。頑固だし説明下手だし、自分がこうと思ったらすぐに行動に移すところとかそっくりなの」


そういや、ロッカに初めて会った時に探るように近付いてきから俺も怒鳴ったな。その後、いい奴だと思うようになったけれども。


「ロッカが成人の儀の時に男物の服で行ったとか言ってたけど、それが関係してんの?」


「そうね、それが決定的だったのかしらねぇ」



ーロッカの過去ー


「タリル、男ならロック、女ならロッカだ。いい名前だろ」


「あらあら、あなたったらもう名前決めたの?生まれるのはまだずっと先よ」


「お前と結婚した時から決めてたからな」


「もうっ、一人で何でも決めちゃうから」


「なんだ?この名前に不服か?」


「ううん、いい名前だと思うわ。あなたは幸せね。もうこんなに可愛がってもらえるんだから」


ロッカのお母さんは少し大きくなりかけたお腹を擦りなから、良かったわねぇとお腹の中の子供に話しかけた。


グラマンは鍛冶師だった親が早くに亡くなり、苦労して自らの工房を立ち上げた。そして新鋭の鍛冶師として名が売れだした頃、結婚して子供を授かった。



ーロッカが生まれる直前ー


「ねぇ、あなた。男の子だったらどういう風に育てるつもり?」


妻のタリルは大きくなったお腹をさすりながらグラマンに問いかける。


「そりゃぁ、男だったら工房を継がせてやりてぇな。まぁ、鍛冶に興味を持てばだがな。女だったら、蝶よ花よと育ててお前みたいな女らしい女になってくれりゃいいな」


「まぁ、あなたったら」



ロッカが3歳になった頃には工房は順調で弟子を取るぐらいにまでなっていた。


「馬鹿野郎っ、お前はどんな物を作りたいか理想を持ってんのかっ。こんな中途半端なもん作りやがって」


「それは結構よく出来てると…」


「はぁっ?こいつが結構よく出来ているだと?そんなもんが作りたいなら他所に行きやがれっ」


グラマンは弟子に厳しかった。鍛冶の作業自体はどこに行ってもほとんど差はない。グラマンは自分が作りたいものと弟子が作りたいものは同じではないだろうと思い、技術的な事より、鍛冶師としてのあり方の方が大切だと弟子に伝えているつもりだった。しかし、弟子希望で来た者はグラマンの鍛冶技術を学べると思いやってくる。当然、去る者が多かったのだ。


「お世話になりました…」


「ちっ、さっさと消えろっ」




ーロッカが5歳になる頃ー


「父ちゃん、ヒラヒラした服より、父ちゃんと同じズボンがいい」


「どうしてだ?ヒラヒラした服の方が可愛いいぞ」


「ううん、これだと動きにくいの。私は父ちゃんみたいに鍛冶師になりたいんだもん」


「ロッカ、女の子に鍛冶師は難しいんだぞ」


「えーっ じゃあ、父ちゃんの作った剣で剣士になる」


「剣士かぁ、それも難しいぞー。剣を上手く扱えるようになるには練習をたくさんしないとダメだからな」


「じゃあー練習するーっ」


「そうだ、新しいお人形さん買ってやろうか?」


「お人形さんより剣がいい。父ちゃん、ロッカの剣作ってーっ」


「ロッカの剣かぁ それも難しいなぁ。剣は危ないんだぞ」


「やだやだっ 剣がいいっ」


「あなた、ロッカの剣なんて作らないで下さいね。怪我したらどうするんですか」


妻、タリルは息子のロックを抱きながら、ロッカに甘々なグラマンがロッカにねだられて剣を作りかねないと心配していた。




ーロッカが8歳になる頃ー


「どうして工房に入っちゃダメなのっ」


「危ないからだと説明しただろ」


「危なくないもんっ。自分の剣を作るんだもんっ」


「ロッカ、何度も言っているが工房には炉があって物凄く熱いんだ。それに火花も飛ぶ。お前の可愛い顔が火傷でもしたらどうするんだ」


「えーっ、だったら私の剣を父ちゃんが作って」


「剣も危ないからと何度も…」


「作ってくれないなら自分で作るっ」


そしてグラマンは根負けしてロッカの剣を作る約束をしたのだった。


「お父さんったら、ロッカの剣は作らないっていう約束だったでしょっ。蝶よ花よと育てるって言ってたのお父さんじゃない」


「あれだけ言い聞かせても何年もせがむんだ、もう仕方がないだろ。それにそのうち勝手に工房に入ったらもっと危ないと思うんだ」


「それはそうかもしれないけど…」



ーロッカが10歳になった時ー


「ロッカ、これはお前専用の剣だ」


「やったぁっ!」


「これを渡すには条件がある」


「父さん、条件って何?」


「外には持ち出すな。剣を振る時にはこの庭で振れ。剣は武器だ、お前の力でも人を斬れば死ぬ。それを忘れるな」


「そんなのわかってるよ」


「いいか、絶対だぞ」


そしてロッカは独学で庭に丸太を置いて剣の練習を始めた。



「父さん、どうして私の剣はこんなナマクラなのよっ。ちっとも斬れやしない」


「馬鹿者っ。ナマクラなのはお前の腕だ。剣の扱い方が悪いからすぐに斬れなくなるんだ。ほら刃先が丸くなってるから研げ」


「父さんが研いでよっ。私が研いでも上手くいかないのっ」


「いいか、己の剣は己で研ぐ。これが出来ないなら剣を扱う資格はない。職人に研いでもらう時はメンテナンスの時だけだ。それが嫌なら剣を持つな。さ、研ぐのを見ててやるから」


「えーーっ」



ーロッカが12歳になった時ー


「お前、ハンターになんかなるつもりかっ」


「親父、反対しても無駄だだよ」


「お前が毎日剣を振っていたのは理解しているがまさかハンターになると言い出すとは… この工房の売り子になるんじゃなかったのか」


「うるさいっ 私が決めたことにいちいち反対しないでっ」


「親に向ってうるさいとはなんだっ」


「親父は昔から私がやりたいことさせてくれなかったじゃないかっ。もう12歳にもなったんだから私のやりたいことに口をださないでっ」


「お前のやりたいことに反対なんかしてなかっただろっ」


「工房には絶対に入れてくれなかったくせにっ。私は鍛冶師になりたかったのっ」


「そ、それは… 子供には工房は危ないから…」


「ロックは工房に入ってるじゃないっ」


「ロックは男だから多少の火傷や怪我をしても」


「なら私も男に生まれたら良かったっ。父さんのバカっ」


ロッカは自分を絶対に工房に入れさせてはくれなかったくせに、弟のロックをあっさりと工房に入れた事がとてもショックだった。そこに反抗期が重なり、父親のグラマンとほとんど口をきかなくなり、14歳の半ばに勝手にハンター見習いの登録をして活動するようになったのだった。


そして成人の儀の日、ロッカが目にした物は男物のハンター服とロングソード。


「これを着てけって事か…」


ロッカはハンター見習いとなり、他の大人と接することでロッカの反抗期が少し収まって来ていたが、もう父親にどう接して良いか分からなくなっていた。しかし、成人の儀に嫁入りの服として使える服を用意してもらえると思い込んでいた。が、目にしたのがこれだったのだ。


ロッカは男物のハンター服を着て、ロングソードを腰に差して、夜明けを待たずに家を出たのであった。




ーグラマン家のリビングー


「ロッカはハンター見習いになってから、父さんはもとより私とも口をきかなくなっちゃってねぇ、顔もあわせないし、14歳の頃には見習いの癖にハンターと組んで依頼をこなしてたのよ」


「へぇ、凄いね」


「で、父さんもそこまで頑張ってるなら、ちゃんと使える物を用意してやらないとダメだって言って、武器と防具、それとハンター服を用意したのよ。駆け出しが持つような装備じゃない立派なやつをね」


「オバチャン、それでも成人の儀の服をそれにするって結構酷くないか?」


バネッサは今の話を聞いてそう言った。


「バネッサちゃん、それはロッカの勘違いなのよ。成人の儀の服はちゃんと作ってあったのよ。ちょっと待っててね」


母親のタリルはしばらくしてからロッカの成人の儀の服を持ってきた。


「すっげぇ、めっちゃいい服じゃん」


「そう、これ高かったのよ。シスコちゃんの所で奮発して買ったのよ。父さんがこれは絶対にロッカに似合うって言って」


「確かにうちの服ですね。それも高いやつです」


「私も鏡のある部屋でロッカにこの服を着せて髪飾りとか付けるの楽しみにしてたんだけど、起きたらロッカがいなくて武器と防具とハンター服がなかったよのよ。その時の父さんの落ち込みようは本当に大変だったわ。そして帰ってきて、家を出る、とだけ言い残して帰って来なくなっちゃったの。で、今に至るわけね」


「タリル、余計な話まですんな。それにその服は捨てろと言っておいただろ。いつまで取ってあるんだっ」


「だって、ロッカがお嫁に行くときに必要じゃない」


「あいつは嫁に行くんじゃなく、貰う方になるんじゃないのかっ」


そう吐き捨てた親父さんはマーギンに工房に行くぞと言ってその場を離れたのだった。

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