グラマン工房の親父さんその2

ガチャ


「親父っ、マーギンに何をして…」


ロッカの心配をよそに親父さんは楽しそうな顔でマーギンの肩を組んで出てきた。


「ロッカ、母さんに飯と酒の用意をしろと言ってくれ」


「は?」


「宴だ宴だ。祝いの宴をやるぞ」


「マーギン、何がどうなってる?」


てっきり険悪な雰囲気になっていると思っていたロッカははて?という顔をする。


「いやさ、親父さんが俺とロッカが結婚してこの工房の跡継ぎをやれとか言い出してさ」


「はぁぁぁぁっ?」


「ロッカ、早くしろ。母さんにもこいつを紹介する」


「何がどうなったらそうなるんだ?」


「いや、俺にも分からん…」


何を言っても聞かない親父さんに負けたロッカは母親を呼びに行き、ご飯と酒の用意をして貰うのだった。



「あらあら、皆さんうちのがごめんなさいね」


とても優しそうなお母さん。


「こちらこそ、いきなりこんな事になってごめんなさい」


「何堅苦しくやってんだ。そのうち俺の息子になるんだ。遠慮はいらねぇぞ」


「あらー、こちらの方はロッカのいい人だったの。ロッカ、良かったわね。こんなに父さんに好かれる人を見つけてくるなんて」


「母さん違っ…」


母親はあらあらあら、大変大変と言いながら飯の準備をしにいってしまった。


「マーギン、早く誤解を解かないとどんどん外堀を埋められて行くわよ」


クスクスと笑いながらそう言うシスコ。


「お前、この状況を楽しんでるだろ?」


「だって面白いじゃない」


こいつ…



そしてなんの祝いかわからない宴会が始まる。


「ロッカ、お前もこいつを振って感想を言え」


「振ればいいのか?」


「早くしろ」


ロッカは先程マーギンが振って感想を述べた剣を渡されて、言われた通りに振る。


「どうだ?」


「まぁ、普通の剣だな。鋭利に研げてあるからよく斬れそうだとは思う」


「それだけか?」


「他に何がある?」


親父さんは呆れた顔をする。


「お前は多少強くなったらしいが、まだまだだな。とっとと、ハンターなんぞやめてマーギンと結婚しろ」


「なんでそうなるのだっ。私は結婚などまだまだせん。もっと強いハンターになるんだよっ」


「お前には無理だな」


「無理だなんて決めつけるなっ。親父は昔からいつもそうだ。私のやることをいちいちけなすしか能がないのかっ」


珍しくロッカが感情的になっているな。親父さんとロッカは仲が悪いのだろうか?


「ねーちゃん、その剣は俺が打ったやつなんだ。自信あるんだけど、親父の野郎は何も言わないんだぜ」


「ほう、これはロックが打ったのか。なかなか良く出来てるぞ」


「だろっ だろっ」


姉に褒められて喜ぶロック。


「ロッカ、その人は弟さんか?」


「あぁ、すまん。紹介してなかったな。こいつが弟のロックだ。この工房の後継ぎだ」


「マーギンだ。宜しくな」


「お前、ねーちゃんと結婚すんのかよ?」


「いや、そんな予定もないし、そういう関係でもない。親父さんの早とちりだ」


「何だとっ。お前ロッカを貰うために挨拶に来たんじゃないのかっ?」


「そんな事一言も言ってないだろ?ガキ共の防具と武器を頼みに来ただけって言ったじゃん」


「なら、ロッカの事はなんとも思ってないのか?」


「いや、いいやつだし、美人だとも思うよ」


「おっ、おいマーギン、やめろ」


「ならいいじゃねーかよ。とっととこいつを貰ってやってくれ。それでここを継げ」


「はぁぁぁつ?何言い出してんだよ親父っ。こんなどこの馬の骨とも分からんやつに後を継がすとかボケたのかよっ」


「ロック、お前にこの工房を継ぐ力はない。お前が継いだらあっという間に潰れて弟子共が路頭に迷うわい」 


「何だとっ。こいつならやっていけるってのかよっ」


「こいつに剣を打つ才能があるかどうかは知らん。だが、弟子達を育てる事は出来るだろう。お前にはどっちも無理だ」


顔を真っ赤にして怒るロック。


「どっちも無理だとっ。どういう意味だよそれっ」


「お前はその剣が自信作と言ったな?」


「あぁ、渾身の力を込めて打ったからな」


「そうだぞ親父。親父の打つものに比べたらまだまだなのは確かだが、この歳でここまで打てるようになったのは凄いと思うぞ」


「だよなっ、だよなっ」


「ふんっ、ちょっと待っとれ。お前らは何も口を出すなよ」


そう言って親父さんは奥へ消えていき、1本の剣を持ってきた。ロッカとロックはあっ、と声を出そうときたのを止める。


「マーギン、これを振ってみてくれ」


「親父さん、部外者の俺が家の揉め事に付き合うのはどうも…」


マーギンはさっきの剣が後継ぎの息子が打ったと物と知ってとても気まずい。弟子作だと思って酷評してしまったのだ。


「いいから、さっさと振れ」


言い出したらきかない親父さん。マーギンは仕方がなく、シュンッと抜いて振った。


「えっ?」


ロッカはその姿を見て驚いた。マーギンは剣士ではなく魔法使い。なぜあんな所作が…


「うん、いい剣だね。ブレが少しもない。見た目と使っている材質の割に軽く振れるように手元に重心を取ってあるから力の無い人でも綺麗に使えると思うよ。もしかしてロッカが子供の時に親父さんが打ってあげた剣じゃない?」


「お前、そんな事が一瞬でわかるのかよ…」


驚くロック。


「作り手が使う人の事を思って打った剣だというのはすぐにわかった。後は剣の感じが店に並んでたのと同じだからね。材質を柔らかめの物で作ってあるのは折れにくく、研ぎの練習をさせる為なんじゃないかな」


「お、親父… その剣にはそんな意味が…」


どうやら親父さんがロッカが子供時代に打ってやった剣だというのは当たりのようだな。推測が当たったマーギンはホッとする。


「親父さん、今のでいいかな?」


「申し分ない。こうして作り手の思いを汲み取ってくれるのは職人冥利に尽きる。稀にこういう奴がいるから職人は止められん。ロック、お前にはそれがあるか?」


「い、いやまだ良く分からない…」


「マーギン、お前はこれを誰に学んだ?」


「剣の師匠と鍛冶屋のおっちゃん。剣を打ってる所とか、研いでる所をよく見に行ってた。邪魔だから来るなって毎回怒られて、よく殴られたよ」


「怒られるのは当たり前だっ。それでも見に行ったのはなぜじゃ?」


「だって面白いじゃん。なんかこう、打ち手の魂が刻まれていくような感じも好きだったし、鍛冶屋だけでなくて職人がなんか作ってるところを見てるの好きなんだよね」


「それはその鍛冶屋に伝えたのか?」


「いや。でもしょっちゅう見に行ってたら手伝わされたりしたよ。流石に相槌とかはさせてくれなかったけど」


「何を手伝った?」


「炉の温度上げたりとかの調整。まぁ、フイゴ代わりだよ」


「炉の管理をやってただと?」


「温度の上げ方が遅いっとか殴られたりしたけどね。最後の方は怒られることはほとんどなかったかな」


「その鍛冶屋が打った剣はあるか?」


「俺のお気に入りのはこの前あげちゃったんだよね。人の預かり物ならあるけど」


「見せてくれ」


マーギンは魔王討伐の時には魔剣と魔斧を使うからと、マーベリックの剣とガインの剣を予備として預かっていた。


「これがロングソードだね。あとは剣じゃないけど俺用に作ってもらった包丁もあるよ」


マーベリックのロングソードはマーギンと出会う前に打ったもの。包丁はマーギンと出会ってからのものである。


「これは同じ奴が打ったのか?」


「そう。でも包丁は俺が頼んで作ってもらったやつ。俺の持ってた剣はその包丁と同じように作られてたんだよ。ロングソードは俺と出会う前に作ったやつだと思う」


「この包丁と同じ作り方の剣か…」


親父さんはマジマジと包丁を見ていた。


「製法の違いは分かるか?」


「包丁の方は心鉄がはいってんだよ」


「心鉄とはなんだ?」


「ロングソードとか柔らかい金属か硬い金属の配合を調整して作るだろ?」


「そうだな」


「これは2種類の金属を混ぜるんじゃなくて叩いて別々の金属を合体させてるというのかな?心鉄という柔らかめの金属を芯として入れて、皮鉄つまり外側の金属は硬くて斬れ味の良いものを使ってあるんだよ。これで折れにくいけど、斬れ味が良い物になるんだよね」


「叩いて1つにするか… なるほど」


そしてぶつぶつ何かを言った後にどこかへ行き、金属の塊を持ってきた。


「マーギン、こいつを知っているか?」


「んー、これだけだと流石に何かわかんないよ」


「こいつは難敵でな、熱を入れても赤くなるだけでこれ以上加工が出来んやつだ。こいつを使えればさっきの皮鉄って奴に使えると思うんだがな」


「ちょっと触っていい?」


「構わん」


マーギンはその塊を触ってみる。あっ、これって…


「これさ、初めはもっとなんていうんだろうな、丸っこい形にトゲみたいなの付いてなかった?」


「いや、これにはトゲはなく円形をしていたのだ。誰かが加工した金属と言われている」


「トゲなしか。でも多分これだと思うんだよなぁ」


マーギンはそう言って、親父さんが持ってきた物より遥かに大きな金属塊を出した。


「何だこれは?」


「これは魔物の中にある金属なんだよ。鉄とかの鉱石を食う奴がいてね、食った鉱石の一部が身体の中に溜まっていくんだ。で、長生きした奴の背骨の一部がこれになるらしい。多分これの小さい奴だと思うんだよ。魔力の流れ方が似ているからね」


これはミスティの研究結果だ。稀に鉱山に落ちている不思議な金属塊の正体が長年不明だったが、ミスティは魔物の骨か何かではないかと仮説を立てていた。その仮説が鉱山に現れた巨大ロックワームの討伐をした時に立証されたのだ。


「なんの魔物だ?」


「ロックワーム」


「は?あんな魔物からこんなデカいのがとれるわけがないだろ」


「親父さんが言ってるロックワームは大きくてもせいぜい1mくらいだろ?」


「そんなデカいのも知らん」


「あいつら坑道を脆くしたりするから鉱夫にすぐに退治されてデカいのが少ないんだよ。これが取れるようになるまでは最低でも体長5mくらいまで育たないとダメらしいんだよね。で、俺の持ってるのは体長15mくらいあったやつ」


「は?」


「かなり地下深くに居たのを討伐したのがこれだよ。これもいる?」


「う、うん」


ウロコの事といい、特殊な金属といい、ホイホイと出してきては、「いる?」と簡単に聞いてくるこいつはいったい何者なんだと不思議に思うグラマン工房の親父さんは子供のような返事をしたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る