グラマン工房の親父さん

「マーギン、それに興味があるのか?」


胸当てをマジマジと見ているマーギンにロッカが声を掛ける。


「これ値段付いてないのはなんで?」


「ふふっ、それは親父に聞いてみろ」


そうロッカがニヤッと笑って堪える。


「親父さん、これなんで値段付いてないの?」


「お前ならいくらで買う?」


「自分で値段を決めるのか。うーん、3万くらいかな」


「帰れっ」


3万と言ったらめっちゃ怒った親父。


「おい、マーギン。3万って他の安物の胸当てと変わらん値段を言った奴は初めてだぞっ」


「いや、これ未加工だよね?妥当な値段じゃないの?他のはきっちりと加工してあんのにさ。これももっと身体に合うように工夫出来るじゃん。素材その物ならこんなもんだよ」


「ば、バカ。それ以上言うなっ」


ロッカが慌ててマーギンの口を塞ぐ。


「このクソガキャアっ とっとと出ていきやがれっ」


「何怒ってんだよ?これデカいトカゲのウロコだろ?しかもこの大きさなら尻尾の先の方の奴だ。それも裏側の柔らかい方の。こんなの3万が妥当だよ。それにかなり劣化してるし。劣化していない背中の一番硬いやつならもっと値段付けてもいいけどさ」


「小僧、お前、それがなんのウロコかわかって言ってんのか?」


ギヌロッ


「だからデカいトカゲだと言っただろうが」


「トカゲか… ちょっと奥に来いっ」


バネッサから離れた親父はマーギンの首根っこを掴んで奥に連れていく。


「お、おい親父っ マーギンに悪気はないんだ。こいつはちょっと常識知らずな所があるだけで…」


ロッカの言葉も届かずマーギンはズルズルと奥に連れていかれた。


「ロ、ロッカ。マーギンの野郎まずいんじゃねーか?おっちゃん、めちゃくちゃ怒ってたじゃんかよ」


「とは言ってもああなった親父は私にも止められん」


マーギンが連れていかれた後に一人の青年が出てきた。


「ねーちゃん」


「ロック、親父はマーギンをどこに連れていった?」


「マーギンって今親父に首根っこ掴まれて連れていかれた黒髪のやつか?」


「そうだ」


「工房に入ってったよ。俺達は出てけと追い出されたんだ」


「なんだとっ」


ロッカの親父さん、グラマンは職人以外を工房にいれることはない。ましてや初めて会った男なんてもっての外だ。




バタンっ ガチャ


工房のドアを勢いよく閉めて鍵を閉める親父。


「何だよ?そんなに怒るような事を言ったか?」


「違う、あれはなんのウロコか貴様は知ってるんだな?」


「だからデカいトカゲだと言っただろ?」


「どんな奴だ?」


「どんなって、これぐらいの大きさで」


マーギンは絵に描いて説明していく。


「なぜそんな事が分かる?」


「あいつのウロコを俺も持ってんだよ。まぁ、使う事もないからマジックバッグの肥やしになってるけどな」


「なにっ?」


「ほら、こいつと同じだろ?これは一番硬い背中の横の奴だ。で、使い道がなさそうなトゲがあるのがこいつで背骨の上の部分。尻尾のはこれだな」


マーギンはアイテムボックスから大きなウロコを出していく。


「おっ おっ、お前、これをどこで…」


「昔仲間とちょっとね、場所は秘密」


場所はこの辺だとは言えない。


「こ、こいつの正体はなんだっ?」


「だからデカいトカゲだって。まぁ、動きは速いし、耐久力もかなり高かったのは確かだね。取れる魔結晶もめっちゃデカい… あ、魔結晶の事は内緒ね。人には言うなって言われてたんだった。親父さん職人だから口は硬いよね」


「その魔結晶も持ってるのか?秘密は守る」


「あるよ。欲しかったらあげるけど、デカいから使い勝手は悪いかも」


ドンっ


「なっ…」


反応が大将と同じだな。


「いる?」


「いや、いらん…」


やっぱり。


魔結晶って砕くと魔力が霧散してダメになるんだよなぁ。加工していくのも面倒だし。


「ウロコはいる?」


「譲ってくれるのか?いくらだ?」


「あげるよ。俺は異国人で、この国では魔法書販売の許可しか得てないし、ハンターでもないから売るとまずいんだよね。あ、その代わりお願いはあるかな」


「ロッカが欲しいのか?いくらでもくれてやるぞ」


娘をたかがウロコで売るなよ…


「いや、今年ハンター見習いになるガキ共がいてね、子供が使えるようなナイフとかと、動きを阻害しない軽めの防具を作って欲しいんだよ。防具の素材は何がいいかなぁ、あんまり高価な素材だと他の奴らに奪われそうだからなぁ。あっ、こいつでいいか。防水性も高いし軽いからすぐに汚しそうなアイツらにぴったりだな」


マーギンが出したのは一枚物の大きな革。


「今度そいつ等を連れて来るから作ってやってくれるかな?子供だからすぐに大きくなるからまた作り直す必要もあるだろうからその時もお願い」


親父さんはマーギンの出した革をマジマジと見る。


「これはなんの革だ?」


「ケルピー。馬の姿してやがるのに肉食なんだよ。人を乗せてやるような仕草をして乗ったやつを湖の中に引き摺り込んで食うんだよ」


「こんなもんがガキに使えるかっ」


「あ、ダメ?ちょうどいいと思ったんだけどな。それならこいつか。ラプトゥルの革も軽くて防水性が高いからな」


「待て待て待て待てっ ケルピーとかラプトゥルとか、すぐにサイズの変わるガキにそんな貴重な革を使うやつがいるかっ」


「ん?ケルピーなんか楽勝で倒せるじゃん。ラプトゥルはちょいとコツがいるけどさ」


「お前どっから来た?」


「遠い島国」


「そこにはそんなのがうようよいるのか?」


「まぁ、場所は違うんだけどね。この辺だと見かけないね」


「お前、どんな所で暮らしてたんだ。そんな強い魔物がうようよいるなんてよ」


「ここは平和でいいよね。まぁ、そのうち強い魔物が出そうな感じはしているけど」


「それは本当か?」


「多分ね。秋にライオネルから王都までの街道で狼に襲われた。かなり痩せた狼で5匹しかいなかったから、縄張り争いに負けて逃げて来たんだと思うよ。狼の縄張りだけが奪われたのならそんなに心配することはないと思うけど、奥の方から順繰りに追い出されたとすれば、一番奥の魔物は相当強い。そのうち餌を探してこっちに来るかもね」


「むぅ…」


「ま、王都はハンターもいるし、衛兵、騎士、軍人がいるから何とかなるんじゃない。地方都市はヤバいかもしんないけど」


「そうか… ヤバいか」


「先に異変が起こるからこっちに逃げて来ればいいと思うよ。パタッと動物がいなくなるとか一斉に移動を始めるとかそんなのが」


「そんな事があるのか?」


「動物は敏感だからね。いつも見かけるオーキャンとかがいなくなったら前兆だね」


「それはハンター組合とかに報告済みか?」


「こんなの常識だろ?」


「いや、今の話はロッカにでも伝えて組合に報告しておいて貰え」


「まぁ、いいけどさ」


「ガキ共の装備はこっちで手配しておく。ウロコをもらうだけでも十分過ぎるほどこっちが得するからな」


「なるべく軽いのでお願いね。そいつらまだ強くはないけど、気配を消したり隠れたりするのはかなり優秀だから」


「分かった。近々連れて来てくれて」


「了解」


「もう一つ聞くがお前は剣士か?」


「違うよ。剣も使えなくはないけど、そこそこレベル。だから帯剣もしてない。いい剣を見たり所有するのは好きだけど、剣も使われないと可哀想だしね」


「そこそこか… ちょいとこいつを持って構えてみてくれ」


「いいけどなんで?」


「いや、振って感想を聞かせてくれ。剣の事も少しは分かるんだろ?」


「まぁ、剣は男のロマンだからね」


マーギンは渡されたロングソードをシュンっと抜いて振り下ろした。


こいつ…


親父さんはマーギンの剣さばきをみて驚く。


「お前は軍人か?」


「よく分かったね。俺は軍人じゃないけど、剣を教えてくれたのが軍人なんだよ」


「人を斬った事はあるか?」


「んー、ないよ。何で?」


「いや、聞いてみただけだ。で、その剣の感想はどうだ?」


「本音で言っていい?」


「構わん」


「見た目はいいけど重心バランスが悪いと思う。威力重視なのかスピード重視なのか作った人の迷いがあるのかな。この剣を作った人がどう使って欲しいかの思いがないって感じ。それと中心がズレてんのかな?振り抜きにくいと思った。凡庸品として売るならまぁこんなもんかとは思うけど、あつらえならダメかなぁ。まぁ、こういう剣が欲しいと思う人がいるかもしれないからそこはなんとも。でも俺なら買わない。これはお弟子さんか誰かの試作品?」


「今の一振りでそこまでわかったのか?」


「剣を教えてくれた人がこういうの好きだったんだよね。良い物から悪い物、特殊な物を1つ1つ俺に振らせて、これはこうだとか延々と語るんだよ。まぁ、結構その話は楽しかったんだけど」


「良い師匠だったのだな」


「いや、俺は剣の才能がないからやめとけって見放されたよ」


親父さんはこいつはどんな人生を歩んできたのだ?と思った。今の剣さばきで才能が無いと見放したとは理由があるのか、それとも理想が高すぎるのか…


親父さんはマーギンを見ながら考え込んでいる。


「これ、研ぎも甘いね」


マーギンはそう言って研ぎ魔法でシュンっと刃先を研いだ。


「これでマシかな。いや、今の感じたとすぐに刃先が甘くなりそうだな。鍛造が足りないのかもしれないね」


「い、今何をやった?」


マーギンが研いだ剣を裏返したりして見る親父さん。


「今の?俺は生活魔法使いなんだよ。今のは研ぎ魔法ってやつでね、研ぎ魔法の魔法書は100万で売ってるよ」


「そんな魔法があるのか…」


「高いから売れた事はないけどね。後は本当にちゃんと研いだ物を知らないとダメなんだよ。出先でこれが出来たら便利だと思うんだけどねぇ。まぁ、1日の戦闘数が少ないみたいだから不要なのかもしれないね」


「うわーっはっはっは」


「ど、どうしたの?」


「お前、マーギンだったな」


「そうだよ」


「うちの息子になれ」


「は?」


「ロッカをくれてやる。それでうちの跡取りになれ」


「何言ってんだよ親父さん」


「お前、酒は飲めるか?」 


「まぁ、好きだけど」


「よし、今から飲むぞ。祝いだ」


「ちょっ、ちょっ、なんの祝いだよっ」



工房の外ではロッカ達が、親父っ、親父っ、ここを開けろっと騒いでいるのは完全防音の工房内には聞こえていなかったのであった。


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