服が高い

げ、やっぱり高そうな店というかデパートみたいな所じゃんかよ。


シスコに連れられて来たのは5階建ての大きな店。


「さ、服の所に行くわよ」


いらっしゃいませと店員に挨拶されるのを無視して中に入っていくシスコ。バネッサとアイリスは挙動不審で、知らない家に連れて来られた猫のようになっている。



「シスコムーンお嬢様っ。いかがなさいました。お久しぶりにございます」


あぁ、そういやこいつの本当の名前はシスコムーンだったな。鑑定で見たときにぎょっとしたが知らないフリをしたの忘れてた。


「久しぶりね。この娘の成人の儀の服をお願い」


「来年の服を今から作るとサイズが変わる可能性がありますけど宜しいのですか?」


「来年じゃないわよ。今年の成人の儀に着るの」


「えっ?」


「もしかして出来ないのかしら?」


シスコの冷たい目が店員をブルっとさせる。


「でっ、出来ますっ」


「なら、さっさとサイズを計って頂戴。アイリス、好きな物を選ぶといいわ」


「は、はひっ」


おいおい、好きな物って…


マーギンは市販品の服の値段を見てみる。


げっ、なんだよこの値段。こんな服が10万とかすんのか?


バネッサも他の服の値段を見て高っけぇと叫んでいる。


「バネッサ、あんまりベタベタ触ってると買い取らされるわよ」


シスコがそう言うとあわあわして慌てて手を離した。


「シスコ、成人の儀ってなんかアクセサリー着けんのか?」


「貴族なら髪飾りとネックレスイヤリングは着けるわよ。庶民だと髪飾りくらいかしら?」


アイリスだけじゃなく、リッカにもなんかプレゼントしてやらないとダメなんだよな。


「庶民の髪飾りって何がいいんだ?」


「服とのバランスもあるから、リボンとかでいいんじゃないかしら?これとか良いわよ」


リボンですら1万からとか信じられん…


アイリスのは服が決まってからでもいいか。リッカには何色が似合うんだろうか?とマーギンはリボンをジロジロと眺めている。


「その濃い赤のがおすすめよ。リッカに似合うと思うわ」


シスコにはバレバレのようだ。自分で選んでもわからんからこれにしよう。値段は… 3万… たかがリボンに3万…


シスコはアイリスが決めかねているようだわ、とアドバイスをしにいった。


ロッカも女性用のおしゃれな服に少しは興味があるようで服を見ている。そしてバネッサはアクセサリーコーナーを見ていた。


「マーギン、宝石って綺麗だよなぁ」


「バネッサでもこういうのに興味があるのか?」


「でもってなんだよっ。うちも女なんだぞっ。興味があってもいいだろっ」


「そういう意味で言ったんじゃない。俺は宝石にまったく興味がないから不思議に思っただけだ。ただ色の付いた石ころがこんな値段するっておかしいとは思わんか?」


「あら、マーギン。バネッサに宝石を買ってあげるつもりかしら?だったら私はどれにしようかなぁ?」


「なんでお前らに宝石を買う話になってんだよ?たかが石ころにこんな値段を払えるかっ」


「えーっ、お金持ってるじゃない。泡銭なんでしょ?」


そんな会話をしている間もバネッサはいいなぁと言いながら宝石を見ている。


「そんなに欲しいのか?」


「え?もしかして買ってくれんのか?」


「そんなに欲しいならやるよ」


「え?」


「買うまでもない。宝石はいくつか持ってるからな。帰ったら好きなの選ばせてやる」


「持っ、持ってるって本当かよ?」


「あぁ。使い道がないから持ってるだけだ。売ろうにも売り先がないからな。俺は異国人だろ?下手に売ると盗品かと疑われんだよ」


「ま、まじかっ」


「その代わり今度はバスタオル巻かずに出て来いよ」


セクハラ発言をしたマーギンはバネッサにグーでいかれる。



「シスコムーンっ」


大きな声を上げて身なりの良い男性がやってきた。


「誰?」


「父よ。誰よ、報告したのは?」


そういって店員をギロッと睨む。目を逸らしたのは初めに応対した男性スタッフ。恐らくこの売り場の責任者だ。


「シスコムーン、お前はまったく顔を出さずに… 誰だこの小汚いやつらは?」


なるほど、自分が汚いと言われると傷付くもんだな。確かにこの店にはそぐわない服だが、ちゃんと綺麗にしてるぞっと言い返したくなる。そう思ったマーギンはバネッサの肩をポンポンと叩いた。


「なんだよ?」


「お前の気持ちがいま分かった」


「なんだよそれ?」


「父さん、あちらはグラマン工房の長女ロッカ、私達のリーダーよ。で、パーティーメンバーのバネッサ。この男性はマーギン、魔法書店の店主。紹介はこれでいいかしら?」


「異国人か?」


「そう、あまり偉そうな態度を取らない方がいいわよ、異国のやんごとなき人だから」


え?シスコのやつ何を言ってるんだ?


「やんごとなき人だと?」


「えぇ、この国の貴族のお嬢様とも懇意になさってるようですし、そのお嬢様と婚約ともなればぞんざいな扱いをした商会はどうなるんでしょうね。ま、どうなろうと私には関係ないけれど」


父親にツンとするシスコ。


「これはこれはマーギン様、大変失礼を致しました。愚娘が大変お世話になっております」


この変わり身の早さは商人らしくて好ましい。


「いえ、こちらこそこのような素晴らしいお店にそぐわぬ格好で来てしまって申し訳ない」


「いえいえ、とても活動しやすくて良い服でございます」


マーギンはシスコの虚言に乗る。


「あの… マーギンさん。これでいいでしょうか?」


シスコの親父さんが手をモミモミしている所に仮止めをした服を着たアイリスがやってきた。


「こちらは?」


「マーギンが可愛がっているやんごとなきお嬢様。今日はこの娘の成人の儀の服を買いに来たのよ。あまり目立ちたくないというからこれにするわ」


マーギンの返事を待たずに了承するシスコ。


「これはこれはとても良くお似合いでございます」


「あっ、ありがとうございます」


「アクセサリーはどれにいたしましょうか」


「このリボンでいいわ。他のはマーギンが持っているそうだから。父さん、用事がすんだなら仕事に戻って。他の社員に示しがつかないわ」


「そうでしたそうでした。マーギン様、今後ともフォートナム商会を宜しくお願い申し上げます」


煙が出るんじゃないかと思うぐらい手をモミモミしながらシスコの親父さんはその場を去った。


「マーギン、話を合わせてくれてありがとう」


シスコは目を伏せながらマーギンにお礼を言った。


「親父さんと仲が悪いのか?」


「商売人としては尊敬しているわよ。でもね…」


「でもなんだ?」


「父は貴族になりたいらしいの。だから私をそれに利用しようとするのがたまらなく嫌なの」


「庶民が貴族になれるのか?」


「私が貴族に嫁ぐ、お金のない貴族から貴族籍を買うとか色々と方法はあるみたいよ」


「そんな事が出来るのか」


「本当かどうか知らないけどね。はい、この話は終わり。アイリスももう終わったみたいだし、こっちのリボンは別で包んでもらうわね」


シスコはそう言って濃い赤のリボンを店員に渡して別に包むように指示していた。



「170万Gで御座います」


マーギンは耳を疑う。


「17万G?」


「マーギン様はご冗談がお上手でございますね」


ニッコリと笑う店員。やはり聞き間違いではなさそうだ。


マーギンは小金貨でお支払い。


「ありがとうございました。8日には仕上がりますので」


この責任者らしき人も手をモミモミモミモミっ。


店員は9日と言いかけた所をシスコがもしサイズが合わなかったらどうするのかしら?と言ったことで8日の仕上がりになった。




帰り道


「マーギンさん、すっすっすみません。あんな値段だとは思わなくて」


「俺も驚いたよ。でも、雪の花の金は全部お前にやろうと思ってたからかまわんよ」


「あ、ありがとうございます」


「ちえっ、うちも成人前にマーギンと出会ってたらあんなボロ着なくて済んだのによぉ、アイリスだけズリぃぞ」


「バネッサ、私なんか男物の服を着せられたのだぞ。まだマシだと思え」


「えっ?ロッカ、それマジかよ?」


「親父は息子が欲しかったらしくてな、名前も本当はロックと名付けたかったようだ」


そうか、ロッカって珍しい名前だなとは思っていたが、ロックの代わりに名付けられたのか。みな色々とあるもんだな。



「帰りにうちの工房に寄っていいか?」


「なにするんだ?」 


「剣を研いでもらう。昨日の丸太斬りで刃先が甘くなってしまってな。強化して斬ったから剣筋がぶれたようだ」


「自分で研げないのか?」


「研げるが親父には敵わんな。どうせ訓練をするなら良い状態でやりたいと思う」


「俺も工房に興味があるからいいよ」


「マーギンは武器を使わぬだろ?」


「いや、親父さんと顔合わせをしておきたい」


「あら?ロッカまで毒牙にかけるつもりかしら?」


「誰がロッカを嫁にくれと言いに行くんだっ。ガキ共の武器をなんか買ってやるつもりだから、どんなのがあるか見たいんだよ」


「顔を合わせたいとかいうからてっきり」


それにロッカまでとはなんて言い草だ。誰も毒牙になんてかけてねーわ。



グラマン工房は裏通りに入った所にあった。そこそこ古そうな店だ。


「親父帰ったぞ」


ロッカが店に入るとギヌロっと睨む親父がいた。見るからに頑固そうだ。


「なんだロッカか」


「なんだとは酷い言い草だな」


「で、そいつと結婚するのか?そこの黒髪、とっととこいつを嫁に貰って連れてけ」


いきなりなんの会話だ。


「違いますよ。ロッカの実家が武器と防具の工房をしていると聞いてから覗きにきただけです」


「なら好きに見てけ」


なんて愛想の無い親父だ。


「マーギン、すまんな。こういう親父だ」


「おっちゃんっ」


「おぉ~バネッサ。よく来たよく来た。さ、こっちに来て座れ。大きくなったなぁ」


なんだこの変わりようは?


「バネッサがうちの手伝いをしていた時に妙にウマがあったようでな。実の娘より可愛いらしい」


確かにバネッサは人懐っこそうだからな。おっさんに好かれるのも分かる気がする。


おっさんとバネッサがいちゃいちゃしている間に武器と防具を見せてもらう。


うむ、どれもしっかりした作りだ。値段も安いしよい店だな。


マーギンは気になった商品を手にとって見る。


ん?


気になったのが胸当て。値段も付いてない。これ一枚物の魔物ウロコだよな。


バネッサといちゃいちゃしている親父はマーギンが胸当てを持っているのをチラッと見ていたのであった。

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