バアム家の話

「マーギンっ、こっそり胸を楽しんだって何したのよっ」


「それがよぉ、リッカも試してみろよ」


「何を?」


「マーギン、ちょっと立て」


バネッサはマーギンを立たせてリッカをおぶれという。


「ちょ、ちょっと、何するつもりよっ」


「いいからちょっとおぶされ」


バネッサは無理矢理リッカをマーギンの上に乗せた。


「マーギン、さっきやったみたいにやってみろよ」


マーギンは言われた通りにひょいひょいとその場でジャンプする。


「な、うちにこんな事をしやがったんだよ」


「どうしてこれが胸を楽しんだ事になるのよ?」


「ジャンプしてうちの胸が背中に当たる感触を楽しんでやがったんだよっ」


それを聞いたリッカはマーギンにつかまっていた両手を離し、バッと胸を押さえた。


「さ、最低っ!なにしてんのよあんたっ!」


「リッカ、大丈夫だ」


「何が大丈夫なのよ?」


「背中に何も感じなかった。お前の貞操は守られたんだ」


いらぬことを言うマーギン。


「きぃーーーーっ」


リッカはマーギンの首を絞める。


「何よそれっ」


「ギブ キブっ 死ぬっ 死ぬっ」


マーギンは危うくリッカに絞め落とされる所だった。


「あーはっはっはっ」


突如笑い出すローズ。


「ど、どうした?」


ビクッとしたバネッサがローズに頭がおかしくなったのか?聞く。


「楽しい仲間達なんだなと思ってな。いや、失礼」


「そりゃ、ご貴族様はこんな事しねぇだろうけどよ」


「あぁ、このように血の繋がりの無い者とじゃれ合うことはない。やりたくても常に貴族たるものは、と叱られるのでな」


「ならご貴族様ってのは、家でも外でもじーーっと大人しくしてるもんなのか?」


「そうだな。特に私は兄が二人いてな、3番めに生まれた女の私は蝶よ花よという感じで育てられたのだ。今ではこのように男のようになってしまったがな」


バネッサよ、そこでウンウンと頷かない。


「しかし、私はもっと外で遊びたかったし、ヒラヒラしたスカートより、ズボンを履いて走り回ったりしたかったのだ」


「食うもんにはこまらねーけど、自由がないってことか?」


「そのような感じだ。それと長兄と次兄は2つ違いで、あまり仲が良くなくてというか、次兄が少し曲がった考え方を持っていたのだ」


「曲がった考え方?」


「長兄への妬みというのかな?家を継ぐのは長兄と決まっているのは分かるだろう?」


「そうだろうね」


とマーギンは相槌を打つ。


「で、2つしか歳の変わらない自分は長兄に何かあった時のスペアとして扱われる事が気に入らなかったのだ」


あー、なるほど。子供心にそれを理解すると自分の存在ってなんなのだ?となるわな。


「で、私が生まれたことで、家を継げない兄妹が増えたと仲間意識というのだろうか、私をとても可愛がってくれたのだ。もちろん両親も初めての女だということで毎日着せ替え人形のようにヒラヒラ服を着せていたのだ。長兄は家を継ぐ者として教育され、次兄は継ぐわけでもないのに同じ教育をされるのに反発するように剣の鍛錬に勤しみ、その鍛錬に私を巻き込んだというわけだ。次兄が両親と長兄に私を巻き込むなと怒られていたのをよく覚えている」


「で、ちい兄様と同じ道を進むことにしたのか?」


「まっ、マーギンっ。ちい兄様と呼んでいることをバラすなっ。コホンッ、両親と長兄から厳しい事を言われる次兄だが、私を可愛がってくれる次兄を私はとても好きなのだ。それに剣の鍛錬をしている姿が本当に格好よくてな、私が小さな頃はちい兄様のお嫁さんになるとか言っていたらしい」


ちい兄様ことオルターネンもローズと同じく美形だからあまり隣に並びたくない存在だ。


「ま、弟が生まれたことで、両親の意識も一番下の弟に移ったようでな、次兄の真似をして剣の鍛錬をしていても何も言われる事がなくなり、今に至るってところだ」


日頃、貴族の事を聞くことがない皆はローズの話に聞き入っていた。


「ちょっと疑問に思ってたんだけどよ、ローズさんって、貴族のくせに庶民のうちらと普通に接すんのな?」


ローズの話が一区切り付いた所でバネッサが不思議そうに聞く。


「騎士というものは本来、国の皆を守る為の職位だからな。庶民も国民なのだから当然だ。これは次兄が私に教えてくれたものだがな」


「ん?ちい兄様は門番の首を飛ばすかもとか言ってたじゃないか」


「そこが少し曲がっているところなのだ。小さな頃から長兄と同じ貴族教育をされていた影響もあると思うが、力を持たねば自分の価値は認められないとでも思っているのかもしれないな」


力と言っても色々あるからな。権力もその一つか。


「あっ」


「どうしたマーギン?」


「いやさ、成人の儀にアイリスが来て行く服をどうしたもんかと思ったのを忘れてた」


「だからうちの服をやろうかって言ったじゃねーかよ」


「あんなバッチィのアイリスがかわいそうでしょ?私のは大きいだろうし」


「てんめぇぇーっ」


また振り出しに戻る。


「成人の儀の服ってどこで買えるんだ?」


「わ、私はあの服でいいですって」


「あれを着たいのか?」


「そ、そういうわけじゃないですけど…」


「マーギン、今から成人の儀の服を作るのは無理よ」


「シスコ、その服はあつらえなのか?市販品は?」


「嫁入りの服になると言ったでしょ?だいたい1年前ぐらいから予約して作るものなのよ。市販品なんてあっても売り切れてるわよ」


「うちはギリギリで買ったぜ?」


「ゴミと一緒にしないで」


「てんめぇぇーっっ」


「だから二人共やめろって。話が進まんだろうが。しかし、市販品も無いのかまいったな…」


「私の実家に頼みましょうか?超特急料金を加算されて高額になると思うけど、マーギンはお金持ちだから大丈夫じゃない?」


「シスコ、いいのか?」


「たまには実家に顔を出しておかないとダメだからいいわよ」


「なら頼む」


「じゃ、明日朝イチで私達の家に来て頂戴」


「分かった」


「マーギン、アイリスの服をマーギンが買うの?」


リッカが不満そうに聞いてくる。


「こいつ、親もいないし、金持ってないどころか借金あるんだからしょうがないだろ?」


そんなのマーギンに関係ないじゃないとぶつくさ言うリッカ。


「シスコの実家の商会はなんというところなのだ?」


ローズがシスコに質問する。


「フォートナム商会ですよ」


「フォートナムか、貴族街にも店があるな。シスコはかなり大きな商会の娘さんなのだな」


「庶民のくせに偉そうな店で私はいやなんですけどね」


げっ、貴族街にも店があるような商会ってめっちゃ高いんじゃなかろうか?


「アイリス、やっぱりお前の服は…」


「シスコさん、そんな、有名店の娘さんなんですねぇ。凄いです」


どんな店ですか?とかキャッキャとはしゃぐアイリスを見て、やっぱり持ってる服で行けとは言えなくなったマーギンなのであった。



リッカの食堂を出て、ローズを貴族門まで送る。


「じゃ、剣技会頑張ってな。応援には行けないけど」


「うむ、今晩から精神鍛錬をして良い成績を残せるように頑張るぞ」


ローズはふんぬっと両手の拳を握りしめ、そう答えたのであった。



ー騎士宿舎ー


「遅かったな」


「それほどでもないじゃないですか」


ローズが帰って来るなり部屋に来たオルターネン。


「で、今日はやつと何を話してきたんだ?」


「ふふふっ、それは秘密ですよ。もしかしたら剣技会でちい兄様と対戦するかもしれませんからね」


「馬鹿野郎。俺はシードだぞ。最低でも一回勝たねば対戦出来ないだろうが」


「私は優勝を目指していますからね。ちい兄様が誰かに負けたら対戦することはないでしょう」


「はっ、優勝か。もしお前が優勝したら俺より先に隊長になるかもな」


「ええ、今から、ちい兄様を部下にするのが楽しみです」


なんだとこの野郎とオルターネンはローズとじゃれ合うのであった。



ー翌日ー


マーギンはシスコに実家のフォートナムに連れて行ってもらうために星の導き達の家に来ていた。


「アイリスっ、これを着りゃシスコの所で服を買う必要はねぇぜ。どうだ?」


しわくちゃになったドレスのような物を持ってきたバネッサ。


うん、シスコの言う通りゴミだな…


「バネッサ、気持ちはありがたいけど、穴のあいた服を着せてやるのは…」


「穴?穴なんてあいてねぇ… あーーーっ」


どうせ床にでも放置しっぱなしだったのだろう。無惨にも尻の所が虫に食われたかして穴があいてた。


「あら、お尻を見せたいバネッサにピッタリの服ね」


「誰がケツを見せたいなんて言ったっ」


おそらく、”バネッサ尻をスライムに舐められた事件”は永遠にイジられる運命になるだろう。


「そのゴミは早く捨てなさい」


「まだ何かに使えるかもしれねーじゃんかよ」


なるほど、バネッサの部屋と物置はこういうものでいっぱいなんだなと思うマーギンなのであった。

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