ロックの将来 

二人からさんざんボコられたマーギンはロッカの魔法書の追加代金を無しにすることで許してもらった。


「お前、マーギンに200万も借金してたのか」


「初めはそれを貰う事にしてたんだ。その後から違う魔法書を貰ったから、初めの分の金を払うことになったんだよ」


「随分と高ぇ魔法書なんだな」


「まぁ、マーギンの魔法書はそれ以上の価値がある。それに私達が貰ったのは金では買えんやつだしな」


ロッカはマーギンに話してもいいか?と許可を取ってどんな魔法なのか親父さんに話した。


「あの丸太を真っ二つにしたのはその魔法のお陰か?」


「そうだ。本来は自分でも使えている魔法らしいんだが、自分の意思で意図的に使えるようにしてくれたんだ。ただ、自分の能力がいきなり上がったことに慣れないからバランスが狂う。先日からその訓練を始めたところなんだ」


「で、お前の剣はこんなになってるんだな?」


「そうだ。今回は父さんに研ぎ直してもらいたくて来たんだ」


「ったく、なら今からやってやる。明日からも特訓するんだろ?」


「いいのか?」


「お前より研ぐのは上手いからな」


ボコボコにされたマーギンは皆の目が逸れている間に自分で治癒していく。骨とか折れてなかったのが幸いだ。


「おっちゃん、うちも作って欲しい物があんだけどよ」


「バネッサが使ってる短剣もダメになったのか?」


「剣は問題ないって。作って欲しいのはこれなんだ」


バネッサはクナイを親父さんに見せる。


「何だこれは?暗器か?」


「これはマーギンから貰ったクナイっていう投げる武器でさ、投げて回収出来なくなったら減るだろ?予備が欲しいんだよ」


「これもマーギンが持ってたやつなのか?」


「そう。昔作ってもらったんだよ。攻撃以外にも使えてね、穴ほったり、こいつをこう持って木に登ったりするのに使えるんだ。バネッサ、これは親父さんに作ってもらう程のもんじゃないから、予備は俺が作ってやるよ」


「そうなのか?お前んち鍛冶場ないだろ?」


「鍛冶場なんかいらないよ。親父さん、鉄分けてもらっていい?」


「鉄塊と砂鉄どっちだ?」


「じゃあ、砂鉄を貰おうかな」


「今からまた炉に火をいれるのか?」


「いや、そんなの不要だよ。今日でなくてもいいけど、ついでだから作っておこうか」


と、マーギンは工房に行き、粘土でクナイの型を取り、土魔法で固めた。


「で、砂鉄を溶かしてここに流す」


マーギンは鍋を出して砂鉄をいれ、砂鉄を魔法で熱して溶かした。


「な、な、な、何やったんだっ」


「これは火魔法の応用なんだよ。鉄に直接魔法で熱を入れる。かなり魔力を使うから火魔法を使える人でもこれが出来る人は稀だね。バネッサ、こうして作れるからなくなったら言え。俺が作るとそんなに手間は掛からんからな」


「マーギン、その手法で剣も作れるのか?」


と、今の様子を見ていたロックが聞いてくる。


「出来るぞ。これは鋳造っていってな、剣も型さえ作れば何本でも同じ剣が作れるし、鍛冶師の技術もいらない。魔法じゃなくても高熱を出せる魔導炉があればバンバン量産出来るんだよ」


「そ、それをやればうちの工房はウハウハになるじゃねーかよ」


「ロックがそういうのを作りたいなら、魔導炉を作ってやってもいいぞ。魔石を死ぬほど使うことになるけどな」


「ほんとかっ」


「鋳造の剣は職人でなくても作れるから誰でも作れる。それにある程度の品質で安定するしな。ま、俺は鋳造の剣には興味はないけど」


「興味がない?」


「そう。一流の鍛冶師が打った剣は作品だ。それに対して鋳造の剣は工業品。いつでも手に入る道具だ。俺は剣を武器として使ってないから道具の剣は不要なんだよ。でも、駆け出しの金のない奴らが道具として使う分には安くていいものだから、需要は多いと思うぞ。売上と利益を考えたら鋳造剣の方が数が作れるから儲かる。ロックがそれをやりたいならやればいいと思うよ」


「誰でも作れる道具としての剣…」


「そう。お前は職人になりたいのか作業員になりたいかって事だ。どっちがいいとかじゃなしに、お前の人生をどう生きて行くのかって話だな」


「お、俺は…」


「今決めろってことじゃない。そういう事も出来るぞと教えただけだ。今のお前が打った剣は工業品と変わらん。手間暇かけて工業品を作るよりいいかもな」


「なにっ」


「俺が昔いた国は魔導炉で安価に大量生産が出来る剣が主流になってたんだよ。でも俺がよく遊びに行ってた鍛冶屋は昔ながらの木炭で剣を打つのにこだわっていた。そのオヤジは死ぬほど頑固で気に入らない奴には売らないし、腕のない奴にも売らない。が、一流と呼ばれる剣士は皆そこで剣を作ってもらってた」


「うちの父さんと似たような人なんだな」


ロッカが今の話を聞いてそう言う。


「そうだね。親父さんと似ているかもしれないけど、ちょっと違うかな」 


とマーギンは笑う。


「こだわりのある鍛冶師ってさ、その人にあった物を作る人と、俺の打った剣はこれだっと使い手を選ぶような物を作る人に別れるんだよ。で、そのクソオヤジは後者だね。親父さんは前者だろ?」


「そうだな。使い手がどんな奴かを見極めて作っていると思う。私にくれた剣もそうだったみたいだしな」


ロッカは父親がどういう剣を作るか理解をしていたがロックは理解していなかったようだ。


「ロックはまだ19歳とかそんなもんだろ?」


「あぁ」


「鍛冶屋をやるにしても、作業員になるにしても自分の目指す方向を考えておいた方がいいかもな。やらされているより、自分でやりたいと思った事をやるほうが幸せだ」


マーギンが言う言葉を親父さんは黙って聞いていた。その後、もう寝る時間だというのに親父さんとロッカは剣の手入れをすると言って工房に残った。


「今日は皆さん泊まって行ってくださいな」


お母さんが皆に泊まって行けという。


「俺は明日朝イチに約束があるから帰るよ。アイリスはお言葉に甘えて泊めてもらえ」


マーギンが帰ろうとすると、


「マーギン、お前も泊まっていってくれ」


とロックがマーギンを引き止めた。


「ん?俺は明日約束が…」


「頼む」


「わかったよ」


ロックが真剣な目で引き止めたのでマーギンはそれを受け止めた。



ーロックの部屋ー


「なんか話がしたかったのか?」


「お前はどうしてあんなに色々な事を知ってるんだ?それに貴重な素材もゴロゴロ持ってる」


「まぁ、色々と知っているのは出会った人に恵まれていたからだな。魔物や魔法のこと、剣の事とかは教えてもらったことだ」


「ひ、人の気持ちとかはどうなんだよ?」


「俺は魔力値も高いし、魔法適正も全部ある。身体能力も高い。でもな、これは俺が努力した結果じゃないんだ。たまたま与えられたものなんだ」


「神様がくれたってことか?ズルいじゃねーかよ…」


「そうだな、ズルいと俺も思う。でも出来ない事もある。あの時にああしとけばと思っても遅かった。今更どうしようもなくて、ちゃんと努力しなかったことを後悔してるよ」


「何が出来なかったんだ?」


「助けたい人を助けられなかった。色々な事が出来るのに、助けたい人を助けられなかったんだよ俺は。色々と出来るのに、本当にやりたいことは出来なかったんだよ」


……

………


「死んだのか?」


「あぁ、死ぬには早い歳だったよ」


「残念だったんだな…」


「そうだな。早すぎだぜまったく…」


しばし沈黙の後


「俺はさ、やりたいことに努力してる人が好きなんだよ。というか尊敬しているんだ。親父さんもそうだし、星の導き達はみなそうだ」


「出会ってすぐにそんなのわかんのかよ?」


「親父さんのは作った物を見りゃ分かる。明らかに職人魂が入っている。ロッカ達は昨日実戦もしたしな。あいつら相当頑張ってきたのがすぐにわかったよ。才能だけでああはなれない」


「姉貴とかバネッサはわかるけどよ、シスコはお嬢様だろ?」


「お前、あいつの手を見たことあるか?」


「そんなマジマジとはねぇよ」


「あいつの手は死ぬほど矢を射ってきた手をしている。お嬢様のあいつがあんな手になるぐらい頑張った証拠だな。ロッカには女装とか言ってしまったけど、あれは鍛えあげた美しい身体だ。女のあいつがあそこまでになるまでどれだけ頑張ってきたんだろうな? バネッサは小さな頃から生きる努力をしてきたんじゃないかな。あの動きは持って生まれた才能ってやつもあるだろうけど」


「努力か…」


「そう。俺は努力して来なかったから、色々な事が出来ても凄くはない。たまたまの結果だ。確かにロッカ達よりは強いとは思うけど胸を張れるようなものでもないし、誰かに尊敬されるようなものでもない。便利な道具みたいなもんだ」


「便利な道具?」


「そう、俺がこの工房で働いたら炭もフイゴもいらない。材料費は素材だけだし、なんならその素材も自分で取ってこれる。魔法で素材を溶かして型に流して魔法で研ぐから槌も砥石もいらない。かっこいいデザインの剣をポンポン作って安値で売ればウハウハだ。な、便利だろ」


「た、確かに」


「でもな、これってほとんど魔道具で出来ることなんだよ。しかし親父さんの打つ剣はそうじゃない。親父さんがいないとあの剣は生まれない。どっちの方が価値があると思う?」


ロックは黙った。


「安価で品質の良い剣の需要はある。というか大半の人はそれを望むだろうな。でもそればかりになると、質の高い本物の剣はそのうちこの世から消える。そう考えたら寂しいだろ?」


「まぁな…」


「ロックは自分はどうなりたいのかちゃんと考えたほうがいいぞ。あとからやっぱりああしとけば良かったと思っても間に合わん事もあるからな」


「俺は親父みたいな職人になりたいとは思ってんだよ。でも親父はなんにも教えてくれねぇし、なんにも言ってくれねぇ。才能もないかもしれねぇんだ」


才能か…


「ロック、俺の国にはな、〈努力したからといって夢が叶うとは限らない〉っていう言葉があるんだ」


「ずいぶんと現実的で嫌な言葉だな」


「だろ? でもこれには続きがあってな、続きはこうだ。〈しかし、夢を叶えるものは努力したものだ〉って続くんだ」


「夢を叶える者は努力したもの…」


「そう、努力しない奴の夢は寝ている時に見る夢だ、妄想と変わらんよ。ロックも頑張ってきただろうけど、なんとなく後継ぎだからっていう理由で本気でやってなかった事はないか?」


「ちゃんとやってたよ。でも何も教えてくんねぇからわかんねぇんだよっ」


「職人の世界って教えるの難しいらしいぞ。手順や理屈は教えられても感覚までは教えられんからな。それは自分で見て掴んでいくしかないんだと思うよ。俺が昔出入りしていた鍛冶屋で炉の温度を任せてもらったのは熱を体感して覚えたんだよ。あぁ、この熱さで炉に入れるんだなとか、鉄がこの色になったら出すんだなとかな。で、打つ回数も毎回違うし、炉に入れている時間も違うから今だっと思っても違うって何回も蹴られてたり殴られたりしたんだ」


「鍛冶屋になるつもりだったのか?」


「いや、単に興味があっただけ。綺麗とは言えない鉄の塊があんな美しい剣に変わっていく様子って凄いと思わないか?俺は職人の手によってどんどん物が出来ていくのを見てるの好きなんだよ。おー、人ってこんな事が出来るようになるんだって毎回関心するんだよね」


「お前、子供みたいなんだな。姉貴と同じぐらいの歳だろ?」


「ロッカって21か22歳だろ?」


「今年22になったと思うぞ」


「俺はこの国でいうと31歳だぞ」


「えっ? 嘘つけっ」


「こんな事で嘘付いてなんになるんだよ?」


「おっさんじゃん」


「おっさん言うな」


「30歳超えたらおっさんだろうが。なんだよ、どうりで色々知ってるはずだ。俺とそんなに歳が変わらんと思ってたからあせっちまったぜ」


マーギンの歳を聞いて、何だか腑に落ちたロックはお休みと言ってさっさと寝たのであった。


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