門番ピンチ

「ローズ、このまま抱き合っているのも嬉しいんだけど、星の導き達がへばってるから見てくるよ」


「あわあわあわっ すっ、すまない。つい」


「いや、いつでも遠慮なく抱き着いてくれたまえ」


「正気に戻ると恥ずかしいのでダメだ」


真っ赤になってうつむくローズ。


ちょっと残念に思うマーギンはへたり込んでいるロッカとシスコの元へ。


「ロッカ、大丈夫か?」


「つ、疲れて立てん」


「魔力切れだな。ちょっと落ち着いたら軽く飯でも食おう」


「シスコ、大丈夫か?」


「もう動けないわよ…」


「シスコが魔力切れでへばってんのは分かるんだけどさ、魔法使ってないバネッサまで何でへばってんだよ?」


「マーギンっ、シスコのやろうプロテクションが上手くいかなくて癇癪をおこして矢を放ってきやがったんだ。逃げるのに必死だったんだよっ」


どうやらバネッサがペシペシ、ペシペシゴムクナイを当て続け、キレたシスコが弓でバネッサを射ったようだ。よく見るとあちこちに矢が落ちている。よく当たらなかったな。


「マーギン、おんぶしてくれよ」


「汗臭いからやだ」


「なっ」


バネッサは自分をクンクンする。


「ほら、動けんじゃねーかよ。飯作ってやるからこっちにこい」



ようやく皆が集まって来たのでかなり遅めの昼食にする。スープとハンバーグサンドイッチ。寒いからホットサンドにしてやろう。


すでに食パンでハンバーグを挟んであるやつをホットサンドメーカーにセットし焚き火の上に。


「順番に焼いていくから、喧嘩せずに食べろよ」


焼けたやつを手を出している人に渡していく。


自分はなんか作ってるだけで満足してきたな。俺はスープだけでいいか。多分、もう訓練せずに終わるだろうし、リッカの食堂に寄って帰ることになりそうだしな。


案の定、飯を食った後はみな疲れてやる気がなくなり、訓練は終了となった。


帰り支度をしていると、ローズがもじもじしている。


「トイレ?」


「違うっ あの、そのなんだ。図々しいお願いがあるのだが…」


「なに?」


「ロッカに使えるようにした身体強化魔法というのは私も使えるようになるのだろうか…」


「ローズは多分もう自力で使えていると思うよ」


「本当かっ?」


「意識して使えているかどうかだけだと思う。俺が魔法陣を使って強制的に使えるようにしてもいいんだけど、自力で使えるならその方がいいんだよ。剣技会まで日があるなら魔法陣を描いてもよかったんだけど、いきなり身体強化魔法がマックスで使えるようになるとバランスを崩してかえって調子が狂うんだよ」


「そういうものなのか?」


「そう」


「それは残念だ…」


自分も身体強化魔法を使えるかもと思ったローズは肩を落とす。


「じゃあ、ちょっとだけ手解きしようか」


美人の寂しげな顔に弱いマーギン。


「頼むっ」


あまりにもがっかりした顔をするローズに仕方がないとマーギンは手解きをすることに。


「そこで思いっきりジャンプしてみて」


「こうか?」


ビョンっ


ローズに垂直跳びをさせてみるとだいたい60cmぐらい飛べた。手の動作なしにしてはそこそこのジャンプ力あるな。


「じゃ、足に強化魔法を流すからもう一度飛んでみて」


ビョーーん


「うおっ」


「な、いきなり自分の身体能力が上がるとバランスを崩すだろ?今ので10%ぐらいの強化なんだよ」


「なるほど…」


「でも自分で強化したらそこまでの違和感はない」


マーギンはローズの後ろ側に回って抱き締めるような感じでローズの両手を持つ。


「なっ、皆が皆が見ているではないかっ」


「別に後ろから抱き締めているわけじゃない。今からゆっくりと直接強化魔法を流すからその感覚を感じとって」


マーギンはゆっくりと左手から右手に流れるように強化魔法をローズに掛けていく。


「なんか分かる?」


「何か身体が軽くなっていくような…」


「そう、その感じ。それを自分の足に流れるように意識してみて」


「むむむむっ」


「力はいらない。イメージだけ。自分の手の中から流れて来たものが身体に溜まってそれが足まで落ちていくような感じで…」


そこまで言うとローズは目を閉じて集中し始めた。


「足まで来たら今度は上に戻って来るように、そしてそれが全身を巡るように」


それを何度も繰り返していく。


「じゃ、ローズ、今の感覚を足に流してジャンプしてみて」


「分かった」


フンッ びょいーーーん


今ジャンプした高さは1mぐらいか、かなり強化されたな。


「なっ、今のは私の力か?」


「そう、自力で使ったんだ。訓練の時に集中力が研ぎ澄まされていつもより速く反応出来たり、相手の動きが遅く感じることなかったか?」


「あ、ある」


「その時も自然と使っていたと思う。でも普通は常時そうなれるわけじゃない。今の力が魔力によるものだと理解して使っていけば意識的に強化出来るってこと」


「おぉ」


「但し」


「但し?」


「身体強化は体力の前借りだと思ってくれ。通常なら10分間全力で動ける能力があるとすると、今ぐらい強化したら3〜4分で体力切れになる。魔力コントロールが上手く出来ないと下手すりゃ1分ぐらいしか持たない。それにローズの魔力値は普通だから魔力も切れたら立てなくなる。実戦ならそこで死亡することになるよ」


「なるほど、リスクが高いということか」


「そう、強く攻撃したいとかの気持ちが強いとそれに引っ張られて一気に強化してしまったりするから危ないんだよ。だから今回は教えないでおこうと思ってたんだけどね」


「そうだったのか…」


「でも剣技会でどうしても勝たないとダメなんだろ?」


「そうだな…」


「もう日はないから、剣技会まで精神修行、つまり身体の中で強化魔法が流れる訓練をすること。それと、試合では本当にいざという時しか使わないように自制すること。思わぬ強化をしたら寸止め出来なくて相手を殺しかねんよ」


「わ、分かった」


こうして本日の訓練は終わり、閉門までに王都に戻る。




「疲れて歩くのだりーし、寒いしよー、マーギンおぶれよ。アイリスはよくおぶってんじゃねーかよ」


わがままをいうバネッサ。


「ならおぶってやるけど暴れんなよ」


「えっ、いいのか?」


マーギンがしゃがむとひょいとバネッサが乗ってきた。マーギンは歩かずにひょいひょいとその場で上下する。


「なにやってんだお前?」


「背中で楽しんでる」


「何をだ?」


「バネッサ、マーギンはあなたの胸の感触を背中で味わっているのよ…」


ゴミを見るような目でマーギンを見てそういうシスコ。


「なっ、なっ テメーっなにやってんだっ このスケベ野郎っ」


「だから暴れんなって言っただろ」


バネッサは離せっと言いながら飛び降りた。お互いコートを着てるんだから胸の感触なんて分かるわけないだろうが…


「ま、マーギン。お前は仲間にいつもこのようなセクハラをしているのか?」


今の様子を見て呆れるローズ。


「バネッサはお色気担当だからいいんだよ」


「誰がお色気担当だっ」


「違うわよ、バネッサはアバズレ担当よ」


「そーそー、うちはアバズレ… って、シスコてめぇっ」


シスコはゴムクナイをペシペシと当て続けられた恨みがまだ残っているようだった。



そして門でお金を払うマーギン。


「門番よ、少し尋ねたいことがある」


ローズが金を受け取った門番に話し掛ける。


「なんだ?」


「私はこういうものだが」


ローズは貴族証を見せた。


「こっ、これは大変失礼致しました。どのようなご質問でございましょうかっ」


「このマーギンという者は異国人ではあるが、我がバウム家の客人なのだ。それでも毎回入国料を払わねばならぬのか?」


「えっ?」


「いや、決まりであれば仕方がないが、どうだろうか?」


「いえ、本日分よりお返し致します」


敬礼して返金を申し出る門番。


「ローズ、別に特別扱いされなくてもいいんだってば」


「それは理解をしているが、5日にちい兄様が来るだろう?その時にちい兄様がこの事を知ると門番が可哀想な目に合うぞ」


「え?何それ」


「ちい兄様は騎士隊の小隊長だから衛兵大隊長より偉いのだ。自家の客人から毎回入国料を取っていると知れば多分門番の首が飛ぶ事になる。衛兵隊長や大隊長も知らぬ存ぜぬで門番のせいにするだろうからな」


「は?そんなのダメじゃん」


今の話を聞いてカタカタと震える門番。


「ダメもクソもない。そういうものなのだ」


「門番さん、それ本当?」


がくがく震えてコクコクと首を縦に振る。


「えーっ、ちい兄様ってそんなに横暴なのかよ?」


「いや、自分より身分が下の者がバアム家に恥をかかせた事になるのだ。その場で斬り捨てても罪に問われんぞ」


さーーーーっと青ざめていく門番。


「も、申し訳ございませんっ。知らぬ事とはいえ、大変ご無礼な事を致しましたっ」


「待って待って待って、謝らなくていいよ。門番さんはきちんと自分の職務を全うしてたんだから」


「流石にそこまでせんとは思うが、顔パスにはして貰っておいた方が無難だと私は思う」


「……… 門番さん、それでもいいかな?」


「はいっ 問題ありませんっ。他の者にも必ず申し伝えておきますっ」


ということで、今後マーギンは入国料を支払う必要がなくなったのである。



皆でリッカの食堂に飲みに行く。


「明けましておめでとう」


「はいおめでとうさん」


「女将さん、もう酒は入荷した?」


「今日入って来たよ。随分と大勢で来たね。ほら、あんたら席を開けな」


この人数で座るにはテーブル2つをくっつけないといけない。女将さんは先に座って飲んでいた常連客をそっちのテーブルに座れと押し出した。


リッカも他の客の対応を終わらせこっちに来る。


「マーギンはいつものでいいのね。ロッカさん達は?」


「酒と軽くつまめるものを頼む。アイリスにジュースと… ローズさんは酒を飲むのか?」


「そうだな、では軽めの物を頂こう」


2つくっつけたテーブル。片側は星の導き達、もう片方はマーギン達が座り、マーギンの隣には美人ご貴族様が座った。


キィーーーーっ 


ヒッヒッフー ヒッヒッフー


リッカは頭に血が登ったのを必死に抑え込み厨房に行く。


「マーギンが来た。ご貴族様と一所に」


「なんだと?うちの店で飲み食いするのか?」


「軽めのお酒くれだって」


大将はエライコッチャ、エライコッチャと何を出そうかと慌てるのであった。

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