それぞれに必要なもの
「アイリス、お前も特訓しろ」
「バネッサさんが温かいんです」
「早くしろっ」
マーギンはアイリスの首根っこを掴んでズルルっと引きずり出して訓練を開始させた。
「バネッサ、おいバネッサ。そろそろ起きろ」
「んー んーっ」
マーギンはバネッサのほっぺをペシペシする。でも中々目覚めない。
「パンツ脱げてんぞ」
耳元でそう囁くとガバっと起きて慌ててパンツを履く仕草をするバネッサ。
「あれっ?あれっ?」
「起きたならシスコの訓練に付き合え」
「うちは何を… あーーーっ、マーギンてめぇっ、あれは何をしやがったんだっ」
「お前が勝手にプロテクションにぶつかっただけだ。俺は攻撃してないぞ」
本当かよ…とブツブツ文句をたれながらシスコの所に向った。
後はしばらく自主訓練をさせておこう。
「マーギン」
ローズが真剣な顔で話し掛けてくる。
「何? 見てるだけで寒くなってきた?なんか温かいものでも作ろうか?」
「いや、それよりあの剣士には何をしたのだ?」
「あれは前に言っていた身体強化魔法をあげたんだよ。俺の予想ではそのうち王都近くにも強い魔物が出始める。今のままじゃ太刀打ち出来ないかもしれないからね」
「マーギンが初めにやっていたのが防御魔法なのだな?」
「そう、プロテクションといって、魔法の盾みたいな物だと思って」
「あれは私にも使えるようになるのか?」
「いや、あの魔法を使える適正がある者はほとんど存在しない激レア中の激レア魔法なんだ。それに魔力消費も激しいから適正のあるシスコも何回も使えないだろうね。いざという時の為のものだよ」
「そうか。それと星の導き達は相当強いのだな」
「俺も驚いた。特にバネッサは凄い。ローズも初見であの攻撃をされたら対処が難しいだろ?」
「間違いなく殺られるだろう。ハンターというものを見くびっていた自分が恥ずかしい」
「騎士は正当な剣を使うからね。あんな変則的な攻撃をするやつはいないだろ?」
「あぁ。だからこそあのような賊が襲撃してきたらと思うと考えさせられる。マーギンはよく対処できたな」
「俺はあの手の攻撃をしてくるやつを知ってるんだよ。だからもっと向いている武器をあいつにもやろうと思ってる」
「違う武器?」
「もうそろそろバネッサがズルいじゃねーかよってこっちに来ると思うから楽しみにしてて」
バネッサを見ていると、シスコにギャアギャア騒ぎ、プンスカと怒ってロッカの所にいき、何やら話した後にギャアギャア騒いでこっちに来た。
「ズルいじゃねーかよっ」
「なっ?」
「マーギンの読みは流石だな」
「なっ、なんだよっ」
「お前にもちゃんと考えてある。ほら、そんなに拗ねんな」
「本当かっ」
「お前にはこれをやる。着けてやるからこっちに来い」
バネッサを呼び寄せ、腰に武器を仕込む為のベルトを巻いてやる。
「お前、かなりくびれた腰してんな」
「ばっ、ばっ、バカかっお前はっ。どこ見てんだよスケベっ」
なぜベルトを巻いてやっただけでスケベ扱いされにゃならんのだ?
バネッサの細いウエストに合わせてベルトを切り、調節してから締めようとすると真っ赤な顔をして自分で巻くと奪い取った。
「これなんか嵌めるようになってるけど、何を入れんだ?」
「これだ」
マーギンが出したものはクナイだ。
「これはクナイと言うものでな、お前に渡すのは飛びクナイとも呼ばれるものだ。これをそのベルトに仕舞っておくんだよ」
「これは投げナイフみたいなもんか?」
「そうだ。さっきの接近戦は見事だったが、突っ込み過ぎると反撃された時に対処が難しい。大抵の敵なら問題ないかもしれんが、お前のような攻撃に慣れた相手や耐久力のある相手なら殺られる可能性が高い。お前の戦法はヒットアンドアウェイがいいんじゃないかと思う」
「ヒットアンドアウェイ?」
「そう。パパパッと攻撃を当ててすぐに下る。そういう攻撃だ」
「なんだよそれ?与えるダメージ少ねぇし、みみっちいじゃねーかよ」
「そうか?やられた方は物凄く嫌な攻撃だぞ」
「でもよー」
バネッサはチマチマ当てて逃げるというのが性に合わないようだ。
「なら俺が試しにお前にやってやるよ。お前も好きに戦え。使うクナイはゴム製だから当たっても痛いだけでケガしないから」
「さっきの防御魔法は無しなんだな?」
「使うまでもない」
またカチンときたバネッサは勝負を受けた。
「じゃ、行くぜっ」
さっきと同じようバネッサが飛び込んで来る。マーギンはペシッと牽制のように一つゴムクナイを投げて移動。
「けっ、痛くないとわかってりゃ…」
短剣でペシッとそれを弾いたバネッサはマーギンを見失う。
ペシッペシッ
「痛っ」
攻撃のあった方へ顔を向けるとまた後ろからペシッペシッ。
「くそっ、イラつくぜっ」
で、振り向いた瞬間にマーギンが剣で斬る仕草をした。
「うわっ」
どすんとその場で尻もちをつくバネッサ。本当に斬られると思って足がカタカタと震える。
「な、やられた方はたまらんだろ?最後の斬る役目はロッカの担当だ。お前は相手を撹乱する役目が向いている」
「お、お前、うちを斬ろうと…」
「なに言ってんだよ?俺は剣なんか持ってねぇぞ。斬るふりをしただけだ」
「だ、だって本当に斬られるかと思ったんだぜ…」
「それはお前にそう見えただけだ。俺の出した殺気に怯えたんだよ」
「お前、そんな事まで出来んのかよ…」
「昔、俺に剣を教えてくれてた奴がいてな、そいつにこれも教えてもらったんだ。俺も訓練中に何度も殺されたかと思ったもんだ。そいつに言わせたら何度剣の訓練しても上達しない俺には剣の才能はないから魔法だけ使えって言われたけどな」
マーギンに剣を教えたのはバトルアックス使いのガインだ。ガインはマーベリックの剣の師匠でもあった。途中でマーベリックの方が強くなって、違う武器をということになってバトルアックスを使うようになったのだ。本人曰く、こっちの方が向いてたなとブンブン振り回していたが。、
「しかし、腑に落ちねぇんだよな。止めはロッカが刺すってのも…」
「アホかお前。さっき、2本目のクナイでお前は死んでたんだぞ?ゴムだったから痛いで済んだだけだと理解しろ。実戦ならお前の首や身体に4本のクナイが刺さってそこで死体になってる」
そう言うとバネッサは黙った。
「本当にこの戦法がうちに合ってるんだな?」
「シスコで試して来いよ。あいつはこれからプロテクションの練習するからちょうどいい。ゴム製のクナイはたくさんあるから持ってけ」
「よっしゃぁぁ、いつも上から物を言うシスコをコテンパンにしてやんぜっ」
なんとなくバネッサの言うことは理解出来るが、多分お前が悪いんだと思うぞ。
「ローズ、見てるだけじゃ暇だろ?」
「ま、まぁそうだな」
「今度出る剣技会ってのはどんなのだ?」
「1対1の勝ち抜き戦だ。これは小隊長や隊長候補を選ぶ為の大会でもあるのだ。私の場合は先に昇進が決まったから、やっかみを買わないように実力を示さねばならん。不様な試合をしたらすぐに降格もあり得る」
「なら勝たないとダメだね。隊長候補とか言うぐらいだから強い人が出てくるんだろ?」
「昇進を諦めたものはともかく、騎士は皆大会に出たいと思っている。大会には隊長が推薦したものしか出られないから、本来は出られるだけで名誉なんだがな」
「が、ローズは出るだけじゃダメなんだな。模擬刀でやるのか?」
「いや、寸止めではあるが鎧を着て真剣を使う」
「そうなると俺がローズにしてやれそうなのは慣れだけか…」
「慣れ?」
「そう、さっきバネッサが怯んだ殺気というか威圧に慣れておいた方がいいかもね」
「それは意図して出せるものなのか?」
「本来は命の掛かった真剣勝負で鍛錬を積んだ者から自然と出るものなんだけどね、それを意識して訓練すると出せるようになる。大会に出てくるような人は自然と出せるかもしれないね」
「マーギンは意図して出せるのだな?では一度やってみてくれないだろうか」
「じゃ、対峙してやってみようか。剣を持っているつもりで構えて」
「うむ」
ローズは剣を持ったつもりで構える。凛とした美しい構えだ。鎧姿ではなく、お嬢様服でこう構えられると写真を撮ってパネルにして飾っておきたくなる。
「どうした?」
「あ、ごめん。見惚れていた」
「なっ、お前はまた…」
ローズが照れた所にマーギンは威圧を放った。
「うっ…」
ローズにはマーギンがとても大きく見え、剣を持っていないはずなのに、剣を振り下ろされそうに感じた。
「フンッ」
マーギンがすっと剣を振り下ろす仕草をした瞬間、ローズの足はガタガタと震えて動けなかった。
死ぬ
そう感じたローズは尻もちを付いた。
「どう?これが威圧。本当に殺されるかと思っただろ?」
「あ、あぁ…」
ローズは尻もちを付いたまま、まだ足が震えて立てない。
「初めてまともに威圧を放たれたら、だいたいこうなるんだよ」
マーギンはローズに手を差し出してクイッと引っ張って立たせた。
「ま、マーギンはこのような事をいつから…」
「俺に剣を教えた人だよ。その人の本来の業務は軍の総大将でね、屈強な軍人を統率出来るぐらいだから迫力が凄くてさ、初めて威圧を放たれた時は俺もチビるかと思ったもんだよ」
ローズは自分がお漏らしをしていないか心配になる。
「でもこれは何回もやられると慣れてくる。やられてなるもんかとこっちからも威圧を放って相殺するみたいな感じかな。鍛錬を積んで来たローズなら出来ると思うよ」
「本当か?」
「うん。じゃ、もう一回やろうか」
「頼む」
マーギンは何度もローズに威圧を放つ。そして何度もくじけるローズは悔しがる。
「くそっ」
騎士の中に鍛錬を積んだ強い人は威圧を放つ人が居てもおかしくないんだけどな。もしかしたらローズが女性だということで手を抜かれているか、そのクラスの人と対峙した事がないかだな。これだけ剣の鍛錬を積んで来たにも係わらず威圧に対して免疫がなさ過ぎる。心が弱いとも思えないし…
ちょいと闘争心を湧き起こしてやるか。
マーギンは剣を持っているていで、へたり込んでいるローズの首に剣を当てる仕草をする。
「ローズ、お前の剣はやはり自己満足の剣だったのか?」
「なにっ?」
ローズが怒りの表情を見せる。
「そんな程度で守りたいものを守れるのかよ?」
「くっ…」
「やっぱり昇進は辞退してお飾り騎士に志願した方がいいと思うぞ」
「マーギンっ、貴様というやつはっ」
お飾り騎士がお似合いだと言われてローズの怒りの力が湧き上がってくる。
立ち上がったローズは構える。そしてマーギンは威圧を強めていく。
ガタガタガタガタ
やはりローズの足の震えが止まらない。が、へたり込まずに耐えている。
「うぬの力はその程度か?」
「うぉぉぉぉぉっ」
ローズは雄叫びを放ちマーギンの威圧に耐えようと自らに気合を込めた。
「お飾り騎士にしては上等だ」
「きっさまぁぁぁっ、まだ言うかぁぁっ」
その時、ローズの震えが止まり、マーギンに斬りつけた。
ポフっ
マーギンは斬り掛かってきたローズを受け止め抱き締めた。そして背中をぽんぽんと叩き、
「よく頑張りました。合格です」
「えっ?」
正気に戻ったローズを引き離したマーギン。
「だいぶ、威圧に耐えられるようになったね。後は感情を爆発させてはねのけるのではなく、自分の意思ではねのけられるように頑張って。感情ではねのけても冷静さを失って負けるハメになるから」
「お、お飾り騎士がお似合いだと…」
「ローズに本気でそんな事を言うはずないだろ。意思の強さで威圧に耐えられるようになったら、次は自分から威圧を放てるように心の訓練もするように」
「マーギン…」
「剣技会頑張ってね。応援しに行けないのが残念だ」
「ありがとう」
ローズはすっとマーギンに抱き着いてお礼を言う。こういうのは照れてしまうマーギン。
「ア、アイリスはちゃんと訓練してやがるかなっと」
そう言ってアイリスを見ると、マーギンのコートを膝に掛け、座って着火魔法をほいっ、ほいっと飛ばしていた。それも結構遠くまで…
こいつまさか天才なんじゃなかろうな…
ローズに抱き着かれた照れ臭さより、アイリスの魔法の方が気になるマーギンなのであった。
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