温熱回路の思わぬ効果

時は少し遡り、12月31日の騎士宿舎。


「ローズ、朝までの警護頑張れよ」


「うぅ、下っ端の役目とはいえ寒すぎて嫌になります」


「皆同じ経験をしてるんだ文句を言うなよ」


ローズは12月31日の夕方に夜警の支度を行っていた。それを兄のオルターネンがからかいに来ていたのだ。


ただでさえ寒い大晦日。鎧を着て夜警をするのはかなり寒い。夜回り担当ならまだ歩いて動ける分だけマシなのだが、ローズの役割は門の警護。つまり立ちっぱなしで動く事が出来ない。下っ端は冬は夜、夏は昼間にこういう役割を与えられるのだ。


コンコンっ


「ん?誰か来たぞ」


「誰でしょうか?」


「フェアリーローズお嬢様、アデルでございます」


「アデルがなぜここに来てるのだ?」


やってきたのはバアム家の服飾を得意とするメイドのアデル。仕事に出る準備をしているローズの代わりに、兄のオルターネンが対応する。


「あ、ちいぼっちゃまもいらしてたんですか」


「その ちいぼっちゃま はやめろと言っただろ、名前で呼べ… というかお前大丈夫か?目の下にクマが出来てるぞ」


「問題ありません。お嬢様にお届け物がございましたので急ぎお持ちいたしました」


「私に届け物?何を持ってきてくれたのだ?」


「はい、こちらでございます。今日の夜警に間に合って良かっです」


「これは?」


「マーギン様からお嬢様にお渡しをするように頼まれておりました」


「なにっ?マーギンからローズに贈り物だと?」


オルターネンはローズより先にメイドのアデルが持っている包を開ける。


「下着…? まさかあいつ、ローズに下着を贈ってきたのかっ」


男が妹に下着を贈ってきたと勘違いしたオルターネンはお怒り気味だ。


「下着ではありません。肌着の上に着るものでございます」


「その生地はもしかして昨日の?」


「はい、あちらのお嬢様様の分は後で良いから先にローズ様の物をとお願いされました。早く着て感想をお聞かせ下さい」


アデルはオルターネンにあっちを向いてろと言わんばかりに睨みつけてから、ローズに出来上がったばかりの温熱ヒーターの入った上下セットをローズに着せた。


「とても軽くて着心地の良い生地だな。マーギンのやつ、アイリスだけでなく私の分までアデルに頼んでくれていたのか。それにもう温かい。これは助かる… ん?何だこれは?」


「お嬢様、この服には魔道具が組み込まれております。そちらに弱中強のボタンがございますので、お試しに強のボタンを押してみて下さい」


「これか?」


ローズは上下とも強のボタンを押した。


「特に変わったことは… あ、温かいっ。なんだこれは?ものすごく温かくなってきたぞ」


「温熱服というものらしいです。マーギン様が作られた温熱回路というものを中に仕込んであります。以前お嬢様が鎧を着て夜警に出るのが寒いと聞いて作って下さったようですよ」


「これは素晴らしいっ。強のボタンだと暑いくらいだ」


「通常使用は弱をお勧めされておられました。強は寒くて耐えられない時だけ使うようにと。注意点は強で長時間使うと低温火傷という症状が出るのでご注意なさって下さいとのことです」


「分かった。取り敢えず弱にしておく。うははははっ、これは良いっ」


「ローズ、そんなに温かいのか?」


「ちい兄様、まるで湯につかっているようです。これなら夜警の寒さも気になりません」


「ほう、アデル、俺の分も作れるか?」


「いえ、温熱回路はお嬢様の分しかお預かりしておりません。生地はまだあるのですが…」


「ならばその温熱回路というものをマーギンに頼めば良いのだな?」


「ちい兄様、余りの生地はアデルへの報酬としてマーギンが渡したものです。それを奪うとは何事ですか」


自分の服を作ろうと楽しみにしていたアデルはローズが注意してくれたことにホッとする。あのような生地はもう二度と手に入らない物かもしれない。しかも魔カイコの糸を織り込んであるなら一生使えるものになる。


「生地は何でもよい。アデル、あちらのお嬢様と言ったな?それはマーギンの所にいる誰かか?」


「はい、お弟子さんのような方のようです」


「なら、そいつの分も作って持っていくのだな?」


「はい。その予定にしております」


「いつ行く?」


「新年早々はご迷惑でしょうから、3日にでも伺おうかと思っております」


「なら、マーギンに俺が5日に行くと伝えておいてくれ」


「ちいぼっちゃまが行かれるのですか?」


「他の話もあるからな。いいか、ちゃんと伝えろ」


「か、かしこまりました」




そして、その日の夜警。


凛とした姿で警護をしているローズ。


「ううっ、寒いいっ。ローズ交代だ」


門の警護は2時間おきに交代するシステムを取っている。


「では交代宜しくお願い致します」


同じ下っ端でも先輩の騎士に挨拶をして休憩室へ。


「ローズ、お前寒くないのかよ?」


休憩室で他の騎士が鎧を脱いで暖炉の前でさむさむっとしている。


「鍛え方が違うのですよ」


そう笑って、マーギンに貰ったインスタントスープをコップに入れて熱湯を注いだ。


「お前、今何をした?」


「何って魔法で湯を出したのですよ。先輩方は魔導コンロで沸かせば良いのでは?」


「お前、魔法で湯なんて出せるようになったのか?それにスープだと?」


「それは秘密です。騎士は守秘義務がございますので」


「教えろっ、これは先輩命令だ。どこでその魔法書を買った?」


「騎士の先輩ともあろう方が守秘義務を破れと命令されるのですか?規律違反ですよ」


「ぐぬぬぬぬっ」


「頼むっ、教えてくれ。めちゃくちゃ便利そうじゃないか」


「守秘義務がございますので」


ローズはご満悦だった。同じ下っ端騎士なのに先輩というだけで後輩に威張りちらすやつらなのだ。それが頼むとか言ってきたのだ。


ローズはマーギンに言われていた、信頼出来る人なら教えても良いよ、という言葉を反芻し、先輩に何度聞かれても守秘義務がございますのでとしか答えなかったのであった。


夜警をしながらの年越しをしたローズはそのまま新年の会に向う。新年の会とは飲み会とかではなく、国王陛下の前で騎士の誓いをする儀式なのだ。その後は各貴族が王への挨拶に来る警護に就く事になる。


王城の前の広場に騎士が集合し、王が広場を見下ろすバルコニーのような所に出てくるのを直立不動で待たねばならない。




ヒュオォォォォ


寒風が騎士たちを襲う。その寒風は金属の鎧を容赦なく冷やし、騎士たちの体温を奪っていく。


カタカタカタカタっ


いくら鍛えていても寒いものは寒い。騎士達は王様よ早く出て来てくれと願う。しかし、王は中々出て来ず震える騎士達。


早くっ 早くっ


その願いが怒りに変わろうとし始めた時に王がお出ましになった。


「抜刀っ!剣を掲げっ」


大隊長の号令と共に騎士達は抜刀し顔の前で掲げる。


「騎士の誓い ひとぉぉつ…」


大隊長に続いて騎士の誓いを一つ一つ叫ぶ騎士達。


「納刀っ」


騎士の誓いの儀式が終わり、その後はよく聞こえない王の話が続く。


ヒュオォォォォ


王の話の際にも容赦なく寒風が騎士達を襲う。


ガタガタガタガタっ


震えが止まらない騎士達。


大隊長は苦々しい顔で震える騎士達を睨みつける。王の表情がどんどん険しくなっていくのがわかるのだ。


王もまた新年早々、朝っぱらから大声で演説などしたくはない。しかも、3日まで延々と貴族の挨拶を聞かねばならない。その憂鬱さが震えて自分の話など耳に入っていない騎士達を見てさらに機嫌が悪くなった。


「以上じゃ」


え?


途中で新年の演説を止めた王は中に入っていった。


想像していたより早くに演説が終わった事にホッとする騎士達。しかし大隊長の怒りのボルテージは上がっていく。


いつまで経っても大隊長から解散の号令が出ない事に気付いた騎士達。大隊長は仁王立ちしたまま動かない。騎士達は違う意味でカタカタと震えだした。


「抜刀っ!剣を掲げっ」


誓いの儀式からやり直せということが分かった騎士達。しかし、冷え切った身体は震えが止まらない。


大隊長は号令を掛けながら、一人一人ギヌロっと睨みながら何度もやり直しをさせている。その中で一人キリッと立ち、震えもせずに誓いの言葉を述べている者がいた。


「納刀っ」


「お前は確かバアム家、オルターネン小隊長の妹であったな?」


「はっ、ローズと申します」


「うむ、貴様は中々見どころがあるようだ。それに夜警明けか?」


「はいっ」


「ならば帰ってよし」


ザワッ


ローズだけが合格し、先に帰って良いと言われた。


「大隊長、恐縮ではありますが私一人だけ帰る訳には参りません。騎士は一蓮托生であります」


「そうか、良い心掛けだ。では皆が合格するまで参加せよ」


「はっ」


その後、5回ほどやり直しが行われ、日が昇って気温が少し上がった事で皆も全員合格となったのであった。




翌日


「大隊長、お呼びでありましょうか」


ローズは大隊長に呼び出されていた。


「貴様の次の非番はいつだ?」


「3日であります」


「では、4日から城内の警護任務に移れ。第三隊への異動だ」


「え?」


「二度言わすな。それと10日の剣技会に出ろ。そこで実力を皆に示せ。」


「はっ」


大隊長室から出たローズは飛び上がって喜びそうになった。第四隊は城外警護、そして第三隊の城内警護任務は昇進ということだ。しかも隊長からの任命ではなく、大隊長直々からの通達。これは異例の事であった。



「お前、いきなりうちの部隊に配属になったそうだな」


兄のオルターネンがローズの部屋に来ていた。


「はい、大隊長から直接、通達を頂きました」


ちい兄様こと、オルターネンは第三隊の小隊長をしている。


「ったく、異例中の異例だぞ。他の奴らからのやっかみを覚悟しておけよ」


「もちろんです。大隊長から10日の剣技会で実力を示せと賜りました」


「剣技会にも出るのか…」


「マーギンから貰った剣で精一杯やりたいと思います」


「そうか、なら俺もあの刀という剣を使うことにするか」


「え?ちい兄様も出るのですか?」


「当たり前だろ?あの剣技会の成績は昇進に繋がる事は知っているだろう。出たくても出れない奴の方が多いのだぞ」


「そうでしたね」


剣技会への出場は隊長から推薦のあったものしか出られない。次期小隊長候補、隊長候補を見定める物であるのだ。


「お前の場合は昇進が先だから、不様な結果になればいきなり降格って事もあるから覚悟をしておけけよ。


「はいっ」


ローズはマーギンに早くこの事を伝えたくて3日の非番が待ち遠しく感じるのであった。

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