罠に掛かったバネッサ

「助かるといいですね」

 

家を出て行ったヘラルドを見送ったアイリスが呟く。


「そうだな」


マーギンは昔の事を思い出して複雑な心境のまま返事をした。


「マーギンさん」


そんなマーギンを見てアイリスが真剣な顔をする。


「なんだ?」


「コタツ出して下さい」


ゴツっ


「今日も休みにしようかと思ったがやめだ。お前のたるんだ根性を叩き直してやるっ」


「ええーーーっ、酷いですっ」


「うるさいっ」


そしてマーギン達は森の開けた所に向った。



「さて、今日は離れた場所に着火する訓練だ」


「離れた場所に?なぜですか?」


「理由はわからんか?」


「はい」


「では頭の中で想像してみよう。皆でテントで寝ました。お前は補助担当で皆が起きる前に焚き木に火をつけなければなりません。でも皆はテントの中でぬくぬくと寝ています。そんな時はどう思いますか?」


「はいっ!」 


手を上げるアイリス。


「はい、アイリスさん」 


「ムカつきますっ」


「そうですね。ではテントの中から火をつけられるとなるとどうでしょう?」


「自分もぬくぬくとしてられますっ」


「はい、正解です。ではアイリスさんは離れた所の着火が出来るようになりたいですか?」


「なりたいですっ」


ということで離れた場所に着火する訓練開始。広場の向こうに焚き火用の薪を組む。


「じゃ、俺はここにいるから、最終的にここから火をつけられるようになれ」


「えっ?」


「野営地によってはかなりテントから離れたところで焚き火をしないといけないことがある。離れれば離れるほどテントの中からつけられると便利だぞ」


「そっ、そうですね」


そんな離れたところで焚き火することなんてあるか馬鹿と心の中で呟きつつ、マーギンは足湯を作り、アイリスが少し離れた所からゴウッとバーナーで火をつけようしているのを見ていた。


ほー、極楽極楽。


かなり冷え込んで来ているが、足湯だけでもかなり身体が温まる。


甘酒飲んじゃお。


自作の甘酒に生姜を少々入れて飲む。うむ、旨いし温まる。


ほっこりしているマーギンとは裏腹に2m離れるとバーナーの炎が届かないアイリス。


バーナーでやってる限りは今のあいつじゃ無理だろうな。となんのアドバイスもしないマーギン。


しばらくやり続けたアイリスは鼻とほっぺを真っ赤にしながらこっちにやってきた。


「炎を出してるのに寒いですっ」


「当たり前だ。自分の炎で火傷しないように魔法陣を組んであるに決まってるだろ。なんの防御もせずにやったら危ないだろうが」


「マーギンさんだけぬくぬくでズルいですっ」


「別にアイリスも足湯に足を浸けていいぞ。これから独り立ちした時にムカつく思いをし続けるだけだからな」


「いっ、イジワル言わないでくださいっ。こんな離れた所から着火出来るわけないじゃないですか」


「そうか?慣れたら簡単だぞ」


マーギンは着火用の炎をふよふよと薪の所に飛ばしていく。これはファイアボールとは違い着火魔法の応用だ。


炎は薪に到着し、そのまま薪を炙っていく。


「はい、ここで終了。俺が火をつけたら意味ないからな」 


「ど、どうやったんですか?」


「炎よ、向こうまで飛んでいけ、飛んでいけと魔力を込めながらやっただけだ。俺は元から着火魔法を使えるから扱いには慣れている。それに対してお前の着火魔法は魔法陣を使って強制的に発動するようにしたから身体が慣れてないんだよ」


「どうやったら慣れるんですか?」


「慣れるまで使うしかない。何でもそうだろ?」


「は、はい」


「出来るようになりたかったらやり続けろ」


「では少し足湯に浸かってから」


てへと笑ってから足湯に入るアイリス。こいつ…とか思いながらマーギンは甘酒を作ってやるのであった。



「甘くて美味しいですねこれ。お米から出来てるって本当ですか?」


「そうだ。これに酵母というものが加わると発酵して酒になる」


「そうなんですか。お米のお酒は確かにありますね」


ほう、やはりこいつの地元には興味がある。他に何があるか自分の目で確かめなければ。王都より寒さもマシなようだし、王都を離れる事になったら引っ越し先候補だな。


「マーギンさん、どうしてバーナーではなく普通の着火の炎を飛ばしたんですか?バーナーの方が勢いがありますよね?」


「バーナーでやると危ないからな」


「炎の大きさの違いだけですよね?」


「いや、実際にやるとこうなって異なる魔法だ」


ゴウウウッ


マーギンは火炎放射器のように炎を出した。


「ヒッ」


驚くアイリス。


「な、危ないだろ?これでやると近くの物を巻き込んで燃やしてしまう恐れがある。それにこれは結構魔力を食うからたかが着火に使うような魔法じゃない」


「ち、ちなみに何という魔法ですか?」 


「火炎放射だ」


マーギンは日本語で答えた。


「か、カウェインホウ…」


「覚えなくていい。お前が使うことはない」


「使えたら何かしら便利かもしれないじゃないですか」


「こういう魔法は対になるものを覚えてないと事故を招く」


「対になる魔法?」


「森の木々に火がついたらどうなる?」


「火事になります」


「だろ?だから消火出来る魔法が必要になるんだよ」


「水出せるようになりましたよ?」


「なら実験してみるか」


マーギンは開けた所の中央に薪を並べ油を掛ける。


「俺がここから火炎放射で燃やすからお前はそれを消してみろ。危ないから離れてやれよ」


「え?」


マーギンはゴウウウッと炎を出して油を掛けた薪を燃やすと、一気に高温にさらされた薪と油に火がつき、大きな炎と黒い煙が登り出した。


「ほら、水出して消せ」


「むむむむむっ無理ですっ」


「な、飲水を出したぐらいで消える火なんてしれてんだよ。さっきの火炎放射の魔法を使うとこういう事が起きてもおかしくないんだ」


マーギンはウォーターキャノンで水の玉をバンバンバンっと当てて沈下させた。


「すっ、凄いです。なんていう魔法ですか?」


「派手な魔法ばかり知ろうとするな。まずお前のやることは遠くの薪に着火出来るようになることだ」


「わ、わかりました」


マーギンはアイリスに言っていて、ミスティも俺に対してこんな気持ちだったのかな?と思った。そう思うとミスティが分からず屋なのではなく、自分が悪かったのかもしれないと感じていた。


結局、この日はアイリスの魔力が切れて終了。少しだけ着火の炎が離れた所に飛んだのは一歩前進だった。


「ほら門が閉まるから帰るぞ。とっとと歩けよ」


「歩けません。おぶって下さい」


まったくこいつは…


マーギンはアイリスをおぶって門が閉まる前に帰った。



ーマーギン達が森で訓練している頃ー


「マーギン、いるか?」


何度も店の前で声を張り上げるロッカ達。


「本当に留守みてぇだな」


「夕方もう一度来てみる?」


「だな、もし外に出てても、閉門までには帰って来やがるだろうし」



そして、閉門前。


「居留守使ってるのかしら?」


「うちが見て来てやろうか?」


「まさか忍び込むつもりか?」


「ちょっと見るだけ。こんなボロ屋の鍵なんかチョチョイのチョイ。中を見ていなかったらまた鍵かけるから問題ねーって」


バネッサがマーギンの家の鍵を開けようとした時に防犯の魔法陣が発動。


パシャッ


「え?雨… うわぁぁぁぁっ スライムっ」


「何っ?どうしてこんな所にっ」


防犯の魔法陣から発生したスライムのような水がバネッサを包みこんでいく。


「たっ、助けてっ。溶かされるっ」


「くそっ、バネッサの身体に纏わりついてちゃ斬る訳にもいかん。シスコも核を探せっ」


助けてと叫ぶバネッサ、必死になってスライムの核を探すロッカとシスコ。


「くそっ くそっ なんで核がないんだっ」


「バネッサ頑張って、絶対に助けるからっ」





「えへへ、マーギンさんの背中は温かいですねぇ」


「お前、もう歩けるだろうが?降りろ」


「嫌ですっ。降りたら寒いんですっ」


ギャーギャーとマーギンとアイリスが言い合いしながら家の近くまで来ると騒がしい。


「アイリス、まじで降りろ。なんか様子が変だ」


「はい」


マーギンは家に向かって走ると、防犯魔法の餌食になっているバネッサ。それを必死な形相で助けようとしているロッカとシスコ。それを見たマーギンが呆れた顔で声を掛ける。


「何やってんだお前ら?」


「マーギンっ、いいところに帰ってきた。バネッサを助けてやってくれっ。スライムに襲われているっ」


「助けてっ 助けてっ」


マーギンに向かって泣きながら必死に手を伸ばすバネッサ。


「お前なぁ…」


呆れるマーギン。


「何やってるんだよっ。早く手伝ってくれ」


必死なロッカとシスコ、泣き叫ぶバネッサ。


「アイリス、家に入ってスイッチ切ってきてくれ」


「はい」


アイリスは鍵を開けて家に入り防犯のスイッチを切った。


パシャッ


バネッサに纏わり付いていたスライムならぬ水が地面に落ちた。


「ほら、もう大丈夫だ」


「うわぁぁあんっ 怖かったぁぁぁ」


びしょ濡れのまま抱きつくバネッサ。


「やめろ、こっちまで濡れたじゃねーかよ」


「マーギンさん、スイッチ切りましたよー」


「おう、分かった。ちゃんと解除されたから大丈夫だ」


「解除?へ?」


ロッカとシスコが目を丸くする。


「お前らうちに忍びこもうとしたろ?だから防犯魔法が発動したんだよ」


「防犯魔法?」


と3人が顔を見合わせた。


「さっ、寒ぃぃぃ」


びしょ濡れのバネッサがガタガタ震え出したので取り敢えず家の中に入れる事になってしまった。



「お湯溜まりました」


アイリスが風呂の準備をしてくれてバネッサをバスルームに案内して使い方を教えに行った。


「マーギン、あの防犯魔法はなんなのだいったい。まさかスライムを召喚する魔法か?」


召喚魔法はお伽噺に出てくる魔法らしい。テイムや召喚魔法は前の時代でも残念ながら存在しなかった。


「あれは水魔法の応用だ。バネッサに纏わりついたのはスライムじゃない。単なる水だ」


「水魔法だと?」


「そう、俺が許可しない者が侵入しようとするとスライムみたいに纏わりつくようにしてある。それだけだから怪我もしない。単なる撃退用の魔法だよ」


「それで核がないのか」


「スライムの核なんてちっさくてどこにあるかわからんだろ?よく知ってたな」


「これでもハンターだからな。色々と経験はしている。しかし、お前は珍しい魔法が使えるのだな」


「本来あれは捕獲用の罠魔法なんだよ。魔物を生け捕りにするためのな」


「生け捕り?なぜ生け捕りにする必要があるのだ?」


「魔物の生態を調べる為だよ。昔の知り合いに魔物を調べている奴がいてな。そいつと生け捕りにする為に開発したんだ」


「魔物の生態を調べる?」


「捕獲するのは麻痺魔法とかでもいいんだけどな、罠魔法だと寝ている間に勝手に罠に掛かかるから楽なんだよ」


「どうやって罠を張る?」


「水たまりみたいに設置しとけばその上を通ったり、水を飲んだりした時に纏わりつく。で、獲物はスライムに張り付かれたと勘違いして暴れまくって体力切れになるから麻痺魔法を掛けるのも楽になるって寸法だ」


本来はマジックドレインも組み込んで、魔力切れで倒れるようにしてあったのだがそれは説明しない。


「マーギンも昔ハンターをしていたのか?」


「いや、ハンターはしていなかったが、似たような事はしていたな。ま、これ以上過去の話は無しだ」


「あ、あぁ、すまない」


人の過去には触れないというのはハンターのマナー。ロッカはこれ以上詮索はしてこなかったのであった。

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