大晦日と正月

「うううっ、頭が痛いです」


「未成年のくせに酒を飲むからだ」


「他のお客さんからジュースだって言われたんですっ」


二日酔いでダウン気味のアイリス。


「ほら、訓練しに行くぞ」


「えっ」


さーっと顔が青ざめるアイリス。今日のコンディションで訓練なんかしたらケロッピしてしまうのは確実だ。今でもなんか出てきそうなのに。


「きょ、今日はお休みということで…」


「お前、今、魔物に襲われたらどうするつもりだ?」


「そんな事ありませんよ うぷっ」


「いいか、本当にハンターになるつもりなら、自分のコンディションは常に整えておけ。常に死が付き纏うんだぞ」


「わ、わかりました… わかりましたから頭が痛いです」


「分かった。今日と明日は休みにする。次こんな事があったら、吐いてても訓練に引っ張っていくからな」


「は、はひ」


「これ飲んで寝てろ」


マーギンははちみつと塩を入れた水をアイリスに飲ませて寝かせておくことに。さて、俺は今晩と明日の準備を始めますかね。本日は大晦日なので年越しと新年の飯を作っておかねばならないのだ。


マーギンはもち米を水に浸けておき、二つの鍋に昆布を入れる。一つの鍋はそこにフグの骨を加えて出汁を取り始める。もう一つの鍋は鶏ガラ出汁だ。


フグ出汁は今晩のテッチリ用、鶏ガラ出汁は明日の雑煮用だから大きな鍋。アイリスにはテッチリの魚は毒魚ということは黙っておこう。


ある程度下準備が終わったのは昼過ぎ。アイリスはまだ起きて来ないので一人でランチを食べて、正月用の食べる物を作る。鶏の甘辛煮、ローストビーフとローストポーク、焼魚、豆の煮物、栗きんとん、ポテトサラダ。こんなもんか。数の子とかまぼことか欲しいけどないからな。


ここまで用意したらアイリスが起きてきた。


「お腹空きました」


アイリスは魔力回復だけでなく胃腸の回復も早いようだ。


「そうか、なら晩飯にしようか」


マーギンは居間を片付け、コタツのような物をアイテムボックスから出す。


「何ですかこれ?」


「コタツという魔道具だ。晩飯はこれに入って食うぞ」


コタツの上に魔導コンロを置いてテッチリの鍋をおく。


「いいか、絶対に鍋をひっくり返すなよ」


「大丈夫ですよ。ここに入ればいいんですよね?」


「そうだ」


「わぁ、暖かいです。んふふふっ」


コタツの魅力に笑いだすアイリス。


その間にテッチリ用のフグの切り身と野菜盛りをコタツに。そして炭の入った七輪を持ってくる。最後はテッサだ。



「生の魚が無理だったら食わなくていいぞ。食うならこのポン酢を付けて食べろ」


「わぁ、ご馳走ですねぇ。プクなんて久しぶりです」


ん?


「お前、この魚知ってんのか?」


「この大きさからしたら本プクですよね。高くて滅多に食べられないから嬉しいです」


「プク?」


「はい、怒らせるとプクーっと膨らむからプクと呼ばれてます」


「お前の地元じゃ食うのか?」


「はい、毒があるので専門の職人しか調理出来ません。だからすっごく高いんですよ」


へぇ、同じ国でもこいつの地元は全く違う文化を持つみたいだな。


「ま、食えるなら好きなだけ食え。フグはまだたくさんある」


「フグじゃなくて、プクですよ」


「俺の生まれた所じゃフグって言うんだよ」


「へぇ、所変わればってやつですね」


それはこっちのセリフだ。


テッサをうまうまと食べながら骨付きのフグを焼いていく。


「この生のプク美味しいです。このタレがちょっと酸っぱくて美味しいですね。地元のプク屋さんだと生のはもっと分厚くてあまり美味しいとは思わなかったんですけど」 


「フグの身は弾力が強いからこれぐらい薄く切らないとダメなんだよ。ここまで薄くするの難しいんだぞ」


「そうなんですか。もしかしてマーギンさんがプクを処理したんですか?」


「そうだぞ。解体魔法ってのがあってな、包丁でさばかなくても簡単に処理出来る」


「そっ、その魔法書はおいくらぐらいですか?」


「500万だ」


「げっ、高い」


「そりゃそうだろ。お前の地元でフグ屋をやるなら買った方がいいぞ」


「王都でプク屋してもいいですね」


マーギンがフグと呼んでもプクと言い続けるアイリス。


「王都はこの魚を食わん。ライオネルでも全部捨ててるからな」


「えーっ勿体ないです」


「こっちでは毒魚と呼ばれて忌避されてんだよ。だからいくら美味しくても売れん。それよか早く食え、焼き過ぎになるぞ」


「先に食べていいんですか?」


「たくさん有るから好きなだけ食えって言ったろ?」


その後は焼きフグと鍋を楽しみ、唐揚げも食べてみたいと言い出したので追加で調理。去年までは一人でうまうまと食ってたが、こうして同じ物を同じように旨いと言って食うのは良いものだなとマーギンは思った。こうしてガツガツと食うアイリスを見るといつも一緒にミスティと食べていたのを思い出す。


「あー、お腹が一杯です。この後の雑炊も食べたいのにーー」


「お前の地元は米食うのか?」


「はい。パンよりもお米の方が多いかもしれません。小麦はあまり取れないのでお米の方が安いんですよ。王都に来たらパンばかりなのでこっちはお米がないのかと思ってました。私はパンの方が好きなので困りませんけど」


「いや、てっきり米を知らないのかと思って米は炊いてなかったんだけどね」


「炊く?お米は茹でて食べるんですよ」


は?


「そんなことしたら全部ベシャベシャになるんじゃないのか?」


「はい、だから私はパンの方が好きなんです。でもプク鍋の汁で茹でた米は好きなんですよ」


「米ってこれと同じか?」 


マーギンは白米を見せる。


「地元のはもっと茶色いですよ。こんなに白くありません」


「形は同じか?」


「はい」


なら長粒種じゃなくて短粒種か。茶色ってことは玄米に近いんだろうな。精米技術が低いのかもしれん。


「俺は雑炊の前にこれを食べるけど、どうする?」


マーギンが出してきたのは蕎麦だ。ミスティと試行錯誤の上に蕎麦らしき物を作り上げたのだ。


「何ですかそれ?」


「蕎麦ってものなんだよ。年の最後の日に食べるのを年越し蕎麦って言ってな、縁起物の食べ物だ」


「へぇっ、食べてみたいです」


というので、さっと湯がいてからテッチリの残りへ投入する。蕎麦つゆはなしでちょいと塩を掛けてずるるっとな。


「おっ、旨い」


「本当ですねぇ。お腹一杯でも食べられます」


そばはほどほどにしてご飯を投入、そして卵を混ぜて刻みネギを散らしてフグ雑炊の出来上がり。お腹一杯ですと言っていたアイリスはこれも完食。


「しっ、死にそうです…」


「寝るならベットで寝ろ」


「嫌です。ここから出たくありません。このコタツって最高です」


そしてアイリスはコタツでごろごろしたまま眠ってしまった。マーギンはコタツの上の物を片付けて再度コタツに入る。さて、俺はどこで寝ようか。いつものソファで寝るのも嫌だな。俺もコタツから出たくない。


自分とアイリスに洗浄魔法を掛けてそのままマーギンもコタツで寝てしまうのであった。



ー翌朝ー


「マーギンっ!年が明けたぜっ」


朝っぱらから3ガキ共が雪崩れ混んできた。


「お前らもう来たのかよ」


3ガキ共は去年餅つきをして、来年も絶対に来ると言っていたから、今日が楽しみで仕方がなかったらしい。


「あーーーーっ!マーギンが女を連れ込んでるっ」


「違うわバカッ。それより先に風呂に入ってこい。バッチ過ぎんぞ」


「マーギンは入んねぇのか?」


昨日は洗浄魔法だけで済ませたから初風呂と行きましょうか。


「そうだな、一緒にはいるか」


「うんっ」


マーギンは3人と一緒に風呂に入り頭とか洗ってやる。湯船がすぐに汚くなるのが困ったものだ。


「あの女は誰だ?嫁か?」


「違うわ。あいつはハンター見習い。しばらくうちで寝泊まりして修行してんだよ」


「えーっ、いいなぁ。俺達にも修行してくれよ。今年12歳になったからハンター見習い資格取る予定なんだっ」


「お前らもう12歳になるのか?」


「多分それぐらい」


孤児達は赤ん坊の頃に孤児院に捨てられていたようでハッキリとした年齢を知らない。体型や身長を見るともう少し年齢が下のようにみえるけど、栄養不足で成長が遅いのかもしれんな。


「なんのハンターになるつもりだ?」


「初めは街の掃除とかしか無理だろうけど、成人したら魔物を狩って稼ぐんだ」


「そうか。魔物狩りは危ないぞ」


「何言ってんだよマーギン。俺たちゃ毎日が危ないんだぜ」


「そりゃそうだ」


コイツらは境遇が悪いのにそれをものともせずこんな風に言える子供だ。子供の時からこんな境遇だとかっぱらいとかして、そのうち本当の犯罪者とかになっていってもおかしくないのに。


「よし、綺麗になったから餅つきやるか」


「やったぜっ。きな粉とかあるんだよな?」


「あるぞ。自分の食う分は自分でつけよ」


「へっへーん、あるだけ全部ついてやるぜ」


風呂から上がるとアイリスも起きていた。


「その子達は誰ですか?」


「貧民街の孤児だ。こいつはカザフ、でふわふわ頭なのがトルク、最後はタジキだ」


「私はアイリス。マーギンさんの妻です」


アイリス、そのボケはやめろ。ここの世界の人は真に受けるのだ。


「やっぱり嫁だーーっ」


やっぱりと大騒ぎする3ガキ。俺の中では3スタンと呼んでいる。他にアフガ、ウズベとパキがいないだろうか?


「なわけないだろうが。それに全く家事をしない嫁なぞいらん」


「マーギンさんが全部してくれるから私がする必要がないだけですよ」


「なら、今日から飯作れ」


「美味しくなくてもいいならいいですよ」


それは嫌だ。ベシャベシャの米とか食いたくない。


「ほら、お前らこれ食って待ってろ。今から米を蒸すから」


「うわーっ肉だ肉っ」


3スタンに混じって食い出すアイリス。肉系中心の正月料理にしたのはこいつらのためなのに。


米を蒸している間にカツオ出汁をとり、ほうれん草をさっと茹でる。雑煮はカツオと鶏ガラ、昆布の出汁だ。塩と醤油で味付けをしてコクを出すのにほんのちょいとみりん代わりの砂糖を入れる。


「うん、いい出来だ」


雑煮の出汁が上手く出来たのでご機嫌のマーギン。


「すいふんとたくふぁんふぉふーふをふくったんてふね」


栗きんとんを口いっぱいにムグムグしながらキッチンに来たアイリス。


「飲み込んでからしゃべれ。何を言ってるのかさっぱりわからん」


ゴクンと飲み込んだアイリス。


「たくさんのスープはインスタントにするんですか?」


「いや、これは差し入れ用だ。おいお前ら、準備が出来たぞ」


「おっしゃーー、全部ついてやるぜーーっ」


蒸し上がった餅米を臼に入れて初めはマーギンがこねて手返し担当をする。


「よし、上手くつけよ」


「よっ はっ よっ はっ」


息ぴったりの3人は3気筒のピストンのように餅をついていく。


「わー、面白いです。私もやってみたいです」


「じゃ、誰が代わってやれ」


「僕が代わってあげるー」


ほわほわ頭のトルクが代わってあげるようだ。こいつは3人の中で癒やし担当。本当は良い所のお坊ちゃんじゃなかろうかと思うぐらいだ。


「ヨッ ハッ ヨッ ハッ ヨッ」


ゴスっ


「痛ってぇぇっ。アイリスっ。ハッのタイミングは俺が餅をひっくり返したりするときなんだよっ。ヨッでつけ」


「ごっ、ごめんなさい…」


「ねーちゃんっ。気にすんな」


タジキ、それは俺のセリフだ。


「ヨッ ハッ ヨッ ハッ ヨッ」


ゴス


「お前なぁ…」


「ごっ、ごめんなさ…」


「アイリスお姉ちゃん。僕がタイミング教えるから気にせず楽しくやろ」


「う、うん」


トルクの方が年上みたいな対応だな。


その後はトルクの支えもあって順調についていく。


「よし、もういいぞ。好きな大きさに丸めてきな粉掛けて食え。慌てて食うと喉に詰まって死ぬからな」


「きな粉は甘くしてれた?」


「してあるぞ」


4人は手をベタベタにしながら餅を食べていく。マーギンは次に蒸し上がっている物を餅つき機に。


「それなんだ?」


「自動餅つき機」


「そんなのがあるなら始めっからそれ使ってくれよー」


「餅つきの方が楽しいだろうが。ほら、また蒸し上がってくるぞ。もっとつけ」


マーギンは子供達に餅つきを任せて、餅つき機の餅を丸めて箱に乗せていく。


「ちょっと差し入れしてくるわ」


「あっ、はい」


マーギンは雑煮の出汁と具材、餅を持って娼館へ。


「明けましておめでとうさん」


「マーギン、差し入れかい?」


「おう、ババァが早く逝けるように餅を持ってきたぞ」


べしんっ


「笑えない冗談を言うじゃないよっ」


「ババァは殺しても死なねぇだろうが」


「フンッ そう簡単にくたばってたまるかってんだ」


そしてマーギンは遊女達の為に差し入れを渡したのであった。


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