ヘラルド医院
マーギン達はヘラルド病院の場所を聞きそこへ向う。
「あ、あの… この時期に雪の花って咲かないんですよね?」
「そうだ」
「だったらこの依頼無理じゃないんですか?」
「持ってる」
「え?」
「雪の花を持ってると言ったんだ」
「本当ですか?」
雪の花は体温を下げる薬の材料だ。勇者パーティー時代に熱帯地区で熱くてたまらない時にマーギンは使おうと大量に採取していた。が、味はめちゃくちゃ苦く、液体にすると飲めたものじゃない。粉薬にしても苦い味がいつまでも口に残る。結局、採取するだけして使わずにそのままアイテムボックスに残っているのだ。
「どこで手に入れたんですか?」
「昔な、ここに入れときゃ鮮度は保てるからまだ使えるはずだ」
「それは…」
「帰ったら説明してやる。今は余計な詮索をするな」
組合から西門まで距離があるので乗り合い馬車に乗っている。他に客はいないが御者に聞こえたらまずいので詳しい説明は帰ってからするとアイリスを黙らせた。
小一時間ほど馬車に揺られて西門近くに到着。この辺りはマーギンの店がある東門より栄えているようだ。中央の他領地への玄関口になっているのだろう。
人に聞いてヘラルド病院を探した。
「お、ここだな」
もっとデカい病院を想像していたが、日本の個人病院ぐらいの大きさで、表通りから2本裏手に入った居住区近くにある病院だ。
「すいませーん」
「なんじゃいっ」
背は低いがヒゲヅラの筋肉ダルマみたいな親父が出てきた。
「病院にしちゃ柄の悪いやつがいるもんだな。ヘラルドって人いるか?」
「なんじゃぁ、お前らは?」
下からギヌロッとマーギンを睨み上げる。
ヒッとアイリスはマーギンの後ろに隠れた。
「こいつはハンター見習いのアイリス、俺は保護者のマーギンだ」
保護者… アイリスはまた自分が子供扱いされていることにショックを受ける。
「ハンター見習いが何のようじゃ?見た所病気も怪我もしとらんの」
「ヘラルドって人が雪の花を探してると依頼を見てな、話を聞きに来たんだ」
「なんじゃとっ あの依頼を受けたのかっ」
「正式に受けるかどうかは話を聞いてからだ」
「なぜじゃ?」
「買取価格が高額過ぎる。それに医者ならこの時期に雪の花が採取出来ない事を知っているはずだからな。だから話を聞いてからだ」
「入れっ。ワシがヘラルドじゃ」
ガチムチヒゲ親父が医者だと聞いたアイリスは目を丸くした。
待合室を通り抜け、事務所に連れて行かれた。院内には患者の姿はない。
「で、何が聞きたいんじゃ?」
「いや、風邪とか流行り病が蔓延してるから雪の花を探しているのかと思ったけど違うみたいだね」
「お前、何に使うか知っているのか?」
「解熱だろ?死ぬほど苦い薬の元だ」
「少しは知識があるようじゃの。毎年、流行り病は年が明けたくらいからじゃ。まだ早い」
「なら何に使うんだ?流行シーズンを把握しているなら夏に依頼を掛けて用意しておくもんだろ?」
「ふんっ、毎年そうしとるわい。しかし、在庫が尽きそうなのじゃ。これで流行り病が蔓延したら手のうちようがなくなる」
「ん?他に何か病気が流行ったのか?」
「詳しくは話せんが熱を下げ続ける必要がある患者がいる」
「熱を下げ続ける必要?かなりヤバいだろそれ」
「病気の理由がわからんから対処療法しかしてやれんのだ。それでもいつまでもつか…」
ヘラルドは口惜しそうな顔をした。医者でありながら何の病気かわからず助けられないのが辛いのだろう。医者でない俺がタバサを助けられなかった時の気持ちより強いかもしれない。
「わかった。雪の花はある。必要な分だけ言ってくれ」
「なんじゃとっ」
「その代わり、この見習いが納品したことにしてくれるか?」
「そ、そりゃ構わんが…」
「じゃ、何本必要だ?」
「今買い取れるのは100が限界じゃ」
「じゃ、とりあえず100渡しておく。ちなみに通常価格、つまり買取相場はいくらだ」
「状態が良ければ1本1万Gだ」
「了解。残り900本は薬がなくなったら渡す。いっぺんに1000渡されても困るだろ?」
「は?」
「だから今回の依頼は1本10万G、それだと大赤字だろ?病院が潰れたら市民が困る。だから、相場で買い取った時の価格で渡すって言ってんだよ。残り900本は必要な時に直接言ってくれ。俺は東門の色街の近くで魔法書店をやっている」
「いや、金の事は気にしなくていい。子供の親が払う金だ。だが気持ちは有り難く受け取っておく」
なるほど、患者は大金持ちか貴族の子供か。
「そっか、なら今回の依頼通りでもらっとくわ。はい、100本。鮮度も高いし根も付いてるから余すこと無く使えるだろ?」
「こ、これは… どこで採取してきた?」
「それは秘密だ。こういうのって余計な詮索をしないのがルールだろ?」
「そ、そうじゃな。しかし助かった。これであの子も暫くは助かる」
「本当に助かるのか?」
「いや… 暫くは少し楽にさせてやれるってところじゃの…」
「ま、マーギンさん。なんとかしてあげられる事はないのでしょうか…」
アイリスも患者が子供だと理解したのか、マーギンに助けられる方法はないかと聞いてきた。
「アイリス、病気の治療は医者が専門だ。俺達が役に立てる事はない。出来るとしたら薬の元になるものを探して納品するぐらいしかな」
「そ、そうですか…」
「ヘラルド、その子は毎日解熱剤を飲まされているのか?」
「そうじゃ」
「薬は液体か?それとも粉か?」
「子供は粉薬を上手く飲むことが出来ん。飲み薬で服薬させておる」
「解熱剤を飲み薬で毎日か。まるで拷問だな。飲むのを嫌がるだろ?」
「仕方がないじゃろうがっっ! お前に何がわかるっ!!!!」
大人でも死ぬほど苦くて飲みたくない飲み薬を子供が毎日飲まされる辛さを理解しているヘラルドは怒鳴った。拷問のようでも飲まさなければすぐにでも死んでしまうかもしれないのだ。
「粉で飲ませてやれよ。飲み薬より随分とマシになる」
「子供は上手く飲めんと言ったじゃろうがっ」
「いや、方法はあるぞ」
「何っ?」
「塩でもなんでもいいけど、薬に見立てた味のするものと片栗粉はあるか?」
「何をするんじゃ?」
「子供に粉薬を飲ませる方法を教えてやるよ」
「なんじゃと?」
「あとは砂糖があればさらに飲みやすい」
マーギンは材料を伝えてヘラルドに用意をしてもらった。
「砂糖と片栗粉を混ぜても苦いのは消えんぞ」
ヘラルドが持ってきたのは解熱剤そのもの。自分が試すから本物を使うらしい。
「知ってるよ。まず片栗粉と砂糖を水で溶かす。それからこれをかき混ぜながら温める」
水を指先から出し、コンロも使わずに作っていくマーギン。
「お前、魔法使いか?」
「そうだ。俺は魔法書店をやってるからな。生活魔法は一通り使える」
「ほう、なるほど。かなりの腕前じゃな」
「まぁね。で、出来たのがこれだ」
「ふむ、スライムみたいじゃな」
「そんな感じだ。で、スプーンに少しこれを乗せて、そこに粉薬を乗せる。その上からまたこいつを掛けてと。これでよし。ヘラルド、噛んだり舌で押さえずに一気に飲み込んでくれ」
「うむ、では」
ゴクン
「むっ…」
「苦くなくなっただろ?口の中が乾いているなら初めに少し水を飲んだ方がいいな。熱がある時は口も乾燥しているからな。子供だと一気に飲めないかもしれないから、飲み込んだ後に水を飲むといいかもしれない。コツはこれをなるべく早く飲み込めるようにしてやることだ」
「なるほどっ これはいいっ」
「だろ?熱だけでも辛いんだ。その上に苦い思いをさせてやることもない」
そう言うとヘラルドはガシッと手を握ってきた。
「ありがとうっ」
「いいって。これは俺も人から教えてもらったものだ。俺が考えたわけじゃない」
「いや、お前がこうして教えてくれた事で薬を飲めずに悪化していく子供達が減る。本当に感謝する」
「そりゃ良かった。機会があれば他の医者にも教えてやってくれ」
「もちろんじゃ」
マーギンは依頼達成のサインをもらった。達成金は組合で受け取るらしいからこの場での支払いは無しだ。
「マーギン」
「何?」
「薬が足りなくなれば直接依頼をしにいけは良いか?」
「いいよ。店に居なかったら組合にアイリスを指名して依頼を掛けてくれ。まだ在庫はあるから」
「お前はハンターをやらんのか?魔法書店と兼務も出来るはずじゃ」
「いや、魔法書店だけで十分だ。まぁ、他にも必用な物を持ってるかもしれんから、どうしても困ったら声を掛けてくれ」
「わかった。この礼は必ずさせてもらう」
「いいよ、礼なんて。ハンター見習いが依頼を受けて達成しただけの話だ」
「ふんっ、そうじゃな」
「じゃな」
マーギンは手を振って病院を後にした。
「マーギンさん」
「ん?なんだ」
「私、人の役に立てるハンターになりたいですっ」
「そうか。なら色々と勉強して経験積まないとな」
「はいっ。じゃあ色々と教えて下さいっ」
「何でだよっ。自分で経験して勉強してけっ」
「だって自分で何がわからないかわからないじゃないですかっ」
「俺もお前が何がわからないとか分かるわけねぇだろうがっ」
「だから色々ですっ」
「なんだよ色々って」
二人はギャーギャー言いながら組合に向かうのであった。
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