アイリスの将来

「人を殺す覚悟…」


「宮廷には魔法部隊というのがあるらしい、恐らく軍事部門だ。補給部隊もあるだろうけど、活躍するというのは攻撃部隊の方になる」


「攻撃部隊って攻撃魔法を使うってことですよね?」


「そうだ。そこで命令されたら魔法を使って敵を殺す事になる。軍隊で活躍するというのは敵をどれだけ殺したかで評価される。それは出来そうか?」


「いっ、嫌ですっ。命令されて人を殺したくなんかありませんっ」


「たくさん敵を殺して活躍すれば父親もお前を捨てた事を後悔してくれるぞ?」


マーギンは真面目な顔でアイリスの本音を確かめる。


「も、もうお父さんの事はいいです… それにショックではありましたけど、恨んではいません。私に本当に優しくしてもらったのは確かですし…」


「そうか、わかった。なら、ハンターを目指すか」


「い、いいんですか?」


「当たり前だ。お前の人生なんだからお前が決めろ」


「ありがとうございます…」


アイリスはなぜだかわからない涙がポロポロとこぼれるのであった。



ハンターを目指すと決めたアイリスにマーギンは灯り魔法、着火魔法、水を出す魔法を使えるようにしていく。


「とりあえずこれで200万G分だ」


あっと言う間に借金が200万になったことで青ざめていくアイリス。、


「た、高いですね…」


「ばっか、これは大幅出血大サービス価格なんだぞ」


「200万Gもするのにですか?」


「本当の価格は500万Gぐらいになるというか、通常は売らない物まで付けたからな」


「売らないもの?」


「着火魔法の中の非売品を付けた」


「着火魔法の非売品?」


「そう。お前着火魔法を見たことがあるか?多分、着火の魔法書は一般的に5万ぐらいで売られているはずだ。うちのは50万だけどな」


「火打石の方が安いから買う人いるんですか?5万Gならともかく火を点けるだけで50万Gなんて払う人いませんよ」


「そう。たいていの魔法は自分で出来る事を楽ちんにするためのものだ。金をかけなくても問題はない。一般的な5万の着火魔法なら尚更だ」


「マーギンさんのは何が違うんですか?」


「やってみせようか」


「え、はい」


マーギンは一般的な着火魔法をやって見せる。


右手の指先にポッとロウソクの火が灯ったようなものだ。


「これが一般的な着火魔法。火属性適性がCの場合着火するのに魔力10を使い、火を付けている間も魔力を使う」


「はい」


「で、こっちが俺の販売している着火魔法」


次は左手の指先にシュボーーっと火が付く。


「勢いが全然違いますね」


「だろ?使用魔力も1/10だ」


「え?」


「着火する時に使用魔力は1しか必要がない。持続するのもそれほど魔力は使わない」


「凄いですねぇ。でも50万Gも払う価値は…」


「そうか?試しに両方の火に息を思いっきり吹きかけてみろよ」


アイリスは言われた通りにフーーっと息を吹きかける。一般的な着火魔法はロウソクの火を消すがごとくすぐに消えたがマーギンの着火魔法は消えない。何度もフーーっ フーーーっとしても消えない。


「な、この通りに俺の着火魔法は風に強い。一般的な着火魔法は風に弱い」


「でも火をつけるだけですよね?」 


「お前、室内で着火魔法を使う事を想像してそう言ったろ?室内だと別に火打石でも問題ないんだよ。種火がつけば良いだけだからな。でも屋外ではどうだ?」


「あっ…」


「で、一般的な大人の魔力値は100ちょいしかない。着火に魔力10使ってすぐに消えだらまたつけ直しになって魔力を10使う。風の強い日だとあっと言う間に魔力切れを起こす」


「10回しか使えないって事ですか」


「正確には8回だな。魔力が残り2割を切ると立てなくなる。1割切ったら気絶して、0になったら死ぬ」


死ぬと言われてぞーっとする。


「魔力切れで死ぬのは身の丈に合わない強大な魔法を無理矢理使った時だけだ。実際には魔力が0になってしまうような魔法は発動しない。例え着火魔法だとしてもな」  


それを聞いて安心するアイリス。火をつけた瞬間に死んでしまう可能性を想像したのだ。


「で、俺の販売する魔法書なら屋外で風の強い日でも火がつく。冬場の寒い時に火打石やしょぼい着火魔法で火がつかなかったらどうなると思う?」


「死にますね」


「だろ?普通に暮らしている分には必要のない魔法だけれど、ハンターとかにはあったほうが良い魔法だと俺は思う」


「そう言われてみると本当にそうですね。水を出す魔法も旅先で安心して美味しい水が飲めるから高額なんですね」


「使用魔力も少くて済む分だけでもお買い得なんだけどな」


「そうですよねぇ。でも欲しくても100万Gとか手が出ませんよ」


「これぐらい払えない奴はこんな魔法は必要ないんだよ。そこそこ頑張ってそこそこの生活をすりゃいいんじゃないかな。目標に向かって努力しているやつが今以上になれる為に必要なんじゃないかと俺は思ってる」


「努力ですか…」


「そう。やみくもに努力って言われても何すりゃいいかわかんないだろうから、お前も自分が本当にやりたいことが見つかるといいな」


「マーギンさんは何かやりたいことがあってここまで色々な事が出来るようになったんですか?」


アイリスにそう言われてマーギンは少し黙った。


「俺のやりたいことか…」


「はい」


「俺はな… 努力してきたわけじゃないんだ」


「え?」


「たまたま色々な事が出来るようになっただけで、努力の結果というわけじゃない。そりゃ、実験とか魔道具作りとかはたくさんやってきたぞ。魔物を倒すために訓練や修行もした」


「努力してるじゃないですか?」


「これは努力と人に言えるようなものじゃない。やらされていたのと単にたまたま自分が色々と出来るようになったのが嬉しくてやってただけだ。元は勝手に与えられた能力のお陰だ。人様に自慢出来るようなもんじゃないんだよ」


「でも、凄いのは確かです。マーギンさんに使えるようにしてもらったこの魔法は私にとってはたまたま与えられた物です。でもこれをきっかけに努力したいと思います」


「そっか。なら目標を見付けて頑張れ」


「はいっ。で、マーギンさんのやりたいことってなんですか?」


「ん?やりたかった事か?」


マーギンはやりたい事ではなく、やりたかった事と過去形にした。


「もしかして、もう諦めてるんですか?」


「そうだな… 諦めたと言ったらそうかもしれん」


「どうして諦めたんですか?」


「まぁ、夢物語みたいなものだからな。それに俺一人じゃ無理なんだよ…」


その後、アイリスがしつこく聞いて来たが、マーギンは寂しそうな微笑みを浮かべるだけで答えようとはしないのであった。



翌日マーギンとアイリスはハンター組合に向った。


「ご依頼ですか?」


事務所に入るなり受付担当に声を掛けられる。


「いや、依頼じゃない。この娘はハンター志望なんだけど、どんな仕事があるか先に見てみたいと思ってな」


「そうですか。ではハンターについてご説明しましょうか?」


「聞くだけでもいいか?」


「構いませんよ。これからの季節は暇ですし」


魔物も動物も冬場は活動が落ちる。採集も出来るものが限られている季節だ。ハンターも活動しにくいからそうだろうな。


「では頼む」


と、二人でハンターの説明を聞くことにした。登録手数料は1万Gでこれは身分証の発行費用らしい。で、登録すると国民としての身分が停止され、ハンター証を返却すると国民の身分が復活するとのこと。


「初めにお金が必要なんですね」


「はい。お手持ちが無い場合は仮ハンター証を発行しますので、こちらが依頼するものを無料で受けて頂きます」


「なるほど、金がないやつは身体で払えっとことか」


マーギンがそう言うと受付担当はそうですと笑っていた。


その後、今は依頼が出ていないものも含めて、こんな感じの依頼ならいくらぐらいと教えてくれた。


「ちなみに依頼表が張り出されないやつとかある?」


とマーギンが聞くとニコッと笑って答えない。


「美味しい依頼は組合への貢献度を見て指名するってところかな?」


「ハンターと組合は持ちつ持たれつなわけですよ」


「強いやつには無理な依頼を受けさせることもあるってことだな」


これもニコッと笑って答えなかった。


「色々とありがとうな。こいつは年が明けたら成人するからまた来るよ」


「今でも12歳以上なら見習いハンターとして登録出来ますよ」


「いや、慌てる必要もないから成人してからにするよ」


「はい、ではまた来て下さいね」


このあと、張り出されている依頼を見てみる。


掃除とかのお手伝い系、薬草などの採集系、討伐系、護衛系など業務別に別れているようだ。アニメのようにハンターランクとかは設定されておらず業務内容を見て自己責任で受けるようだ。


ん?


採集系の依頼に残されている依頼。


【雪の花 1本 10万G 100本まで買取可能】


「これ、いつから出てる依頼?」


「11月半ばです」


「だとしたらもう無理だろ。どこかで流行り病が出てるのか?」


「どうでしょう?これから風邪が流行るシーズンですし…」


マーギンの問いかけに返答する受付担当。


「マーギンさん、雪の花ってなんですか?」


「こいつは解熱効能があるんだよ。雪と名前に付いちゃいるが夏に咲く花だ。この時期だと採取するのは無理だろうな」


「へぇ、だとしたらこの依頼をした人困ってるでしょうねぇ」


だろうな。雪の花を採取依頼する奴がこの時期に咲いていないのは承知の上だろう。買取価格がべらぼうに高いのも頷ける。


「この依頼者ヘラルドってどんな人?」


「医者です。こちら側とは反対側の西門近くにあるヘラルド医院の院長さんです」


医者か… それなら尚更雪の花の事を理解しているだろう。それでも高額で依頼を掛けていると言うことはかなり切羽詰まった状況だな。受付担当はまだ知らないだけでインフルエンザか何かが流行ってるのかもしれん。


「この依頼、ハンター見習いでも受けられるか?」


「あ、はい… 採取系は問題ありませんけど…」


「アイリス、見習い登録してこの依頼を受けろ」


「え?」


「いいから受けろ」


「えっ?あっ、はいわかりました」


マーギンに1万Gを出して貰い、アイリスはハンター見習いとなったのであった。


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