年齢のすれ違い
マーギンが家に着いて少しした頃に女将さんがやってきた。
「ん?どうしたの?ここに来るなんて珍しいね」
女将さんがここに来るのは初めてだ。というかこの家に来るのは孤児のあいつらぐらい。
「マーギン、ちょいと話をさせてもらっていいかい?」
なんか真面目な顔の女将さん。取り敢えず中にどうぞと部屋に入ってもらった。
「随分と綺麗にしてるんだねぇ」
「まぁ、そんなに物がないからね。それよりどうしたの?」
「ごめん」
「何が?」
「いや、その娘を雇うと言ったけど無理になっちまったんだ」
「なんかあった?」
「実はね…」
リッカが相当ヘソを曲げてしまったようで、アイリスを雇っても上手くいかないだろうとのこと。
「そっか、なら仕方がないね」
「えーっと、アイリスだっけ?約束をしたのに本当に悪いね」
「い、いえ。無理をお願いしたのはこちらですし、これ以上迷惑を掛けるのは申し訳ないので気にしないで下さい。マーギンさんにはまたご迷惑をお掛けしますけど、早く自分でなんとかしますから」
「そうかい…、本当に悪かったね」
女将さんは本当に申し訳ないと何度も頭を下げた。そして帰りにこそっとマーギンに話をする。
「マーギン、悪いんだけど暫くうちに来ないでおくれ」
「リッカのやつそんなにヘソを曲げてんの?」
「結構マジな感じでダメだね。あんただけが来るなら問題ないだろうけど、二人揃って来たらね…」
「わかった。大将にも気を使わせて悪かったと伝えといて」
「あぁ、ちゃんと言っておくよ」
女将さんが家を出て行ったあと。
「マーギンさん、私のせいで色々とごめんなさい」
とても悲しそうな顔をするアイリス。
「ま、気にすんな。こういう事もあるさ。それよかこれからどうする?飯食って寝るぐらいなら別に問題ないけど、何もすることがなかったら暇だろ?」
「え?」
狼を追い払って助けてくれた時は本当にイジワルで嫌な人だと思っていたのに、王都でまた助けて貰ってからはとても優しくて同じ人だとは思えない。
「うちの店は手伝えないだろうし、手伝って貰っても客が来ないからすることがないんだよなぁ」
「あ、あの…」
「なんだ?掃除や洗濯もする必要ないぞ。魔法ですぐに終わるからな」
「い、いえ… どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?私なんか構う必要無いのに…」
「まぁ、関わっちまったからな。それにここに来た考えが甘かったのはお前のせいだが、その後の事はお前のせいじゃない。子供がどうしようもない時は大人の手助けが必要だろ?」
「子供、子供って、私は来年成人なんですけど」
「なら今は子供じゃねーかよ?違うか?」
「ち、違いません…」
「なら気にすんな。それよりお前、何かしたい事はないのか?こういう所で働きたいとか」
「やりたい事ですか… あまりわかりません」
そうだよな。アイリスが14歳ってことは自分が異世界に召還されたのと同じ年齢だ。あの頃の自分に将来なにになりたいか聞かれてもわからんかったからな。優秀な兄貴と違って俺は漫画やアニメを見て空想の世界に逃げてたからな。
「なら、これは無理とかしたくないとかはあるか?」
「無理な事ですか… あの、娼館はちょっと… それ以外なら特に」
「娼館は嫌か… まぁ、お前が遊女になっても稼げなさそうだしな。ババァもお前は3万とか言いやがったし」
それはそれでショックなアイリス。自分ではそれなりに可愛いと思っていただけに落ち込む。
「ハンターか宮廷勤めとかはどうだ?」
「え?ハンター?宮廷勤め?そんなの無理に決まってるじゃないですか」
「そうか?やってみりゃなれるかもしれんぞ」
「私、戦えませんし、宮廷勤め出来るほど頭も良くありません」
「頭は文字の読み書きと簡単な計算が出来たら問題ない。それぐらいは出来るか?」
「い、一応…」
「ハンターか宮廷勤めが出来るならやるか?どちらも戦闘職になるけど、なりたいなら俺がなんとかしてやる」
「え?」
「どうする?出来るか出来ないかじゃなくて、やりたいかやりたくないかだ」
「戦闘職って本気で言ってます?」
「本気だぞ。まぁ、ハンターだとパーティーメンバーによっちゃ補助役みたいな役割でもいいかもしれん。それでも自分の身を守れるぐらいの能力は必要だけどな」
「ど、どうやってなるんでしょうか?」
ピンと来ないアイリス。
「俺がお前を魔法使いにしてやる」
「え?」
「忘れたか?ここは魔法書店だぞ。生活魔法とか俺が使えるようにしてやる」
「ほ、本当ですかっ」
「その代わり、うちの魔法書は高い。稼げるようになったら代金を払いに来い」
「たしか魔法書って高いんですよね?10万Gとかでしょうか…」
「他の店なら水を出す魔法書でそれぐらいだが、俺の魔法書は100万Gだ。灯りや着火魔法が50万、他はもっと高いな」
「そっ、そんな大きな借金無理ですっ。返せる訳ないじゃないですかっ」
「あのロッカってやつはポンと100万払って水を出せる魔法を買っていったぞ。ハンターで稼げるようになりゃ楽勝なんじゃないか?」
「そんなに稼げるんですか?」
「俺もハンター組合に行った事がないからどれぐらいの依頼をどれぐらいこなしたら稼げるかはよくわからん。何なら明日見に行ってみるか?」
「は、はい… 私は本当に魔法が使えるようになるんでしょうか?」
「大丈夫だとは思うが、念の為鑑定は無料でしてやる。本当は10万G必要なんだがそれはまけておいてやる」
「鑑定?」
「お前の能力値を見るんだ」
「そんなものがわかるんですか?」
「わかるぞ。その代わり、名前とかも見える。それでもいいか?」
なぜマーギンは名前が見える事を確認するのだろうか?はて?とアイリスは疑問に思う。
「あっ…」
何かに気付いたアイリス。
「見られたくないなら止めとけ。着火魔法や水を出す魔法ならたいてい誰でも使えるようになるからな」
「かっ、身体のサイズも見えるのでしょうか?」
顔を真っ赤にして身体のサイズが見えるのかと心配するアイリス。
「アホか… そんなもん鑑定するまでもないだろうが。見りゃだいたいわかる」
マーギンは[私、脱いだら凄いんです]とかの情報は持ち合わせていなかった。しかしアイリスは見た目通りなので問題はない。
「そ、それもそうですね… では見て下さい」
「本当に大丈夫だな?」
「は、はい…?」
マーギンは鑑定の了解をしたアイリスを連れて店に行く。すでに鑑定済だが怪しまれない為のパフォーマンスは必要なのだ。
「この玉に手を置け」
アイリスは言われた通りに手を置く。
名前:アイリスフローネ・ボルティア
年齢:12歳
魔力値:312
魔法の適性は火属性A 闇属性E
あっ、この前はちゃんと見てなかったけど、最低ランクだけど闇属性持ってやがる。これは使える魔法の幅が広がるな。
しかし年齢が12歳か… そうだ、前にも鑑定したじゃねーかよ。どおりで子供のはずだ。来年成人とか嘘じゃねーか。
「お前の能力がわかったぞ。魔力値がかなり高いから魔法使いになれる素質がある」
「ほっ、本当ですかっ」
「あぁ、本当だ。特に火属性の適性が高いから着火や灯り魔法の使用魔力が少くて済む」
自分が魔法を使えるようになれると聞いて喜ぶアイリス。
「で、問題が一つある」
「問題ですか?」
「お前は来年成人すると言っていたが、まだ12歳じゃねーかよ。こんなしょうもない嘘付いてどういうつもりだ?」
「えっ?嘘なんて付いてませんよ。本当に来年15歳になります」
嘘付いたと言われてキョトンとするアイリス。人は自分が嘘を付いている自覚があれば怒るか挙動不審になることが多い。手練れなら平気で誤魔化せるだろうけど、こいつは素直だし感情が表情に現れやすいから嘘を付いている自覚がないと思われる。
何かおかしい。
「ちなみにお前の生まれた月はいつだ?」
「12月の末です」
なるほど、まだ誕生日が来ていないから12歳と出たのか。それでも15歳になるにはまだ丸2年以上先ということになる。ここで泊まらせるのもそんなに長い期間じゃないと予定していたが、2年以上一緒に暮らす事になるのか…
「わかった。嘘付いたと言って悪かったが…」
「いえ、大丈夫です。年が明けたら15歳になりますから、ハンターの資格もすぐに取れますよ」
「年が明けて、年末になってもお前まだ14歳だろ?」
「何言ってるんですか、年が明けたら皆一つ歳を取るんですよ。王都も同じだと思いますけど、1月10日に成人の儀というのがあって、その時に成人として認められます」
これって数え年ってことか… 俺の当たり前は満年齢だからズレが生じるとは誤算だ。もしかして勇者パーティー時代もそうだったのかもしれん…
「わ、わかった。俺の生まれた所は誕生日が来ると1つ歳を取ると数えるからちょいとズレがあったみたいだ」
「へぇ、そんな所もあるんですねぇ」
呑気にそう答えたアイリス。
「しかし、年が明けて成人になったからといってすぐにハンターとして活躍出来るわけでもないだろうから、冬の間に特訓して本格的に活動するのは春になってからになるぞ」
「はい。宜しくお願いいたします」
「あと、今の所、ハンターになる予定で話をしているが、宮廷勤めの方はどうする?」
「もし可能だとしても窮屈そうですし… ハンターの方がいいかなぁって思います」
「宮廷勤めになって活躍すれば、お前を見捨てた父親を見返してやれるかもしれんぞ」
「えっ?」
「アイリスフローネ・ボルティア」
「どっ、どうしてそれをっ」
「だから名前が見えるぞと確認しただろ?まぁ、名前を見る前から何となくお前の状況は分かってたけどな。父親が貴族で母親は庶民なんだろ?」
「は、はい…」
「で、母親が亡くなって王都にいる父を訪ねたら金だけ渡されて帰れと言われた。違うか?」
「は、はひ。その通りです…」
「ちなみに母親の死に目に父親は会いに来たのか?」
「来ませんでした…」
「ならそんな父親のことは忘れろ。もしくは宮廷勤めになって活躍して見返せ。活躍した時に図々しくも我が娘よとか言ってきたら、誰ですか?と言ってこっちから捨ててやれ」
アイリスは泣きそうな顔で少し笑いながら
「活躍した私がお父さんに、誰ですかって捨てるんですか… それは痛快かもしれませんね…」
と言って涙をこぼした。
「お前の好きな方を選べ。それで宮廷勤めを選ぶなら俺も覚悟を決める。お前も相当な覚悟をが必要になるけどな」
「私の覚悟はわかりますけど、マーギンさんの覚悟ですか?何を覚悟するんでしょうか?」
「お前、人を殺す覚悟はあるか?」
「えっ?」
マーギンにとんでもない事を聞かれて固まるアイリスなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます