ちい兄様

「何よっ 何よっ。連れてきたあの娘なんか私よりないじゃないっ」


似たような体系のアイリスに憤慨するリッカ。後悔させてやると戦闘モードになったのにいきなり知らない女の子を連れてきて家に泊めたと聞いて怒りが収まらなかったのだ。


「リッカ、店開けるからこっちに来な」


女将さんに呼ばれて店に出る。


「母さんっ」


「なんだい?」


「あの娘を雇うなら私は働かないからねっ」


そう宣言したリッカに女将さんはヤレヤレどうしたもんかねと呟くしかなかった。



ー騎士隊宿舎ー


「ふはははっ 軽いっ軽いぞ。こんなに手に馴染む剣は初めてだっ」


宿舎の部屋でぶんぶんとマーギンに貰った剣を振り回し、こみ上げる笑みが止まらないフェアリーローズ。


「おい、ローズ。なに騒いでんだ?」


いきなりフェアリーローズの部屋に入ってきた男性。騎士隊の宿舎は男女別に別れてはいない。


「ちっ、ちい兄様」


部屋に入ってきたのは隣部屋の兄だった。


「むっ?お前その剣はどうした?」


支給されているロングソードとは明らかに異なる形状の剣を手にしているローズ。


「こ、これはその…」


「見せろ」


有無を言わせず剣を手に取る兄。


「お前、この剣をどこで手に入れた?」


「こ、これはその… ある人にもう使わないからと貰った物です…」


兄はその言葉を聞きながらブンと一振りした。


「かなり手元に重心を寄せた剣だな。パワーよりスピード重視にしてあるのか、なるほど…」


兄は一振りで剣の特性を見抜き、妹の為に作らせたような剣だと思った。そしてマジマジと剣を見続ける。


「あの… ちい兄様?」


「どこの貴族だ?」


「は?いえ、その… 貴族ではありません」


「こんな貴族が家宝にするような剣を庶民が持っていたというのか?」


ギロリンとローズを睨む兄。


「いえ、あの…入手先は秘密というか内密にしておいて欲しいと言われておりまして… 騎士としてはその… 約束を違える訳にはいかず、ちい兄様とはいえ教える訳には参らぬのです」


「これは盗品じゃなかろうな?」


「まっ、まさか。そのような御人ではないと思います」


「お前は世間知らずだからなぁ… まぁ、盗品でないならないで問題でもあるな」


「問題?何が問題なのでしょうか?支給品以外の剣を使っても問題ないはずでは?」


「そういう意味ではない」


「では何が問題なのでしょうか?」


「お前、これがどんな剣か理解しているか?」


「斬れ味は鋭く折れにくい剣だと…」


「違う、これは恐らく魔法剣や魔剣と言われる類の剣だ」


「え?」


「握った時の違和感というかなんというか… 普通の剣とは違うのだ」


「魔法剣とはなんなのでしょうか?」


「お前、大隊長の剣を見たことがあるだろ?」


「はい、もちろん」


「あれがそうだ」


「え?」


「俺は1度、大隊長の剣を持たせて貰った事がある。その時に魔剣だと教えてもらったのだ。剣の種類は違えど大隊長の剣と握った感覚がよく似ている」


「そ、それは貴重な剣なのでしょうか…」


「当たり前だ。大隊長の剣は陛下から賜ったものなんだぞ。この国に3本しかないと言われている剣だ」


「えっ?」


「今の技術では作れないものらしい」


「そ、そんなに貴重な剣なのですか?」


「俺も確信は持てない。魔剣かどうかを確認する術がないからな」


「魔剣とはなんなのでしょう?」


「魔法剣とも言われるとさっき言っただろ?その名の通り、魔法の力が剣の威力を増幅させるものらしい。例えば炎を纏って敵を切り裂いたり、風の力で遠くまで斬れたりとかだ」


「そ、そんな事が本当に出来るのですか?」


「ちなみに大隊長の剣は風の力を纏わせられるらしい。1度に複数の敵を巻き込んで斬ると言っていた」


「こ、これが本当に魔剣だったとすれば…」


「一大事だな。大隊長にバレたら入手先を必ず問いただされる。お前は大隊長に入手先を聞かれて言えぬと言えるか?」


「そっ、それは…」


「出来ないならその剣を人前で抜くな。隊長クラスでも見れば気付く人もいるかもしれん」


「この剣は使えないのですね…」


ローズはがっくりと肩を落とす。


「それの持ち主とはまた会う機会はあるのか?」


「はい、次の非番に図書館に案内する日を決めようと思っております」


「図書館に?そいつは図書館で何をするつもりだ?」


「地図を見たいのだそうです」


「地図か… まさか他国の者じゃなかろうな?」


「は、はい。異国人であります」


「お前、利用されたんじゃないのか?怪しすぎるぞ」


「いえ、ただ大陸の形を確認したいそうで、詳細な地図でなくて良いと言ったもので…」


「大陸の形の確認だけだと?」


「はい。それであれば問題ないかと思い約束をしてしまいました」


「貴族でないなら簡単に貴族街に入れないのはどうするつもりだったんだ?」


「うちの馬車を使えば入れると思いました」


「家の馬車を使うのか…」


兄は考える。妹のローズは世間知らずだ。この話は非常にまずい気がする。


「あ、あの…ちい兄様」


無言で考え込む兄にローズは声を掛けた。


「なんだ?」


「これをくれた者は私の立場が悪くなったりするのであれば断ってくれて良いと言いました。剣を渡したからと無理にお願いする気はないと」


「は?剣をやるから地図を見せろと言ったのではないのか?」


「成り行きで私が悩んでいる事を話したら私向きの剣があると言ってくれたのです。見るからに高価な剣だったので1度は断ったのですが、私と同じぐらいの背丈の時に使っていた物で、もう使うことはないと。この剣もずっと使われずにいるより誰かに使って貰える方が幸せだろうと言ってくれた物なのです」


「なるほどな… しかし、他意があるかどうかはお前の話だけだと判らんな。その者はこの剣が魔剣だとは言ってなかったのか?」


「波紋の美しさは喜々として語ってくれましたが、魔剣だとは一言も…」


「波紋の美しさか。確かに妙に吸い込まれるような美しさがこの剣にはある。魔剣でなくても名剣であるのは確かだな」


「はい。この剣を見ているととても嬉しくなります」


「そうか。わかった」


兄が理解してくれたようでほっとするローズ。


「次に会う時にこれが魔剣かどうか確認しろ」


「わ、わかりました」


兄の勢いからもっと問い詰められるかと思ったが、あっさりと理解してくれたので安心したローズなのであった。




ー魔法書店ー


アイリスと共に家に帰ってきたマーギン。


「あの…」


「なんだ?」


「ごめんなさい。私のせいで揉め事になってしまって」


凄く迷惑をかけている事がわかっているアイリスは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。しかし、お金も知り合いもない今はマーギンに頼るしかない。


「気にすんな。リッカとはいつもあんなもんだ。それよかお前、本当に俺の家に泊まってて大丈夫か?女将さんの嫁に行けなくなるってのは冗談だとは思うけどさ」


「だ、大丈夫です。嫁に行く予定もありませんので」


アイリスは領地で自分が腫れ物扱いされていたのを理解していた。父である領主が領民の娘に手を出して生まれたのがアイリスだ。


父は春先から秋まで領地におり、秋から春までは王都で暮らしていた。そして本妻は王都の屋敷におり、本妻はアイリスを娘とは認めていなかった。


父は領地に来ると必ずこそっと会いに来てくれてアイリスの事をとても可愛がってくれた。そして何か困った事があればボルティア家の紋章を見せなさいとペンダントも渡されていたのだ。


領民には表向きは秘密にしていたがそれは公然の秘密であり、領民で知らぬ者はいなかった。その結果、アイリスは腫れ物扱いになっていたのである。



「まだ子供なのに嫁に行く予定が無いのは当たり前だろ?」


「いえ、私は多分誰とも結婚なんか出来ないんですよ…」


そう言ったアイリスを見てマーギンは何となく領地での生活が想像出来てしまった。貴族の娘ではあるが貴族ではないような存在。庶民が迂闊に近寄れば火傷するかもしれない娘ってやつか… まったく貴族制度ってのは今も昔も厄介だ。こんな制度なくせばいいのに。



ー勇者パーティ時代ー


「ミスティ、貴族制度って面倒だよな」


「いらぬことを言うな。ここでは誰の耳があるか分からぬのだぞ」


「気配察知して誰もいない事は確認済だ」


「それでもじゃっ。迂闊な事を言っているといつか不敬罪に問われるやもしれんのだぞっ」


「そんなの返り討ちにすりゃいいじゃん?」


「お前は国を敵に回すつもりかっ」


「殺られそうなら反撃すんのは当たり前だろ」


マーギンがそう答えたらミスティはいつにもなく真面目な顔した。


「マーギン」


「な、何だよ…」


「お前は魔法を何だと思うておる?」


「そ、そりゃ便利な力だと思ってるさ。敵も倒せるし、手でやるのが面倒な事もらくらくと出来る便利な力」


「マーギン、魔法とは人を幸せにする力じゃ。確かに敵を倒す力でもある。しかし、その力に溺れるような事にはなるな」


「な、なってないって」


「いやお前が今のままならそうなる。いつか気に食わないとか下らん理由で魔法で人を殺すようになるのじゃっ」


「なっ、なるかよっ」


「そうか?もし今の話を聞かれておって不敬罪で処分するとなったらどうなる?」


「そ、そりゃ反撃するとは思う。でも自分の身を守る為ならしょうがないだろ?」


「お前が反撃したら、他の衛兵がお前を処分しにくる。それも反撃したら次は軍隊が出動するじゃろう。それすらも殺し続けるのか?いったい何人殺せばよいのじゃ?」


「そ、そんなの理不尽に処分してこようとするやつが悪いんじゃないかよ」


「衛兵も軍も命令されての行動じゃ。嫌な奴もいるじゃろうがいい奴もいるじゃろう。もしかしたら酒を飲み交わして一緒に遊べるような気の合う奴かもしれん。お前はそういう者すら殺していくというのか?」


「じゃあ黙ってこっちが殺されろって言うのかよ?」


「違う。そうなるような状況を作るなと言っておるのじゃ。命令された者もお前を処分するのはきっと嫌じゃろうて」


マーギンはミスティの言うことがわかったようなわからないような気持ちだ。


「じゃあさ、貴族制度とか無くせば不敬罪とかになることないじゃん?」 


「それが迂闊な言葉じゃと言うておるのじゃ。この国は貴族制度で成り立っておる。それを批判するような事が不敬罪になると何度言うたらわかるのじゃっ」


マーギンを怒鳴りつけるミスティ。

貴族制度のなかった国で育ったマーギンは貴族というものを理解出来ていない。単に偉そうな奴らとしか認識していないのだ。


「えーーっ。ならさ、魔王討伐が終わったら役目は終わりだろ?そしたら二人で国作ろうぜ」


「お前はいったい何を言うておるのじゃ?」


突拍子もない事を言い出すマーギンに困惑するミスティ。


「いやさ、孤児とか働き口がないとか生きるのに苦労してる人いっぱいいるじゃん。どうせこの国もそういう人はいらないだろうからさ、そいつら集めて国作ればいいじゃん。で、珍しい魔道具いっぱい作って皆で儲けて楽しく暮らせばいいと思うんだよね」


「そんな夢物語みたいな事を…」


「そうか?俺とお前がいたら何とかなると思うぞ。ほら想像してみろよ、世界一の魔法都市でさ、便利な魔道具に囲まれて不敬罪とか言われる事がない自由で楽しい国をさ」


その後もマーギンはこれはこうで、これはこうしたらとか無邪気に世界一の魔法国家だとこういう仕掛けがあったらいいなとか話すのであった。


「まったくこやつは…」


ミスティは呆れつつも、マーギンが二人でやれば出来ると自分を含めて言ってくれた事がとてつもなく嬉しかったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る