きっちり使わされる
「あっ、あの…」
「なぁにお嬢ちゃん」
「お付き合い下さってありがとうございます」
シシリーはマーギンにベッタリと腕を組んだままアイリスをお嬢ちゃんと呼んだ。
「いいのよぉ、外食なんて引退してから久しぶりだもの」
現役時代は売れっ子だったシシリー。引退するには早い年齢だが常連の男が身請けしてくれる予定が流れたのをきっかけに引退したのだった。現役時代は客が連れ出してご飯を食べに行ったりするのはよくあったようだ。
「あの…」
「なぁに、お嬢ちゃん?」
「わ、私はアイリスといいます」
「そうなのぉ、良い名前ねぇ。私はシシリーよ、アイリスお嬢ちゃん」
アイリスはお嬢ちゃん呼びを止めて欲しくて名のったのだがシシリーはお嬢ちゃん呼びを止めてくれなかった。
マーギンはアイリスの服を買うのに高級店に連れていくのではと覚悟をしていたが、予想に反してド庶民服の店に連れて行ってくれた。
「はい、お金はマーギンが払ってくれるみたいだから好きなの選んでねぇ。特に下着はたくさんあったほうがいいわよぉ。これなんてどうかしらぁ」
シシリーはそう言って子供向けのカボチャパンツを手にした。マーギンはそんなやり取りを知らずに店の外で待つことに。
そう、女性の買物に男は不要。仮にこれはどうかと聞かれてもわからないし、どっちがいい?と聞かれて下手にこっちが良いとか言うと、わかってないと怒られるのはミスティで経験済だ。
長い…
ちゃっちゃと終わるとは思っていなかったがこれほどとは…
昼過ぎまで掛かった買い物がようやく終わり、支払いをする。
「合計で17万Gになります。端数はオマケしておきましたので」
は?
オマケしておきましたとニコニコと笑う店員。
「ここ、庶民服のお店だよね?」
「はい。少々お高めの服も置いておりますので。お買い上げありがとうございますぅ」
服は娼館に届けておくとのこと。
そしてシシリーの案内で来たのはレストラン。こんな服で入って良いのだろうか?と思わせるような店だ。
「シシリー様、お久しぶりですね」
「本当ねぇ。個室いいかしら?」
「はい」
気になった服装も過去に常連だったシシリーの顔パスのお陰で個室にご案内。で、渡されたメニューには値段が書いていない。なんて恐ろしい…
「オススメはこれとかこれよぉ。お酒はこれにしようかしら。アイリスお嬢ちゃんはジュースねぇ」
シシリーに言われるがままに注文をした。ランチコースだけど豪勢だなこれ。
「旨っ」
「美味しいですっ」
前菜から始まり、スープとかも美味しい。肉は牛肉だけどフィレの様で柔らかくてとても旨い。
「でしょう?貴族街はわからないけどぉ、多分庶民街ならここが一番美味しいんじゃないかしらぁ」
一番美味しいと言うよりも一番高いの間違いではなかろうか?
料理とお酒を堪能して終了。
お支払いは30万G。これでもワイン1本はサービスで付けてくれていたらしい。なんて恐ろしい店なんだここは…
「いいお店だったでしょう?庶民でも貴族になった気になれるお店なのよぉ」
どうやらシシリーは俺が魔結晶を50万Gでババァに買い取ったのを見ていたので、きっちり無くなるように計算したようだ。3万G浮いたのは店がワインを1本サービスしてくれたお蔭だろう。リッカの食堂ならこの余りで1ヶ月毎晩飲み食い出来るぞ…
しかし、その余りのお金も帰り道にあれやこれやと買わされて無くなったのであった。
ーマーギン達がアイリスの服を受け取った後ー
「全部使ったのかい?」
「全部使わせたわよ」
ババァはそう答えたシシリーにフンッと笑う。
「マーギンも見知らぬ娘を連れて来るぐらいになったんだ。ようやくふっ切れたんだろうよ」
「そうねぇ。あまり人と関わろうとしなかったものねぇ」
「あれから3年も経つんだ。そろそろこの時代に馴染んで来たんだろ。タバサも逝っちまったんだからこっちに義理立てせずに好きな所で活躍すればいいものを」
「そうねぇ。あんな場所で魔法書店をやっているより中央の繁華街で魔道具店やる方がいいんじゃないかしらぁ?」
「本人は面倒だから嫌だとか抜かしてるわい。孤児とかもほっときゃいいものを…」
「タバサが孤児達を気にかけてたから同じような事をしてるんでしょぉ?」
「魔法書が売れたら殆ど孤児院に寄付しとるようだな。お陰で見習いにくる奴が減って商売上がったりで迷惑なこった」
やり手ババァはフンッとそう言い放ったが、娼館に来ざるを得ない子供が減るのは良い事だと心の中で呟いたのだった。
ババァに報告が終わった後、シシリーは自分用にこそっと混ぜておいた高い服をマーギンに買って貰ったものとして嬉しそうに部屋に持っていったのであった。
「あの…、服とかありがとうございました。頑張って稼いでお金は返しますので…」
「お前みたいな子供からお金を返してもらおうとは思ってない。それより稼いで地元に帰る金を貯めろ」
「か、帰るつもりはありません…」
「は?王都で親に会ってもらえなかったんだろ?もう用事は済んだんじゃないのか?」
「母が亡くなったので、帰っても誰も私を待ってはいませんし…」
これ以上話を聞くと重くなりそうだとマーギンは聞くのを止めた。そして話を止めたマーギンは無言でスタスタと歩く。
「今どこに向かってるんですか?」
「リッカの食堂。俺の知り合いの店だ。雇ってくれるか聞いてやる」
「え?」
「未成年だと働ける場所があんまりないだろ?飛び込みで雇って貰える場所なんてそうそうないぞ。あったとしても殆ど給料なんて貰えねぇみたいだしな。リッカの食堂もそんなに給料が良いわけじゃないだろうけど、知らない店で搾取されるよりマシだ。嫌なら自分で探せ」
「お、お願いします」
ーリッカの食堂ー
「いらっ… 誰よその娘?」
笑顔で対応を仕掛けたリッカはマーギンが女の子を連れているのを見て一気に不機嫌になる。
「迷子だ」
「は?」
説明するのが面倒なマーギンはリッカにそう言い放ち、大将を呼んで来て貰った。今からちょうど夜の営業に向けて店を閉める時間なのだ。
「その子がロッカ達が言ってたマーギンが狼を追い払った子か」
「そう。荷物を盗まれたみたいでさ、お金も行く当てもないんだよ。住み込みで雇ってやってくんない?」
「確かに手が足りないっちゃ足りねぇんだが住み込みってのがぁ… 空いてる部屋がねぇんだよ」
「あっ、あのっ。泊まる所はなんとかします」
「は?なんとかするってどうすんだよ?」
「テントもありますし」
「それも盗まれただろうが」
「あっ… そうでした」
テントも盗まれてしまった事を思い出し、しゅんとするアイリス。
「リッカ、あんたこの子と同室でもいいかい?」
訳ありの事情を理解した女将さんがリッカの部屋に住むのはどうかと提案。
「いっ、嫌よっ」
「それじゃ仕方ないねぇ。悪いけど住み込みは難しいかねぇ」
「そうかぁ…」
マーギンもリッカが相部屋を嫌がるのは理解出来る。いきなり知らない人と同じ部屋で寝るのは誰だって嫌だろう。
「あ、あのっ。雇って頂けるだけでありがたいです。寝る所はなんとかしますので」
「あのなぁ、何とかなるわけないだろ?それにこれから冬本番になるんだから。ちっ、しょうがねぇ。住むところが決まるまでうちに泊めてやる」
「ちょっとマーギンっ。女の子を家に泊めるってどういうことよっ」
見知らぬ女の子を家に泊めると言い出したマーギンに怒るリッカ。
「だってしょうがねぇだろうが。ここで、わかった、寒いだろうけど外で寝ろよとか言えんのか?」
「そっ、そりゃそうだけどっ。ダメなものはダメなのっ」
「俺の家にリッカが口を出す話じゃないだろ?」
「こっ、この娘がマーギンに襲われたらどうすんのよっ」
「襲うかバカっ。それに襲うつもりなら昨日襲ってるわ」
「え?」
「あ、あの… 昨晩泊めて頂きましたが何もされませんでした」
すでに昨日泊めたと聞いてリッカはキッとマーギンを睨んだ。
「このスケベっ」
バシンっ
リッカはマーギンにビンタをして奥へ引っ込んでしまった。
「あんたねぇ…」
呆れる女将さん
「だって見付けたの昨日ここから帰る時だぞ。宿が開いてる時間でもないからしょうがねぇじゃないか」
「マーギン、本当にこの娘と一緒に住むつもりか?」
大将も真面目に聞いてくる。
「1日2日なら宿代出してやってもいいけどさ、こいつは王都に住むつもりみたいだから、金貯めて住む所が決まるまで宿代払い続けるのももったいないだろ?」
「しかし…、同棲するってのもなぁ。この娘が嫁に行けなくなるかもしれんのだぞ。お前、責任取れんのか?」
「何で嫁に行けなくなるんだよ?」
「マーギン、あんたはそんな気がなくても周りはそう思うもんなんだよ。男と住んでたら勘違いされるのも当然さね」
「だとよ、アイリス。お前俺と結婚する気はあるか?」
「えっ?あのっあのっ そんな… 急にそんな事を言われても」
結婚するかと聞かれて真っ赤になるアイリス。
「冗談に決まってるだろ馬鹿」
べシン
「何で叩くんだよ?子供に向かって結婚するかとか聞くわけねぇだろうが」
ゴスッ
「マーギンっ。子供でも女は女なんだよっ。言って良い冗談と悪い冗談があるってわからないのかいっ」
女将さんに殴られたマーギンは子供は子供だろとブツブツ言っているのであった。
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