馬鹿者との出会いその4

「あ、ありがとうございました…」


女性達にお湯を貰って飲んだ少女はまだ震えている。


「どうしてあんな離れた所にテントを張ったんだい?女一人で野営するときゃ、他に女がいるテントのそばに来るのが常識だろ?」


「え?」


「はぁ、あんた何も知らないみたいだね。そもそも女一人で旅するのが間違ってるんだ。どうしても女一人で旅する時は夜間には移動しない、馬車に乗る、テントを張る時は他の女性がいる所にテントを張るってのが常識なんだよ。今みたいに襲われてからじゃ遅いんだよ」


「ご、ごめんなさい…」


少女はあの男の言った事が常識なのだと認識した。


「今夜はここに泊まるといいさ。あいつらがまたおかしな事をしないとは限らないからね」


「ありがとうございます。私はアイリスフローネ・ボル… アイリスと言います」


少女はフルネームを名乗ろうとして止めた。


「いい名前だね。私はロッカ」


「うちはバネッサ」


「私はシスコよ」


「あの、皆さんは…」


「私達はハンターをしてんるだよ。星の導きってパーティーでね」


「ハンターさんでしたか」


「そ、うちらは王都のハンター組合所属でね、最近、ライオネルまでの街道や村近くで魔物が出たって聞いて調査しにきてんだよ。お前どっから来たんだ?」


バネッサがあぐらをかいたような座り方でアイリスに尋ねる。


「ライオネルから王都に向かう途中です」


「なら途中で魔物を見なかったか?」


バネッサの問いかけにアイリスは街道で野営していて狼に出食わしたことと、見知らぬ男が狼を追い払ってここまで連れて来てくれた事を話した。


「剣も持たずに狼を追い払っただと?」


「はい、鍋を叩いて追い払いました」


3人はヒソヒソと話をする。


「どんな男だった?」


ロッカは詳しく話を聞いてきたので少女はマーギンがどんなに嫌な奴だったか溜まった不満を吐き出すように話した。


「で、どこから出したか分からない水に500G払わされたんですっ」


「どこから出したかわからない?」


「はい。私の荷物を持ってくれたんですけど、それもどこに持ってるかわからなかったんです」


「そいつはリュックかカバンは持ってなかったのか?」


「手ぶらでした」


「ロッカ、それもしかして…」


シスコが真剣な表情をする。


「あぁ、マジックバッグかと思ったが手ぶらだとそうじゃなさそうだな。もしや、収納魔法が使えるやつなのか?」


「収納魔法ってなんですか?」


「収納魔法ってのは魔法で荷物を別空間に保管出来る魔法だ。そいつはどこに向った?」


「王都に戻ると言ってました」


「バネッサ、王都で収納魔法が使える奴がいるとか聞いたことがあるか?」


「いや、知らねーな。貴族のお抱えとかならうちらが知らないのは無理ねーけどな」


「アイリス、そいつの風貌はどんな感じだ?貴族っぽかったか?」


「いえ、普通の人でした。黒髪、黒目は珍しいなとは思いましたけど」


「黒髪?異国人か?」


「ごめんなさい、私は離れた領地から来たのでわかりません」


「そうか。それと500G払わされた水はそのまま飲めたのか?」


「はい。喉が乾いていたので美味しいとは思いました。水筒にもまだ残ってますよ」


ロッカ達は少女のテントや荷物を回収しがてらその水筒の水を飲ませて貰うことにした。


「結構荷物持ってるな」


「はい、そこそこ長旅でしたので」


そして水筒の水を飲んでロッカは驚く。


「お前らもこれを飲んでみろ」


バネッサとシスコも水筒の水を飲む。


「井戸の水よりずっと美味しいわね」


「アイリス、そいつはこの水を何も無い所から出したんだな」


「えっ、あ、はい」


「私も水を出すから飲んでみろ。煮沸しなくても問題ない水だが…」


ロッカはコップに魔法で水を出した。


「飲めなくはないですけど、美味しくはないです…」


「だろ?水魔法で出す水はたいていこのような味だ。少し埃臭いというかなんというかこういう味だ。これでもそのまま飲める分マシなんだぞ」


「そうなんですか。でも魔法で水が出せるなんて凄いですね」


「いや、お前を助けた男のはもっと凄いぞ。シスコ、バネッサ、王都に戻ったらこの男を探してみないか」


「あら、いいわね。黒髪の人なんて探せばすぐにわかるんじゃない?」


「だな」


「あ、あの… その人凄いんですか?」


「あぁ、この水を出せる魔法をどこで手に入れたか是非教えて貰いたいものだ」


「でもすっごい意地悪な人ですよ?夜の森の中に水場を探しに行けとか、荷物持たせるなら金払えとか」


「お前さぁ、文句ばっかり言ってんけどよ、そいつに助けて貰ったんじゃねーの?」


バネッサが呆れてそう言う。


「た、確かに助けては貰いましたけど、この村まで延々と走らされたんですっ。それに村に着いた途端に、ここで人のいる近くで野営しろ、水の確保は事前にしとけっ、金が無いなら荷馬車の手伝いをして乗せてもらえって言って自分だけ次の村に行っちゃったんです。この水もお金が無い私から500Gも取ったんですよっ」


やれやれと手を広げるバネッサ。


「払わされた金ってこれか?」


バネッサは水筒袋の底に入っていた銅貨をチャラチャラと手の上で踊らせた。


「え?そんな所にお金を入れた覚えは…」


「その金取った男ってやつは金を払わせる気はなかったんだろうよ。だからこうしてお前にこそっと返したんじゃねーのか?」


「えっ?」


「ふーん、なかなか憎い男だ。ますます興味が湧いて来たな」


ガサゴソガサゴソ


「なっ、何してるんですかっ」


アイリスの大きな背負いカバンを漁るバネッサ。


「お前、食物は干し肉が少し残ってるだけっていってたよな?」


「え、あ、はい」


「これは食物じゃねーのか?」


バネッサは袋に入ったビスケットのようなものを出してヒラヒラとさせる。


「なんですかそれ?」


「これは携帯食だな。しかもドライフルーツ入の高くて美味しいやつだ。1つで1日分の栄養がある。これが5つ。これに干し肉と水がありゃなんとか一週間は耐えられる」


「え?」


「後は…」


ガサゴソ


「おっ、良いもん持ってんじゃねーかよ」


バネッサが次に取り出したのはマーギンが渡した魔道ライト。


「あっ、それ返し忘れてました」


「なんだよ、これもその男のものかよ?」


「そうです。夜の森に水場を探しに行けって渡されたんですっ。それに魔結晶が残り少ないかもしれないから途中で消えるかもしれんって」


「魔結晶?魔石じゃなくか?」


「え?あ、はい」


魔結晶と聞いてバネッサは魔道ライトの後ろを開けた。


「デカいな…」


「もう残り少ないんですよね?」


そう言ったアイリスにバネッサはポリポリと頭を掻く。


「お前、魔結晶の価値は知ってるか?」


「魔道具を動かす為のものですよね?」


「通常、この程度の魔道ライトなら魔石を使う。魔結晶は同じ大きさでも何十倍も値段が高いんだ。この大きさの魔結晶なら何日灯りを点けていても平気な代物だろうな。売れば2〜3ヶ月は生活出来る程度の金になる」


「え?」 


バネッサは魔結晶を入れ直してライトを点けてみる。


(なんだよこれ、めちゃくちゃ明るいじゃねーかよ… こんなの見たことねぇぞ…)


「お前を助けた男にもっと感謝しろよ。これも返し忘れたんじゃなくお前に持たせてくれたんだよ。お前がちゃんと王都にたどり着けるようにしといてくれたんだろ」


「そ、そんな… 物凄く意地悪で嫌な事を言う人だったのに…」


「ばーか、そいつの言った事は何も間違っちゃいねぇよ。荷馬車の手伝いをしてタダで乗せてってもらうのはお前に取っちゃ最善の方法だろうが」


アイリスはバネッサにそう言われて黙ってしまったのだった。



ー翌朝ー


「じいちゃん、ばぁちゃん。お世話になりました。野菜仕入れてから帰るよ。この村のネギとかも旨かったからね」


「おお、ネギ作っとるやつもそう言って貰えると喜ぶだろうよ」


「この村はトマトやキュウリも美味しいからね。その時期にはまた来ておくれ。色々とお土産ありがとうね、冬の間にありがたく頂くよ」


老夫婦にお別れの挨拶をしてマーギンは野菜を仕入れにいく。王都にも納品しているだろうが村で直接買うほうが安いのだ。



「こんなに持って帰れるのか?」


「大丈夫大丈夫」


ネギを大量に買い込んだマーギン。王都で買うよりはるかに安い。桁間違ってないか?と思うぐらいだ。


「トマトやキュウリを作ってる人を紹介してくんない?」


「そりゃいいけどよ、今トマトもキュウリも無いぞ」


「いや、仕入じゃなくてサンプル品を渡したいんだよ」


サンプル?と不思議そうな顔をされたけど、トマトやキュウリを作ってる人を紹介してもらった。


サンプル品とは魚粉肥料だ。


「へぇ、魚を粉にしたものが野菜を旨くするのか?」


「多分。次の時に試してみてよ。少しだけ土に混ぜて使ってみて。もしそれで効果があって気に入ってくれたらライオネルの漁師が作ってるから」


「ライオネルからか。もし次に買うなら商人に買い付け頼めばいいんだな?」


「うん。まだたくさん作れてないかもしれないけど」


「おぉ、わかった。春になったら試してみるわ」



これで漁師頭の所の営業も終わり。王都に戻ろう。娼館のババァも土産が遅いと怒ってそうだからな。


マーギンは冬の前の仕入れを終えて王都に戻ったのであった。



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