星の導き

王都に戻ってきたマーギンはリッカの食堂へ向う。


「なんだ、帰って来たの?」


ツンで対応するリッカ。


「何だとは失礼だな。大将、ネギ大量に仕入れてきたけどいる?じゃがいももたくさんあるけど」


「おお、どっちもいるぞ」


「じゃ、じゃがいもは日持ちするから大量に、ネギは日持ちする分だけ置いていくよ。晩飯は後で作りにくるわ」


「お、なんか旨そうなもの仕入れてきたのか?」


「マーギン、言っておくけど毒魚は食べないからね」


フグは食わないぞと言う女将さん。


「鴨だよ。鴨ネギ鍋にしようかと思ってるんだけど?」


「あらぁ、いい子ねぇ」


女将さんは鴨が好きなようだ。


「マーギン、あんたが居ない間に2回綺麗な女の人があんたを探してここに来たけど、どういう関係?」


機嫌の悪いリッカ。


「綺麗な女の人?」


「そう」


「いや、心当たりがないぞ」

 

マーギンはあまり知り合いがいない。顔見知りなのはここの3人と娼館の遊女達。といっても娼館に頻繁に来ても実際には遊ばないマーギンにはババァが遊女を近付けさせないから顔を知ってるぐらいだ。あとは貧民街のガキ共達ぐらい…


はて?と首をかしげるマーギンに


「背の高い美人よ。本当に心当たりがないのっ?」


リッカが怒った顔をぐいっと顔を近付けて聞いてくるのでチューっと唇を伸ばしてみる。


「うちの娘に何しやがんだっ」


ゴスッ


娘にチューしようとしたマーギンにげんこつを食らわす大将。


「おーいちちち、冗談に決まってるだろうが。誰がこんなガキにチューするんだよ」


ベシンっ


今度はリッカにビンタを食らうマーギン。


「私はガキじゃないわよっ」


「ガキじゃん」


マーギンはリッカに向って胸の前で両手をストンと落とした。


ゴスッ


今度はグーでいかれるマーギン。いらぬことを言う癖は抜けていない。


「た、大将、娼館に行った後にまた来るわ…」


「スケベっ」


マーギンはリッカにべーっとされながら娼館に向かった。



「随分と遅かったじゃないか。どこかで野垂れ死にしたかと思ってたよ」


相変わらず口の悪いババァだ。


「ほら、魚の干物と途中で狩った鴨だ。鍋にでもして食ってくれ」


「これっぽっちかい?」


「これっぽっちって、鴨が10もありゃ足りるだろうが」


「ふんっ、どうせなら群れごと狩ってきな」 


「全部狩ったら鴨が居なくなるだろうが」


魔物はともかく、普通の獲物は乱獲してはダメなのだ。


「鴨なんざいくらでもいるさね。群れ1つ狩ったぐらいで減りゃしないよ」


確かにそうかもしれんが、鴨を狩って生計を立てている人もいるんだぞ。


「じゃ、置いとくからな」


「次はもっと良いもの持ってきな」


「はいはい」


相変わらず憎まれ口を叩くババァだが身内には優しい。売れっ子でない遊女やデビュー前の下働きの娘が高価な鴨肉を口にできる機会は無い。恐らくそういう娘達に食わせてやるのだろう。



手土産を渡し終わったマーギンは自宅兼魔法書店に戻った。


はぁ、疲れた。風呂に入ろう。


身体を洗浄魔法で綺麗にしていても風呂に浸かるのとは別だ。


湯船にゴボゴボとお湯を魔法で出して浸かる。


はぁ、生き返るわ。


マーギンがとろけるような声でそういった時に。


「相変わらずマーギンはオッサンだな」


「うわぁぁぁっ 勝手に入って来んなっていつも言ってるだろうがっっ」


いつの間にか風呂場に入ってきたのは貧民街の子供達。こいつらの気配絶ちは侮れない。小さな頃から隠れて暮らしている間に身に付けた能力だ。


驚いたマーギンにキャッキャ喜んだガキ共が一緒に風呂に入って来る。


「こらっ、いつも身体洗ってから入れって言ってんだろうが」


「いいじゃんかよ。寒いんだよ」


この子供達はマーギンがここに魔法書店を開いた時から時々遊びに来るガキ共だ。男3人の孤児達。1度ご飯を与えたら懐いてしまったのだ。


親の愛に飢えている子供達は湯船の中でマーギンの膝の上に座り、頭を洗ってもらったりするのが嬉しいのだ。


「お前ら、何してたらこんなに汚くなるんだよ?」


もう湯船の湯が黒い。3人を洗い終えてからもう一度湯を張り直す。


「しょうがねーじゃんかよ。寝る所が汚いんだから」


「あとねー、ネズミ捕るのに床下に潜ったりするからー」


ネズミは孤児達の大事なタンパク源だ。臭みはあるが食べられない肉ではない。炊き出しのご飯だけでは食べたり無いのだろう。


「腹減ってるのか?」


「そんなのいつもだぜっ」


と、威張る子供達。


「なら、リッカの所で一緒に飯食うか?今日は俺が作るから大将達も文句は言わんだろ」


「マジで?ヤッタァ!!」


飯屋で飯を食わせてやると言うと大喜びの3人。コイツらをもう少し大きくなるまで面倒を見てやっても良いのだが、時々こうして飯を食わせるぐらいしかしていない。一生、面倒を見てやれるわけでもないし、他にも飢えた子供達はいる。それにそこまでしなくてもこの子供達は十分たくましく生きているのだ。


風呂から出て、汚い服に洗浄魔法を掛けてからリッカの食堂に子供達を連れていく。


「マーギン、子供達を連れて来たのかい?」


「あー、たまたまな。ほら、お前らあっちの隅に座れ。これ飲んで大人しくしてろよ」


マーギンはフリーズドライのように作ってあるスープをお湯で戻してやる。


「旨っめぇぇ」


3人はスープに大喜びだ。


マーギンは厨房に行き、鴨ガラでスープの元を作っていく。


「何味にするんだ?」


「普通に塩味だよ」 


「すき焼きってやつじゃないのか?」


大将はマーギンが作る醤油ベースのすき焼きを食べたことがあるのだ。


「すき焼きにして他の客から同じものリクエストされたらどうすんだよ?」 


「そ、そりゃそうだがよ…」


とても残念そうな大将。


「今日は普通の塩味。ガラから出汁取るし、甘いネギもあるから十分だろ」


マーギンは夕方の開店前に間に合うようにせっせと準備をしていく。


「後は煮ながら食べよう」


「閉店後なら飲めるのによ」


「そんな遅い晩飯はやだよ。飲みたいなら閉店後にまた来るよ。ちょっと聞きたいこともあるし。そんときゃ鴨ネギマで飲もうか」


「おっ、いいなぁそれ」


大将のご機嫌は直ったようだった。



「いっただきまーす」


これはマーギンが子供達に教えたご飯前の挨拶だ。


「旨んめぇっ」


喜んでガツガツ食う子供達を大将も女将さんも優しい目で見ている。皆、子供達に何かしてあげたいと思ってはいてもそこまで生活に余裕がないのだ。


ガツガツガツガツ


その子供達に混じってがっつくリッカ。やっぱりガキじゃねーかよ。


「ふんっ、まぁまぁね」


ポコタン腹になってるくせによく言うわ。


「あー、もっと食いたいのにもう食えねぇ。口からネギが出そう」


「お前らよく食ったな」


「マーギン、腹いっぱいでもう動けない。帰りおぶっていってくれよ」


「甘えんな。もうすぐ夕方の開店時間だから帰るぞ」


「頼むぅ〜。今歩いたら吐く」


マーギンはやれやれとおんぶと抱っこと肩車で子供達を連れて帰ったのであった。



「マーギンは良いお父さんになりそうだね」


「そうだな。あいつは誰かと一緒になるつもりはまだねぇみたいだけどよ」


子供達に勿体ないから吐くなっと怒鳴りながら帰って行くマーギンを見送る大将夫妻。見送った後店の中に入ると


「吐きそう…」


リッカも口からネギが出そうになっているのであった。



ーその夜のリッカの食堂ー


「なんだと?街道に狼が出たのか」


大将と鴨のネギマをつまみに酒を飲むマーギン。


「それもかなり痩せててな、群れも小さくて5匹しかいなかったんだ」


「そりゃ、なんかに縄張り争いに負けて追い出された口だな」


「やっぱそうだよな」


「ここにくるハンターの奴らもこの時期に魔物の討伐依頼や調査が増えてるって喜んでたからな。どっかに強ぇ魔物が出てるのかもしれんな」 


この世界は魔物と動物が混在する。強さ的には魔物の方が上だ。大将の推測は森の奥深くに強い魔物が現れ、そこから順繰りに弱いものが押し出されてるんじゃないかとのこと。


「近隣の村とか大丈夫かな?」


「どうだろうな。王都は壁で守られてるし、衛兵もハンターも多いから問題はねぇが、自衛手段が弱い村が襲われたら不味いぞ」


「そうだよねぇ」


マーギンは鴨肉をモグモグするスピードが落ちる。あのじゃがいも農家の老夫婦は大丈夫だろうか?と心配になったのだ。


「やばいのは家畜を飼ってる村だろう。ま、その事はハンター組合も国も解ってるだろうから心配すんな。それに魔物も襲う前に偵察に来るからよ。魔物を見かけた村や町は組合に警備の依頼を掛けるはずだ」


「だね、それにもう冬だし、魔物か獣が出るとしたら春だね」


「そういうこった。で、マーギン、お前が今焼いてるのはなんだ?」


「秘密。もう良いかな。アチアチ、ホッホッホ。やっぱこれ旨いわ」


「だからなんだってんだよ。1つ寄越せ」


「やだよ。これ数が少ない貴重なやつなんだから」


「いいから食わせろッ」


マーギン自分用に焼いていた物を大将に盗られてしまった。


「あー、なに人が楽しみにしていたやつ食ってんだよ」


「お前が勿体つけるからだろうが。おー、なんかとろっとしてて旨ぇぞ。いったいなんだこれは?」


「毒魚のキ◯タマ」


ブーーっ


大将は口に含んだフグの白子を吐き出した。


「何してんだよもったいねーなぁーっ」


「お前、なんてもの食わせやがんだっ」


「大将が勝手に食ったんだろうが。これは白子と言って高級品なんだぞっ」


「馬鹿野郎っ 高級品なんだか知らねぇが毒魚のキ◯タマ食わせるやつがあるかっ」


勝手に食われて怒られるマーギンは危うく大将に魔法攻撃をするところなのであった。




「父さん達うるさいわね」


「きっとあの二人は気が合うのよ。ダッドが気を使わずに飲める人って少ないからね」


「誰とでも飲んでんじゃん。ハンターの新米とか昔の後輩とか。それと母さんが父さんを名前呼びするなんて珍しいよね」


「ふふっ、そうね。ちょっと昔を思い出したかしらね。私も参戦してこようかしら。リッカはさっさと寝なさいよ」


「えーっ、ずっるーい」


「よく寝ないと大きくならないわよ」


女将さんは胸の前で手を膨らませた。


「うるさいっ」


リッカはぷんぷんと怒って寝に行き、その後、女将がマーギンっ何食わせてくれてんだいっと怒鳴る声が聞こえて来たのであった。




ー翌日ー


「ここが王都ですかぁ。さすがに大きい街ですねぇ」


「他領に比べたら当たり前よ」


ロッカ達と一緒に王都へやって来たアイリス。


「星の導きのみなさん、本当に危ない所を助けて頂いた上に王都まで連れて来て下さってありがとうございました」


「お前、本当に大丈夫かよ?」


バネッサが心配する。


「はい、王都まで来ればなんとかなるのでもう大丈夫です。皆さんにまた会いたい時はどうすればいいですか?」


「ハンター組合に伝言でも残してくれりゃいいよ。じゃ、男には気を付けろよ」


「はいっ、ありがとうございました」


ロッカ達と分かれたアイリスは王都の中心へ向って進み、ロッカ達はハンター組合に向かうのであった。



「おう、ロッカ。お疲れ、調査はどうだった?」


「あぁ、自分達が見たわけじゃないが、ライオネル近くの街道で狼が出たらしい」


「街道に?」


「そうだ。街道沿いで野営していた時に狼に襲われた奴がいた」


「夜とはいえ、街道に狼か」


「5匹程の群だったらしい」


「群が小さいな… 何かに追われて街道まで来た可能性が高いな」


「だろうね。ただ私らは魔物も見なかったし、2つ向こうの町まで行って聞き込みもしたけど異常はなかったよ」


「そうか。ご苦労」


ロッカ達は報酬を貰った後に黒髪の男の事を聞いてみる。


「王都で収納魔法が使える奴を知ってるか?黒髪黒目らしいんだが」


「は?収納魔法使いだと?マジックバッグならともかく、そんな奴がいるわけねぇだろう」


「だよなぁ」


「しかし黒髪か…」


「心当たりがあるのか?」


「あぁ、貧民街の入口に魔法書店があるんだが、確かそこの店主が黒髪だったはずだ」


「貧民街って門の近くのか?」


「そうだ。色街の隣だな」


魔法書店か… 高価な魔法書をあんな所で売ってるとは知らなかったな。


「ありがとよ」


「おい、次の依頼は受けないのか?」


「2〜3日休んだら次のを受ける」


「解った」


ロッカ達はマーギンの魔法書店に行ってみることにしたのであった。


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