馬鹿者との出会いその2
「ひぃぃぃ〜っ 来たっ 狼が来たっ」
そう言ってテントの中に引っ込む少女。いっその事このままこいつを放っておいて逃げてやろうかと思うマーギン。
しかし、狼をよく見ると随分と痩せている。それに狼は魔物と違って動物であり、非常に警戒心が強い。山の中で狼の縄張りに入れば人を襲うこともあるが、こうして街道まで出てくるなんて何かおかしい。
縄張りを何かに追われて来たのか?
恐怖心を見せないマーギンに狼達は警戒して襲っては来ない。マーギンも襲って来ないなら攻撃する意思はない。
なんかくれてやったらどこかに行くかもな。
マーギンはアイテムボックスに何かないか探してみる。勇者パーティー時代のものがわんさかと入っているので、アイテムボックスのリストページを見ていく。
お、これでいいか。
取り出したのは風味と脂の癖が強くて食べなかったアザラシみたいな魔物の肉だ。そのデカい塊を5等分に解体し、ポイッと狼達の前に投げる。
「ほら、これをくれてやるから持ってけ。それでも攻撃してくるなら殺す」
狼達はグルルと唸って前傾姿勢を取ったまま動かない。いくら腹が減ってようと見知らぬ奴から餌を投げられても警戒するか…
狼達は警戒はしているもののチラリと肉を見た。食えるかどうかは匂いでわかるのだろう。この場を離れたら肉を咥えてどこかに行くかもしれんが、最悪テントを襲う可能性も捨て切れない。
「おい、鍋持ってるか?」
テントの中の少女に声を掛ける。
「あっ、あります」
「それを貸せ。音を出して追い払う」
テントの中からがらんっと鍋だけが出て来たので、それを持って石でガンガンと叩いて音を出した。
狼達がビクッとしたのでもう一息だな。
「ほら、肉持ってあっちに行け。さもないと…」
鍋を前に出して威圧を放って威嚇すると狼達は肉を咥えて消えて行ったのだった。
「もう大丈夫だ。音に驚いて逃げて行ったぞ」
「ほ、本当ですか?」
「自分の目で確かめろ。じゃ、俺は行くからな」
「まっ、待って下さいっ」
「何だよっ。狼を追い払ってやっただろうが」
気配を探ると森の奥の方に離れて行くのでもう大丈夫だ。
「また来たらどうするんですかっ」
「鍋叩け」
「今度は慣れて逃げないかもしれないじゃないですか」
「知るかよ。じゃな」
「いやーーーっ 置いてかないでっっ」
ったく…
「なら早くテントをしまって移動する準備をしろ。次にある町まで走るからな」
そう言うと慌ててテントを片付けだした。こいつそこそこ荷物持ってやがるが走れるのか?
「お、お待たせしました。私の名前は…」
「別に名乗らなくていいし礼もいらん。それに俺も名乗る気はない。次の町まで行ったらさよならだからな」
「ひっ、人として挨拶するのは当然じゃないですかっ」
「うるさいさっさといくぞ。次来るのが魔物だったら音じゃ逃げんからな」
「ひぃぃぃっ」
顔を青ざめる少女に呆れてマーギンは走り出した。一応付いてこれるスピードに落としたつもりだが荷物が重くてヨチヨチと走るというか歩く少女は追い付けない。
「待って 待って下さい…」
ビタンッ
少女は必死に走ろうとして石に躓きコケた。マーギンは暗視魔法(ナイトスコープ)を使っているので問題無く見えているが、少女はほとんど見えていないのだ。
コケた後にグスグスと泣く少女は地面に張り付いたままなかなか起き上がれない。
「いつまでも寝ていると後ろから魔物が来てんぞ」
「いやぁーーーっ」
少女はすぐに起き上がりダッシュしてきた。
「ちゃんと走れんじゃねーか。餌になりたくなきゃしっかり付いて来いよ」
「酷いじゃないですかっ 酷いじゃないですかっ」
マーギンの所まで来て泣き叫ぶ少女。
「何がだよ?」
「普通、女の子が重そうな荷物を持っていたら、少し持ってやろうかとか聞くもんなんですっ」
「俺は普通じゃないからな。それに自分の事は自分でやれと言うのが家訓だ」
「ちょっとぐらい…」
「甘えんな。助けた上になぜ荷物を持ってやらにゃならんのだ。どうしても持って欲しかったらせめて仕事として依頼しろ」
「お金払えって事ですか?」
少女はふてくされたようにそう言う。
「あまり払えませんけど、500Gぐらいなら…」
「ほら、行くぞ」
500Gと言った瞬間に荷物を持つのを却下して走ろうとするマーギン。
「600…、いや、1000G払いますからっ」
「子供の小遣いじゃねーんだぞっ。せめて5万ぐらい払え」
「そんなに持ってるわけないじゃないですかっ。船代で殆どお金無くなってろくにご飯も食べてないのにっ」
「お前の金銭事情なんか知るか。それに旅をするのに殆ど文無しなんてこれからどうするつもりだったんだよ?」
「王都に行けば、王都に行けばなんとかなるんですっ」
「王都でなにするつもりなんだ?」
「それは秘密です」
なんだそりゃ?
「金が無いなら自分で荷物持って走れ」
「なんて冷たい人なんですかっ」
「あのなぁ… 俺はさっさと帰りたいんだよ。ごちゃごちゃうるさい事言ってるとここに放置していくからな」
放置すると言われて渋々動き出した少女の歩みは鈍い。よく見ると膝小僧もコケた時に出来た傷で血が出ている。痛いのを我慢しているようだ。
ちっ、しょうがない。
「荷物かせ」
「え?」
「お前に合わせてたらいつまで経っても家に帰れんから持ってやると言ったんだ」
「お、お金払えませんよ…」
「子供の小遣いみたいな金いるか。早く渡せ」
そう言うと少女はドサッと荷物を降ろした。
ついでに膝の傷も治してやるか。
「誰にも言うなよ」
マーギンはそう言って少女の足を掴んだ。
「いやぁーーーっ。身体で払うとは言ってませんっっっ」
「アホかーーっ。誰がお前みたいなガキに手を出すかっ」
ガキの癖になんて人聞きの悪いことを言い出すんだこいつは。ジタバタ暴れる少女の傷を魔法で治して、怒鳴りつけた。
「ほら、もう痛くないだろうが」
「え?あ… 痛くないです」
キョトンとする少女が置いた荷物をアイテムボックス収納する。
「えっ?あれ?荷物はどこに?」
「もう持ったから行くぞ」
マーギンは何も説明せずに走り出した。
「待って 待ってぇぇぇ」
スピードを落としているとはいえ、少女の足では全速力でも付いてくるのが難しい。必死の形相で走る少女。
ビタンッ
ちっ、また転びやがった。
「うぇぇぇぇん」
「今、治してやったのにまた同じ所を怪我しやがって。ちゃんと足元を見て走れ」
「こんなに暗くちゃ見えませんっ」
マーギンはブツブツ言いながら傷を治し、走るのを諦めた。
「これって治癒魔法ですよね?もしかして神官さんなんですか?でも神官服を着てませんし…」
この時代でも魔法を使えるものは存在する。今の王国では攻撃魔法と治癒魔法を使えるものはハンターになるか国か教会に属する事になっている。給与も悪くないらしく不満は出ていないようだったが。
「余計な詮索はするな。俺が治癒魔法を使った事は誰にも言うなと言っただろうが」
「もしかして野良魔法使いですか?」
野良ってなんて嫌な言い方をするのだこいつは。
「詮索するなって言っただろうが。もう余計な口を聞くな」
早足で歩きながら少女にぶっきらぼうに接するマーギン。この世界に来た時のマーギンはこうではなかった。
ー勇者パーティ時代のマーギンー
「おい、マーギン。見知らぬやつにあまり優しくするなと言っただろうが。お前はおせっかいが過ぎるのじゃっ」
修行を兼ねて魔物討伐した後にある町に立ち寄った時に怪我をした女の子を見かけて治療したのだ。
「なんだミスティ、妬いてんのか?」
「どうして私がお前をヤキモチを焼かねばならんのじゃっ」
「ちょっとぐらい怪我治してやるぐらいいいだろうが」
「勇者様、ありがとうございました」
「ほら、この娘も喜んでるし、俺の事を勇者だって」
勇者と言われてご機嫌のマーギン。
「馬鹿者っ。勇者はマーベリックじゃ。お前はサポート役と言ったじゃろうがっっ」
「だってさー、あいつら貴族のいない町だと魔物討伐に来ないじゃんかよー」
ミスティに怒られてふてくされるマーギン。
「私らでなんとかなるからマーベリック達がわざわざ来る必要がないだけじゃっ。勇者と言われたなら即座に否定せんかっ」
「だってさ、ごめんね。俺は勇者パーティーの一員だけど、勇者じゃないんだよ」
「い、いえ。私達に取っては勇者様です。魔物に襲われかけたこの町も救ってくださいましたし。それにこんな施しまでしてくださって」
そう言ってポッと顔を赤らめる娘。
「ほれ、マーギン。とっと帰るぞ」
ミスティが娘にデレているマーギンを無理やり連れて帰った。
町を出て王城の研究室に戻るとマーベリック達がやって来た。
「終わったのか?」
「全部やっつけたよ。飯も旨い町だったし、マーベリック達も来れば良かったのに」
「そうか。次に手が空いている時は私も行くとしよう」
無表情でそう答えた勇者マーベリックはバトルアックス使いのガインと共にすぐに研究室を出て行った。
「マーギン、あなたあまり勘違いしないほうが良いわよ」
そう付け加えて聖女ソフィアも出ていく。
「魔人の巣を見付けたら勝手に乗り込むなよ。ちゃんと報告するように」
そう言って出ていったのは斥候担当のベローチェ。
勇者パーティーのマーベリックは王子、ソフィアは侯爵令嬢でありマーベリックの婚約者、ガインは軍部の大将であり伯爵家嫡男、ベローチェは子爵家令嬢で4人とも貴族だ。貴族でないのはミスティとマーギンだけだった。
「なんかみんな不機嫌そうだったよな」
部屋から出て行ったパーティーメンバーを見てマーギンがそう言う。
「お前が余計な事をしすぎるからじゃ。今日の報告もすでに入っておるのじゃろう」
「余計なこと?」
「いいから、次回から言われた魔物討伐だけをすればいいということじゃ。あまり人々に構うな。面倒事が増える」
「なんだよそれ?」
「いいから大人しく私の言う事を聞け」
ミスティは苦い顔をしてそう言ったのであった。
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