魚をもらいに漁港街へ
「タバサには随分と世話になったよ。この国に来た時にタバサに会えなかったら入国すら出来なかったからな」
「あいつは苦労して育ったから困ってる奴を見捨てられなかったんだろうよ。貧民街の奴らもなんとか食えるようになったのもあいつのお陰だ」
タバサは客として来ていた国の偉いさんに働き掛けて、国からの定期的な炊き出しや孤児の保護政策等を実現させたのだ。
「で、お前はこの国から出ていくつもりなのか?」
「いや、何事もなければ出て行くつもりは今の所はないけどな」
「何事もか… 市民権を取ろうとしないのはそれが理由か?」
「ほら、俺って優秀だろ?国のお抱えとかになったら面倒じゃん」
「そうだな」
「そっ、そこは自分で優秀とかいうやつがあるかっとか突っ込むところだろうが」
自分を優秀だと言ったことを素直に認められて恥ずかしくなるマーギン。
「いや、実際にお前は優秀だ。というより優秀過ぎる。国にお前の能力がバレたらなんとしてでも取り込もうとするだろうから、市民権を取らないのは正解かもしれんな。それかハンターになるかだな」
ハンター登録すると国民としての義務から離れ、ハンターとしての義務が生じることになる。
「俺は暇な魔法書店の店主しかやるつもりはないよ。ハンターも面倒臭ぇ依頼とか押し付けられんだろうが」
「お前がハンターになりゃ稼げるぞ」
「日々食って飲めるくらいの金がありゃ十分だ」
「うちでタダ飯食ってる奴が何を偉そうに」
ふんっとそう言って笑った大将とマーギンは焼けたオーキャンの肉を食べて王都に戻ったのであった。
街に戻ると大将はオーキャンの肉は3頭分で良いとのことだったので残りをタバサの居た娼館に差し入れに行くことに。
「おや、マーギン。ようやく顔を出しやがったか」
「うっせぇ、ババァ。ほら、差し入れだ。働いている奴らに食わせてやってくれ」
「ふふん、これっぽっちじゃ全員に当たりゃしないね。今度持ってくる時はこの倍は持ってきな」
やり手ババァは愛想無くそう返事をして肉を受け取った。
「漁港街に行くからしばらくいねぇぞ」
マーギンはしばらく留守にすることを伝える。
「なら、帰ってくる時はお土産をたくさん持ってきな」
「へいへい」
マーギンは手をヒラヒラと振って娼館を後にした。
(マーギン、タバサが幸せそうな顔で逝けたのはお前さんのお陰だ。ありがとうよ…)
娼館の店主は手を振りながら出て行くマーギンに聞こえないくらいの声でお礼を言ったのであった。
翌日、マーギンは漁港街に向かう。王都から漁港街までは直通馬車で1日、徒歩だと3日の距離だ。急ぐ事もないのでマーギンは徒歩で漁港街に向かう。走れば馬車より早く着けるが人目に付くとまずいのでのんびりと徒歩だ。
てくてくと街道を歩くと荷馬車や馬車が次々と追い越していく。漁港街と王都は流通量も多いので人の行き来が多いのだ。
そんな時、
「あんちゃん、次の村まで乗っていかんか?」
歩くよりかろうじて速い荷馬車の爺さんが声を掛けてきた。
「いいのか?金はねぇぞ」
「構わんよ。街道を歩いてる奴が金を持っとるとは思っとらん。一人じゃ暇じゃし話し相手になれ」
爺さんのお言葉に甘えて荷馬車に乗せてもらう。荷台は泥だらけなので御者台の隣に座った。
「わしゃ、ケンパというもんじゃ。あんちゃんの名前はなんという?」
「俺はマーギン。王都で魔法書店をやってるんだ」
「ほう、魔法書を扱ってるのか。見かけによらず随分と優秀なんじゃな」
見かけによらずとはどういう意味だ。
「まぁ、ほとんど売れてねぇけどな。爺さんは農家か?」
「そうじゃ。王都にじゃがいもを納品した帰りじゃよ」
「じゃがいもか。儲からんだろ?」
じゃがいもは料理にも使えるが主食的な扱いになるので比較的単価の安い農産物だ。
「儲からん代わりに税金も安いからの。老人が暮らしていくには十分じゃわい。それに自分等の食うものは作っとるしの」
「なるほどね」
「お前さんは漁港街に行くのか?」
「そう。魚を食べにね」
「なら、今日はうちに泊まってけ。婆さんも若い奴が来たら喜ぶじゃろ」
「そりゃ助かるけどさ、見ず知らずの奴を泊めるとか不用心だぞ」
「なぁに、もうこの歳じゃ。なんかあっても別にええわい」
随分と達観した爺さんだなとマーギンは思った。その後もなんやかんやと話をしながら夕方前に村に到着して家に案内された。
「おやおや、よく来てくれたね。野菜くらいしかないけどゆっくりしていっておくれ」
「ばあちゃん、いきなり来てごめんね」
「なんのなんの、若い子が来てくれるのは嬉しいもんじゃよ」
生まれは俺の方が昔だけどな、と心の中で呟く。
晩飯は野菜のスープに小麦を練った団子のような物が入った食事だった。正直物足りない。
「ご馳走様でした。いつも肉とかどうしてんの?」
「村の狩人と野菜と交換したりするんじゃがの。まぁ、狩人達も野菜は作っとるからたまーにじゃな」
年寄り二人みたいだし自分で狩りするのも難しいだろうな。鶏とかも飼ってないみたいだから卵も食ってなさそうだ。
翌早朝、マーギンは昼前に戻ってくると伝えて狩りに出てオーキャンを一頭仕留めてきた。
「これはお前さんが狩って来たのか」
驚く爺さん。
「そうだよ。今から解体して塩漬けにしてやるから冬の食料にしてくれ。一宿一飯の礼だ」
婆さんも驚きつつも嬉しそうだった。それから解体魔法であっと言う間に部位別に別けられていく様をあんぐりとした顔で見ていた。
「これが魔法か」
「そう。解体魔法ってやつでね、500万で販売してるけどまだ売れた事はないな」
「500万もするのかい?」
「そう。うちの魔法は高いんだよ」
肉を塩漬けにしながらそう笑って答えた。
「じゃがいもの収穫はまだ残ってんの?」
「あ、あぁ、ここらのを雪が降る前に収穫せにゃならんよ」
「なら収穫しといてやるよ。じゃがいもなら収穫して箱に入れときゃ大丈夫だろ?」
「漁港街に行かにゃならんのじゃろ?」
「予定を決めてるわけじゃないから問題ないよ。それに収穫ならすぐに終わる」
「は?」
マーギンは収穫魔法でボコボコとじゃがいもを掘り出す。
「さ、箱詰めやらないとね」
魔法で箱にも詰める事は出来るのだが、老夫婦がもう腰を抜かす寸前なのでそれはやめておいた。
等間隔に箱を置いてひょいひょいとじゃがいもを入れていき、小屋に運んで終了。結局もう一泊してオーキャンの肉を一緒に食べたのであった。
「すっかり世話になってしまって悪かったねぇ。いつでも遊びに来ておくれ」
「ありがとう、漁港街の帰りに魚の土産持って来るよ」
ありがたやありがたやと拝む老夫婦に別れを告げて徒歩で漁港街へ。
今日の宿泊は次の町の広場、宿屋でお金を使うより酒にお金を使うのだ。この町にはミード(蜂蜜酒)があり、甘くて強めの酒が特産だ。王都で飲むよりかなり安い。
「おっちゃん、ミードと腸詰めちょうだい」
「はいよ。肉のと血の奴どっちだ?」
「肉で」
血のソーセージは癖が強くて好きではない。
茹でたソーセージとミードを堪能してから広場にテントを設営する。マーギンの使うテントは見た目は1人用だが中はもう少し広い。所謂拡張機能付テントという代物だ。
「一人だとこの広さは不要だな…」
そう、これは勇者パーティー時代に使用していたものだ。仲間と泊まる時は狭く感じたものだ。当時はもっと詰めろよとか、寝返りを打ったときにどこ触っておるスケベがとか言われたものだ。
マーギンは無駄に広いテントの中で昔の事を思い出しながら眠るのであった。
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