大将の気遣い

「あんた、最近娼館に行ってないみたいね」


そう言いつつ賄と安酒をドンとマーギンの前においたリッカ。


「金がねぇからな」


「そりゃ、ろくに仕事もせずに毎日毎日、娼館に行ってればお金なんかいくらあっても足りないわよ」


「そうだな」


しんみりとそう答えるマーギン。


「なっ、何よ。そんな悲しそうな顔するなら稼いでまた行きなさいよっ」


「これリッカ、若い女の子が男に娼館に行けとか言うもんじゃないわよ」


女将さんはマーギンがなぜ毎日のように娼館に行っていたのか知っていた。娼館のやり手ババァとは昔からの知り合いなのだ。しかし、やり手ババァに口止めされているのでリッカには事情を話していなかった。


「女将さん、明日からしばらくここには来れないぞ」


「どこかに行くのかい?」


「漁港街に魚をもらいに行ってくる」


「もうそんな時期かい。この前まで暑かったと思ったところなのにねぇ」


「歳取ると月日の経つのが早いみたいだからな」


ゴスッ


いらぬ事を言ったマーギンは女将さんにゲンコツを食らった。


「で、また毒魚をもらうのかい?」


「そう、そろそろ旨い時期だからね」


「あんた、あんな毒魚を食べて死んでも知らないからね」


「大丈夫、大丈夫。なんなら持って帰ってきてご馳走しようか?」


「いらないよっ。死んじまったらどうすんだいっ」


「大丈夫だって。あの魚は内臓に毒があるだけで、身には毒はないから」


「だって、あの魚食って死んだやつ多いって言うじゃないか」


「下手くそが捌けばそうだろうね。俺は解体魔法があるからそんなヘマしないよ」


「そうは言ってもねぇ、本当に気をつけなよ」


「わかってるって」


「おいマーギン、1〜2日漁港街に行くのを延ばせるか?」


大将が奥から出て来た。


「あぁ、別に誰かと約束しているわけじゃないからな」


「なら明日、仕入れに付き合え」


「えぇ〜、大将の言う仕入って狩りだろ?たまには肉屋から仕入れろよ」


「馬鹿野郎っ、肉屋で仕入れてちゃこの値段で出せんだろうが」


「ちょっとぐらい値上げすりゃいいだろうが」


「なら、お前のタダ飯も値上げするからな」


「タダは値上げしてもタダじゃんかよ」


「うるせぇ、明日夜明け前に門前に集合だ。寝坊すんなよ。もし寝坊したら…」


そう言って指をポキポキ鳴らす大将。


「わーかった、わかったから凄むなよ。ただでさえ怖ぇ顔してんだからよ」


ゴスッ


またいらぬ事を言ったマーギンはたんこぶの出来た頭をさすさすしながら渋々狩りに付き合う約束をしたのであった。




夜明け前に門に集合した二人は獲物を探しに森の中へ入って行く。


「大将、狙いは何だ?」


「ボアとオーキャンだ」


ボアは猪のような魔物、オーキャンは鹿みたいな奴だ。


「ボアは何とかなるだろうけど、オーキャンを大鉈でやるのは無理だろ?弓とかじゃねーと」


大将が使う武器は大鉈。ボアは人を襲う魔物なので、向かってくるから大鉈で返り討ちに出来る。が、オーキャンは警戒心が強くて素早い魔物なので罠を仕掛けるか、そっと遠くから遠距離攻撃をする必要があるのだ。


「お前、魔法使えるだろうが」


「攻撃魔法は使うなって大将が俺に言ったんだろうが」


「人前で使うなって言ったんだ」


「そっか、大将は人じゃねーもんな」


ゴスッ


またいらぬ事を言うマーギン。


「いちちち、で、何匹狩ればいいんだよ?」


「リッカに怪しまれん程度に狩って来てくれ。そろそろ塩漬けも作っておきてぇからな」


オーキャンの肉は柔らかく、クセもないので塩漬けにしても旨い事から下町の高級肉として扱われる。ボアはワイルドな風味があるものの、これからの時期の脂は甘みがあり、焼いても煮ても良しの肉だ。


「わかった、昼頃に先の広場で集合な」


「おう」


マーギンは大将と別れて狩りをする。


生き物の気配を探りながらオーキャンを見付けて魔法で頭を撃ち抜きサクサクと狩って行く。


「5匹いりゃいいか」


仕留めたオーキャンを解体魔法で素材と肉を部位事に別ける。バラの部分に熟成魔法を掛けて食べごろにしてから串に刺して昼飯の準備。持参した塩と採取したキノコも用意済だ。


枯れ枝を集めて着火し、火の周りに串を並べて焼き始めた。


肉が焼け始めると旨そうな匂いにつられたかのように大将がデカいボアを担いでやって来る。その姿はまるで山賊だ。


「早ぇなおい。まさかサボってたんじゃねぇだろうな?」


「もう肉を焼きだしてんだろうが。肉は部位別に別けてあるし、毛皮も角もとってあるぞ。勿論モツもな」


「そうか、ならこいつも頼む」


ドサっとデカいボアを地面に投げ捨てる大将。マーギンはそれを解体魔法で部位別に別けて収納した。


「相変わらず解体魔法って見事なもんだな」


「大将も解体魔法買えよ。300万におまけしてやるぞ」


「馬鹿野郎、お前を連れてくりゃタダなのに300万も払うか」


「いつまでも俺がこの国にいると思うなよ」


そうマーギンが答えると大将は真面目な顔をした。


「タバサは残念だったな」


「まぁな…」


大将はマーギンを良いように利用しているわけではなく、タバサが亡くなって元気の無かったマーギンを連れ出したのであった。


「お前がこの街に来てもう3年か。早いもんだな」


「そうだね…」



ー3年前ー


王都近くの森の中で目覚めたマーギン。


「ううっ… ど、どうなってんだ… 俺は魔王と戦いをして…」


意識が戻ったマーギンは虚ろな頭の中の記憶を探る。


「魔王、魔王はどうなった………」


魔王はどうなったかを仲間に訪ねようとしたところで意識がはっきりしてきた。


「そうか…」


マーギンは勇者パーティーの一員として魔王討伐をしていた。魔王にほぼ全魔力を費やした攻撃魔法を食らわせた後に魔力切れで立てなくなったところに仲間に石化魔法を掛けられたのだった。


そしてその石化魔法を掛けられたのは少なくとも1000年以上前だということを後に知るのである。



自分が何処にいるのかもわからず、街を探してこの王都に辿り着いた。が、身分を証明するものも、手持ちの通貨も使えないと言われて街に入れずに困っていた所を助けてくれたのがタバサだった。


「おや、あんた異国の人?」


「あぁ、どうやらそうみたいだな。俺の持ってる金が使えないらしい」


「ふーん、あんた珍しい髪色してるねぇ。ちょっと異国の話でも聞かせておくれよ。門番さん、入国料はあたしが払うよ」


「タ、タバサさん、いいんですか?こいつの身分証も見たことがないやつですし…」


「大丈夫だよ、なんか悪さしてきたような顔してないじゃないか。あたしが保証人じゃ不服かい?」


「い、いえ、大丈夫です。あ、あの握手して下さい」


「ふふっ、あたしの手は入国料より高いよ」


「はっ、ありがとうございますっ」


タバサはニッコリと門番に微笑んでから手を握った。入国料もこれで不要らしい。この女は何者だろうか?随分と美人で色っぽい人だ。



「あんた名前は?」


「マーギンだ。見知らぬ俺の為に悪かったな」


「気にしなくていいわ。行くあてもないんでしょ。付いておいで」


マーギンはタバサに言われるがままに後ろを付いていくと、門からほど近い色街と思われる所へ進んでいく。


「あの…タバサさん。ここはもしかして…」


「そう、色街さ。こういうとこ初めて?」


「ま、まぁ… あの、俺金持ってないし…その…」


「あっはっはっは。入国料すら払えなかったの見てたから知ってるわよ」


「そりゃそうだな」


マーギンは頭をポリポリと掻いた。



こっちだよと案内された娼館はこの色街で一番大きく超高級店なのだそうだ。その中でもタバサは昔の日本で言う花魁みたいな存在でお金を積んでも指名を断られたりするとのこと。


「タバサ、いくらあんただからといって妙な奴を拾ってくるんじゃないよっ」


店主だろうババァに睨まれても空返事をしたタバサは自分の部屋へマーギンを連れて行った。



「そんなに緊張しなくていいわよ。別に取って食ったりしやしないから」


そうクスクスと笑いながらお茶を入れてくれ、色々と話を聞かせておくれとマーギンに微笑むのであった。


マーギンは自分が魔王討伐メンバーであったこと、そして仲間に裏切られて石化され、気が付いたら森の中にいたことを話した。


「面白い話だねぇ。魔王討伐なんて物語の主人公みたいじゃないか」


タバサはマーギンの話をおとぎ話だと受け止めたようだ。


タバサの話によると魔王が居たとされるのは神話時代、今からおよそ2〜4000年ほど昔の事らしい。それを聞いたマーギンは自分のステータスを確認してみた。


なんだこれ? 魔力値がステータス画面でエラー表示になってるじゃないか。


平均的な人間は生まれた時に魔力値が10前後。そこから25〜6歳まで増えていく。普通の大人の平均魔力値は120前後。総魔力値が20%を切ると脱力感で立てなくなり、10%切ると気を失う。0%になると死亡だ。


魔法使いと呼ばれる者は魔力値が1000を超える者、賢者と呼ばれる程になると3000を超えてくる。


マーギンは召還された際に獲得したチート能力は魔法の全適性及び4000近い魔力値があった。それに加えて魔王が討伐されるまで身体は不老、すなわち魔力値も成長を続けることになる。


そうか… 石化されている間も魔力値は伸び続けていたのか。

 

魔力値が増えすぎて999999の後ろにEマーク、つまりエラー表示になっている。年齢も999Eだから最低でも石化されてから千年以上は経っているようだ。マーギンは自分の魔力値を眺めながらふと気が付く。


「タバサ、この世界にはもう魔王はいないのか?」


「そんなのが居たらおちおちと商売出来やしないよ」


タバサはそう笑って答えた。


もしかして魔王が完全討伐される前に石化されたから歳を取らずに魔力値が伸び続けたのか?それとも…


「ちょいとマーギンっ、マーギンってば」


「えっ?あ、ごめん。ちょっと考え事をしてたよ」


「あんた、本当に魔法を使えるのかい?」


「使えるよ、というかタバサは使えないの?」


「魔法書を買えば使えるようになるけどさ、ここに居りゃ不要だからね」


「魔法書?」


「そうさ、水を出す魔法書とかを買って、そこに描いてある魔法陣を転写してもらったら使えるようになるんだよ。マーギンは知らないのかい?」


「俺が居たところは生活魔法は誰でも使えたからね。魔法書もあるにはあったけど」


マーギンを召喚した国では魔法書は自力で攻撃魔法を発動できない者が買う物だ。兵士や騎士とかハンターが買う物。生活魔法書なんて必要なかった。


「へぇ、そりゃ凄い所から来たんだね。ちょいと何かやって見せておくれよ」


「水出そうか?それとも炭酸水とか」


「炭酸水って、シュワシュワするやつだろ?そんなの出せるのかい?」


勿論だよと、マーギンはコップに氷入りの炭酸水を出した。


「あんた… これ………」


「毒とか入ってないからどうぞ」


タバサはマーギンが出した冷えた炭酸水がシュワシュワと音を出しているのを驚いた目で見ているのであった。



その後、タバサはババァを呼んでマーギンが魔法使いであることを話し、マーギンはババァに他の奴らには言うんじゃないよと諭された。


そしてこの国の常識や文字をレクチャーしてもらい、手持ちの宝石類の換金、滞在許可証や営業許可証の手配と魔法書店の契約まで行ってくれたのであった。

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