出会いと別れ
「ここで水を出せる魔法を販売していると聞いて来たのだが」
そう言って店に入って来たのは女ハンターだろうか。剣を腰に差した背の高いキリッとした美人の女性だ。
「売ってるよ」
「他の魔法書店と同じ魔法か?」
「それは聞かれても困るな。他の魔法書店の魔法がどんなのか知らないからな」
「そうか… いや、繁華街の魔法書店で水を出せる魔法書を買ったのだが上手く発動しなくてな」
「いくらで買ったんだ?」
「10万Gだ」
「ま、相場だな。発動しないのは転写に失敗したか、お前さんに素質が無かったからだろう」
「素質?」
「そう。転写が上手くいっても人によっては発動しないからな。その店で確かめなかったのか?」
「繁華街の店ではそのような説明はなかったぞ。それと転写がきちんと出来たかどうかはわかるものなのか?」
「うちは失敗することなんか無いから他店の事はわからんよ。買った魔法書は持ってるか?」
「あぁ、これだ」
女ハンターが出してきた魔法書を見てみる。水を出す詠唱が書き記されているが飲料水にするには煮沸が必要かもしれない代物だ。
「これ、発動してもそのまま飲める水かどうか分らんやつだぞ」
「なに?」
「これは雨水みたいな水が出るタイプの魔法だ。そのまま飲んでも平気な奴もいるだろうし、腹を壊す奴もいるだろうな。で、このページに魔法陣が描かれていたんだな?」
「あぁ、それを転写してもらったのだ」
「詠唱は正しく出来てるか?」
「恐らく」
「試しにここで詠唱してみてくれ」
マーギンにそう言われて女ハンターは詠唱をしたが何も起こらない。
「この通り何も起こらんのだ」
「今のは詠唱の発音が違ってるぞ。ここはこう発音するんだ」
マーギンは詠唱の発音を訂正してやる。
「み、ミジュのしぇいれいよ…」
「ミジュじゃない、みずのせいれい」
「みじゅ…」
「み ず」
何度か発音を練習させてようやく正しい発音が出来るようになって水を出せる魔法が発動した。
じょろろろっ
「で、出たっ」
「良かったな。騙されたわけじゃなくて」
「おぉ、店主よ。親切にありがとう」
「いや、本当なら金取るとこだけど、お姉さん美人だからタダでいいわ」
「美人?私がか?」
「おう、女にしちゃガタイはいいけど、顔は美人だと思うぞ」
そういうと顔を真っ赤にして照れた。うぶな反応で宜しい。
「す、すまん。仲間からはデカい、可愛げがないとしか言われたことがなかったものでな」
「いいさ、そいつらが見る目がないだけだろうよ」
「そ、そうか。なんか照れるが褒めてくれてありがとう。あと買った魔法書を無駄にせずに済んだ」
「そりゃ良かったな」
「店主、先ほど無料と言ってくれたが幾ばくかは礼がしたい。何か他の魔法書の購入でも…」
「いいって。うちの魔法書は礼代わりに買うには高いからな」
「高いとはいくらぐらいなのだ?」
「例えばうちの水を出す魔法は100万Gだ」
「ひゃ、100万だと…?」
「そう。俺はその価値はあると思ってるんだけどね」
「私の買った魔法書とは内容が違うのか?」
「それは買ってからのお楽しみ」
「なぜ秘密にするのだ?100万の価値があるなら宣伝すべきではないか?」
「そりゃそうなんだけどさ、俺はこの国の人間じゃないからあんまり目立ちたくないんだよ」
女ハンターはマーギンをジロジロと見る。
「なるほど店主は異国人だったのか。通りで髪や目の色が珍しいと思った… いや、失礼」
「別に構わんよ」
マーギンがそう答えると女ハンターは少し気まずそうな顔をした。
「コホン、ここは他にはどのような魔法書が売っているのだ?」
女は気まずさを隠す為に1つ咳払いをして話題を変える。
「色々とあるぞ。一般的なのは着火魔法や灯り魔法とかだな。この2つは50万。高いのだと解体魔法や研ぎ魔法とかだ。食器洗浄や衣服洗浄、身体洗浄とかもあるぞ」
「解体?研ぎ?それはどういうものなのだ?」
「解体は魔物や魚とかを解体する魔法、研ぎは刃物を研ぐ魔法だ」
「ほう、便利そうな魔法だな」
「だろ?ま、ここで扱ってる魔法書は全て魔法が無くても出来るものだ。単に楽ちんになると思ってくれれば良いぞ」
「ちなみにいくらだ?」
「解体は500万、研ぎは100万だ」
「ぐっ、かなり高いな…」
「そ、自分でやれる事は魔法を使わずに自分でやればいいからな」
「身体洗浄はいくらだ?」
「これも500万だ」
「むむむ、やはり高い…」
「この魔法は遠征の時とか重宝するけどな。身体を清潔にするのは健康に直結する。ま、この魔法は使える人を選ぶから、もし購入を考えるなら鑑定してからにしたほうが良いな」
「鑑定?」
「そう。自分の魔力がどれぐらいあるか、どの魔法の適性があるかを調べるんだ。適性がなかったら発動せんからな」
「鑑定とはどのようにするのだ?」
「この魔道具でわかるぞ」
「そんな道具があるのか」
「珍しい道具だから知らんのも無理はないな。どうする?一度やってみるか?1回10万Gだけどな」
「見るだけで10万も取るのか?」
「無理にとは言わんよ。自分の能力が数値化されてわかるなら格安だとは思うがね」
「自分の能力値か…」
「そう。その価値があるかどうかは自分で判断してくれ」
「わかった。考えてまた来よう」
「了解。次来る時はもっと色っぽい格好をしてきてくれたらおまけしてやってもいいぞ」
「なっ…」
そうからかうと真っ赤な顔をして女ハンターは店を出て行ったのであった。
そしてまたもや早々に店じまいをしたマーギンはリッカの店で賄と安酒を飲んで食器洗浄をしてから色街へ。
ー娼館 夜のシャングリラー
「マーギン、いつもすまないね」
「タバサの様子はどうだ?」
「もう先は長くはないだろうね」
娼館のやり手ババァは難しそうな顔でそう答えた。
マーギンは部屋で寝かされているタバサの元へ向かう。
「マーギン… 今日も来てくれたんだね…」
「おう、タバサ。相変わらず美人だな」
「ふふっ、こんな骸骨みたいになっちまった私によく言うよ」
寝たきりのタバサは病魔に侵されて寝たきりであった。体力が落ちて寝返りを打つことも出来ず、すぐに褥瘡(じょくそう)が出来てしまうので部屋には膿んだ臭いが漂っている。マーギンは部屋の中の空気を入れ替え、部屋全体に洗浄魔法をかけた。
それから褥瘡に治癒魔法と痛み止めの魔法を掛ける。
「ありがとう。凄く楽になったわ」
「そっか。身体も洗浄してやるからな」
マーギンは身体洗浄魔法を掛けてからタバサの上半身を起こしてやり、パン粥を食べさせてやる。
「飲み込めるか?」
「少しなら。それよりシュワシュワの水貰える?」
マーギンはコップに炭酸水を出す魔法で注いでいく。少しでも体力が回復することを願ってハチミツも加えた。
「美味しい…」
「良かったな。元気になったら甘いお菓子作ってやるよ」
「わぁ、嬉しい。マーギンの魔法ってお菓子も作れるの?」
「お菓子は魔法じゃない、手作りだよ、手作り」
「ふふっ、こんなに優しくてお菓子も作れるのにモテないなんて不思議ね」
「うるせぇっ」
モテないとからかわれてプンスカ怒るふりをするマーギン。
「ねぇ、マーギン…」
「なんだ?」
「私が元気になったら指名してくれる?」
「おぉ、もちろんだ。なんなら借金してでも通い詰めてやるよ」
「ふふっ、じゃあお金貯めておいてね。私って結構高いんだから」
「そうか、なら俺は商売頑張らないとな」
「そうよ。こんな早い時間に娼館に来るぐらいなんだから真面目に働いてないでしょ」
「早くタバサに会いたいからしょうがない」
「ありがとう。こんな姿になってもそんな風に言ってくれるのマーギンだけよ」
「よせやいっ。みんなそう思ってるに決まってるだろ。だから早く治して元気になってくれ」
「うん、頑張るね」
そう言ったタバサをマーギンはベッドに寝かせて、頭をぽんぽんとしてから部屋を出た。
くそっ…
マーギンは自分の力の限界を悔しがった。
王都外れの魔法書店店主マーギン、元の名前は真田銀次郎。
数千年前の人魔大戦の為に異世界から召喚され、大賢者として勇者パーティーで魔王を討伐したメンバーの一人。
膨大な魔力と様々な魔法を生み出し、魔王討伐の立役者として活躍したが、その大賢者も病気を治せる魔法は使えなかった。病気の治療知識がなくてはどうしようもなかったのだ。
「うん、頑張るね」
とマーギンに微笑んだタバサは1週間後、安らかな顔をしてこの世を旅立っていったのであった。
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