伝説に残らなかった大賢者
しゅーまつ
プロローグ
「うわ何ここの値段、高っ!」
王都の色街の隣にある貧民街入口にある魔法書店に時々訪れた人はそう言って立ち去っていく。
「安値で商売したら忙しくてかなわんだろうが」
店主のマーギンはそうぶつくさ言いながら暇を持て余していた。
さて、今日も売上無しっと。飲みにでも行くか。と、売上がない日が続いてるがそれを気にすることなくマーギンは早めに店じまいをして飲みに行くのであった。
「またこんな時間に飲みに来てんの?もっとちゃんと働きなさいよ」
飲み屋にやってきたマーギンを呆れた顔で迎える店員のリッカ。赤髪のポニーテールがよく似合う看板娘だ。店の名前はこの子から取ってリッカの食堂。
「売上に貢献してやってんだから文句言うなよ」
「あんた安酒しか頼まないから売上に貢献してないわよ。たまには料理も頼んでよねっ」
「不味い飯に金払えるかってんだよ」
「うちの亭主が作る飯を不味いとかほざく奴は誰だいっ」
そう言って奥から出てきたのは恰幅の良い女将さんだ。名はミリー、リッカの母親である。
「じょ、冗談だよ。あー、大将の作る飯は旨そうだなぁ」
「旨そうじゃなしに旨えんだよっ」
女将さんに凄まれて誤魔化したマーギンの言葉に続いて出てきたのは店の大将、ダッドだ。元ハンターで傷だらけのゴツい身体をしている。
「大将、そう凄むなよ。商売上がったりで金がねーから飯を頼めないの知ってるだろうが」
「ちっ、たくよぉ、ほれ、なんも食わずに酒だけ飲むな」
「ちょっと父さん、甘やかしたらダメよ」
大将は強面だが気の良い奴なのだ。料理を頼まなくても他に客がいない時はこうして賄いをサービスしてくれる。
「へへっ、大将は怖い顔してる割に優しいよなぁ」
「怖い顔だけ余計だ。酒はこいつでいいんだな」
「おう、これで十分だ」
大将が出してくれたのはモツ煮込みと赤ワイン。料理と酒を出したら厨房に引っ込んでいく。
「あんた、タダ飯食べるなら洗い物ぐらいしていきなさいよね」
「へいへい、わかりましたよ」
マーギンはリッカにそう返事をして、赤ワインにこそっと魔法をかける。その魔法はマーギンが生み出した生活魔法の1つ、酒が旨くなる魔法だ。料理が旨くなる魔法もあるのだが大将の賄はシンプルだが魔法をかけなくても旨い。
「あんた、いつもお酒飲む前にグラスの上で指をクルッと回すわよね。それなんかのおまじない?」
リッカが向かいに座って肩肘を付きながらマーギンの仕草を見ている。
「そ、日々の糧を与えてくれた神様に感謝してんだよ」
「へぇ、あんたの故郷ってそんなことをするのね」
マーギンはこの国の人間ではない。どこからかふらっとやってきて住み着いた流れ者だ。この国は異国人であっても割高な税金を払えば住むことも商売することも許可が出るのである。
「まぁな。ほら、他の客が入ってきたぞ仕事しろ」
「あんたに仕事しろとか言われたくないわよ」
リッカはふんっとマーギンにそっぽを向いて今入ってきた客の注文を取りに行ったのであった。
マーギンは賄のモツ煮込みを赤ワインで食べ終えて厨房へ向う。
「大将、こんなに洗い物溜め込むなよ」
洗い場には昨晩と今日の食器がどちゃっと溜まっていた。
「どうせお前が洗うんだ。ほら、ちゃっちゃとやれ」
「へいへい」
マーギンは食器洗浄魔法で溜まった食器を洗って片付けていく。
「しかし、いつ見ても見事なもんだなおい」
「だろ?この魔法が300万Gって安いとおもうんだけどなぁ。大将もそろそろ1つどうだ?」
「バカヤローっ、うちの客単価知ってるだろうが。食器洗うのに300万Gなんて払えるかっ」
「一生もんなんだから安いもんだろうがよ」
「うるせぇ。300Gなら買ってやるわ」
この国の貨幣価値は円とほぼ同様。つまり食器洗浄の魔法書はマーギンの店で300万円で販売しているのだ。
「はい終わり。賄ご馳走様でした。旨かったよ」
ちゃっちゃと洗い物を片付けたマーギンは大将にそう言ってヒラヒラと手を振って厨房を出て行った。
「いつもありがとうな」
大将はぽそっとそう呟いた。飲み屋にとって洗い物は結構な重労働なのである。井戸から水を汲んで一つ一つきれいに洗うのはとても時間がかかる。それがマーギンの魔法だとほんの5分程で終わる。それにまるで新品のように綺麗になるのだ。
「明日も来るのかい?」
そう女将さんが厨房から出てきたマーギンに声を掛ける。
「多分ね」
「なら、洗い物置いとくからね」
「へいへい」
さっきまでガラガラだったこの店も客がわんさかと溢れている。ここは安い店なのであまり客層は宜しくないが人気店なのだ。
「呆れた。マーギンの奴、また色街に行くのかしら?女買う金があるなら高いご飯食べてけってのよ」
リッカは店を出ていくマーギンを見ながらそう言う。
「男盛りなんだからしょうがないさね」
「ほんと、ろくでもない奴だわまったく」
リッカは尻を触ってくる客に蹴りを入れながら毎日のように色街に向うマーギンに呆れた顔をするのであった。
〜これは伝説に残らなかった元大賢者の物語です〜
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