第二章 第三節
この様に当然、メッカ側が勝利するだろうと大多数の人々が思っていた中で、ムハンマド側が想像以上の前線を見せたのだ。こんな状況に多くの人達がメッカ側が以外にムハンマド側を駆逐するのに手こずっている事に「意外の感」を抱いていた。そしてムハンマドが率いたイスラム側がしぶとく抵抗すれば、抵抗する程、「ムハンマドの予想以上の強情さ」にある種の感動を抱いたのだった。
こうして時が経てば経つ程、メッカ側に取って状況は不利に成って行った。そんな状況で、ムハンマド側とメッカ側とが睨み合っていた状況下、ムハンマドはメッカ側へ向かって自らの軍隊を動かし始めた。こうした形成を受けて、メッカ側はムハンマド側に対してある種の講和の為の協議を提案した。
この時、イスラム側の主張によるとムハンマドは平和理な「小巡礼」を試みただけだと主張していた。しかし、これまでに散々、ムハンマド側を敵視し、激しい戦いを繰り広げて来たメッカ側としては、ムハンマドの「主張」をむざむざと受け入れる訳には行かなかった。メッカ側は軍隊を派遣し、ムハンマドと彼に従う千人を超えた「巡礼者達」の進行を遮った。
こうしてメッカへの「小巡礼」の行く手を遮られたムハンマド側が宿営を張った場所がメッカ郊外の小村フダイビーヤだった。この後、ムハンマド側とメッカ側の間で幾度かの使者の往来が為された。この様なイスラム誕生の一連の物語については、クリスマスの物語と同様、史実的な裏付けを得る事が難しかった。その上、イスラムの成立史には「戦争」がついて回った為、どうしても「敗者側」に関する記述は曖昧模糊なものと成りがちだった。その一方で、イスラム側についての記述は、イスラム側に取って「都合のいい内容」に偏りがちだった。
イスラム側の主張によると、この時、ムハンマドはメッカ側に対して徹底した低姿勢で応じた。ムハンマドがメッカ側に対して低姿勢であった様子は、メッカ側の無礼さにムハンマドの同行者達が怒りを露わにする程であった。そんな状況下でも交渉が続行された結果、遂にムハンマド側とメッカ側との間に和平が実現する事に成った。
この講和は後に「フダイビーヤの講和」と呼ばれる様に成り、ムハンマドの寛大さを喧伝する為の「格好の一幕」に成った。「フダイビーヤの講和」の内容はイスラム側から見れば、十分な成果とは言えず、ムハンマドに臣従していた人々の間にも多くの不満が噴出した。彼等は流血を伴ってでも、メッカへの「巡礼」を果たすべきだと主張した。
そんな中、ムハンマドはこの場でこれ以上、メッカに対して交渉を行っても、物事が停滞するだけだと判断した。或いは、ムハンマドはこの段階ではこれがメッカから得られる最大限の譲歩であり、十分に満足する物だと判断したとする考え方もあった。最終的にはムハンマドは「この講和を受け入れた方が我々に取って有利になる」と言う啓示が下されたと主張し、イスラム教徒達はこの予言者の言葉を受け入れてメディナへと帰還した。
実際の所、この「フダイビーヤの講和」の為に裂かれた数日間はメッカ側がイスラム側に決定的な勝利を収める為の最後の機会だった。もし、この時にメッカ側が流血と、「巡礼者を虐殺した」と言う汚名を恐れずに行動に出れば、大きく歴史の流れが変わった可能性があった。
既に、この段階でイスラム教を根こそぎにする事は不可能な段階であった。しかし、この段階でムハンマドとその随行者達を「殉教者」にしておけば、イスラム教がこの後、歴史上の事実の様に爆発的に拡大する事は叶わなかった可能性が高かった。少なくとも、イスラム教が世界宗教へと拡大していくまでに、100年以上の時間を必要とした可能性があった。そう言った意味においてはムハンマドの判断は実に正しかったと言う事に成った。
「フダイビーヤの講和」の内容は最初に十年間のイスラム側とメッカ側の両者間での平和を保つ事とされた。続いて、ムハンマドと彼の巡礼団は一度メディナへと引き返し、改めてイスラム教徒の巡礼をメッカに受け入れる事が明記された。この講和に於いて、メッカにイスラム教徒達の巡礼者を受け入れる期間は三日間とする事も決定された。
他に「フダイビーヤの講和」に於いてはイスラム側とメッカ側の人の流出流入に関した内容が規定されていた。保護者の同意を得ずにメディナへ移住した人々はメッカへと送還する事と、イスラムの元を離れてメッカに入った人間をイスラム側に引き渡さないで良い事とが規定された。
これらの条目が決して軽く見られて良い物ではなかったが、後々に与えた影響を見た時により重要な役割を果たしたのは最後の項目であった。そこにはイスラムを一個の主権国家と認め、イスラム教徒がメッカ近郊の諸部族や、有力者達と盟約を結ぶ自由を擁する事が明記されていた。そして最終的にメッカ側の敗北を招いた決定的な要因となった物が、この最後の項目であった事は以後の歴史的な経緯を見れば明々白白な所だった。
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