第二章 第二節
時が経つにつれ、蒸気に混じって石塊がばら撒かれる様に成って行った。そうして噴き上がる蒸気の向こうに地底の炎が透けて見え、その様子は神殿で焚かれる聖火の様であった。この様な光景が展開される中で、レオン三世を始めとした人々の間に、「神の怒りの深刻さ」を認識させる事に成ったのは驚くべきではなかった。
このサントリーニ島の大噴火、更にイスラム教徒の膨張の他に、レオン三世がイコン禁止令を発布した理由として、もう一つの仮説が提唱された。その仮説とは、当時のレオン三世の帝国護衛隊に帝国の領土の外郭地域であったシリアやアルメニアの住民達が多く編入されていた事に結びついていた。
この様な地域の住民が帝国親衛隊に多く採用されていた背景には、恐らく帝国軍全体の中でこれらの地域の住民達が大きく比重を占める様に成っていた事があった事は容易に想像できた。これは、アラビア半島で発生したイスラム教徒の勢力がアラビアの砂漠から溢れ出し、中近東全体に広がって行った結果だった。つまりイスラム教徒の勢力がレバント地方やメソポタミア地方へと侵食して行った結果、シリアやアルメニアに存在していたキリスト教社会は直接的な脅威を感じる様に成って行ったのだった。
そうなれば、シリアやアルメニアのキリスト教社会に属していた人々が安定した生活を失う様になるのは当然の帰結だった。そうして、イスラム圏の膨張によって故郷を追われたシリアやアルメニアのキリスト教徒達が頼る先がコンスタンティノープルに成ったのは自然な流れだった。
かつて原始キリスト教と呼ばれていた時代、五つの総主教座が存在していた。それらの総主教座とはエルサレム、アンティオキア、アレクサンドリア、ローマ、そしてコンスタンティノープルの五つであった。この五つの総主教座の内、既にエルサレム、アンティオキア、そしてアレクサンドリアの三総主教座はイスラム教徒の長靴によって蹂躙されて了っていた。
この三総主教座に対する侵略はイスラム帝国がムハマンドによって建設されたすぐ後に行われた。それはイスラム帝国の膨張の激烈さを象徴する事柄であった。そして、この一連の侵攻作戦に於いて決定的な役割を果たした人物はアムル・イブン・アル・アースであった。
アムル・イブン・アル・アースはイスラム帝国の建国に貢献した伝説的な軍事指導者だった。彼の素性については、幾つかの伝説的な筋書きが伝えられているが、判然としなかった。それでも、この天才的なイスラムの軍事指導者がムハンマドと同族のクライシュ族の出身である事は確かだった。
クライシュ族はアラビア諸族の内、メッカ付近に於いて交易を主な生業として暮らす部族だった。アムル・イブン・アル・アースは最初、ムハンマドに敵対する側に付属していた。メッカからメディナへ逃れた後、ムハンマドは独自の武装勢力を獲、メッカ側との抗争を開始した。ムハンマド側とメッカ側との抗争は最初こそ、一進一退だった。
ムハンマドがメディナへ移動してから二年後、ムハンマドが率いたイスラム教徒軍はメッカとの戦闘に勝利する事が出来た。メディナへの遠征を企図したメッカ側の思惑は打ち砕かれ、メディナ周辺の人々の間に於いてムハンマドの権威は大いに高まった。そして、この勝利がイスラムの教えの伝播に重要な影響を与えた事は言うまでもなかった。又、イスラム教徒の間では、メッカの大軍に対して自分達が勝利を得る事が出来るとは、信じる事は出来なかった。しかし実際には、イスラム軍はあっさりとメッカ側の軍勢に勝利する事が出来た。その為に、後世、イスラム教徒の間では、この戦いの勝利は天使達の力によって齎された物だと言う神話的で、宗教的な伝説を持って語られる様に成った。
このイスラム教徒達の勝利は、メディナでのムハンマドの信望を高め、同時にイスラムの教えをより確固な物として拡大して行く傾向に繋がった。その翌年、メッカ側がより慎重に武具を整え、兵士を揃えてメディナへの遠征を再興する事に成った。このメッカ側による二度目のメディナ遠征ではイスラム側は敗北を喫する事に成った。だが、メッカ側もダメージは大きく、イスラム側を撃破したに拘らず、イスラム側を追撃して決定的な打撃打を与える事は出来なかった。
この時、メッカ側がイスラム側に対しての勝利を決定的に活かす事が出来なかったと言う事実は、今後のメッカ側の衰勢を決定付ける事に繋がった。そして、この折にイスラム側が決定的な敗北に塗れないで済んだ事は、後日のイスラムの興隆の為には決して欠かせない重要無比な分水嶺に成った。
こうしてイスラム側と、メッカ側の武力抗争は「どちら側の陣営にも」決定的な流れが訪れる事なく時だけが流れて行った。しかし、この様な停滞した状況は、結果として「より弱者だと思われていた」イスラム教徒側に取って有利に働く事に成った。これはメッカ側や、イスラム教徒側の双方の大部分の者達を含め、アラビア諸族の大多数の者が「間も無くイスラム側は滅びるだろう」と考えていた為であった。
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