第二章 第一節
そもそも、歴史上、初めて「ライブラリー」の編著者として「アポロドロス」の名前を紹介した人物はコンスタンティノープルの総主教フィティオス一世であった。コンスタンティノープルの総主教フィティオス一世は正教会に於いては聖人の一人として扱われており、一般に「コンスタンティノープルの聖フィティオス」の名前で知られていた。
この人物は古代ローマのプリンキパトゥスから数百年が過ぎ去った中世後期に於いて活躍した賢人達の中で最も偉大な人物の一人であった。彼は最初、コンスタンティノープル帝国大学の哲学科の教授として高名だった。この地位が彼に与えられた理由は、彼が東ローマ帝国を何度も襲った内戦のせいで散逸したギリシア語の古文献の再編集に際して示した功績であった。
コンスタンティノープルの聖フィティオスは膨大な古代ギリシアに関する知識を持ち、その知識の深さは失われかけていた「偉大なるローマの残された輝き」と言うコンスタンティノープルの「威光」を回復させる上で決定的な役割を果たした。彼はこの絶対的にして、余りに巨大な功績の為に、「マケドニア朝ルネッサンスの建設者」としての異名を以て讃えられる事に成った。
コンスタンティノープルの聖フィティオスは、その知識量に裏付けられた偉大なる文化的功績で後世に於いても広く礼賛された。だが、同時に彼はキリスト教の聖職者としては果断で、譲歩しない性格であった。その結果、彼は多くの敵を作り出したし、コンスタンティノープルとローマの断裂は決定的な物になった。
コンスタンティノープルの聖フィティオスの人並外れた知識は多くの人々の尊敬を集めた。そんな彼の賛美者の一人に、東ローマ皇帝ミカエル三世が存在した。ミカエル三世が即位するまでの間、東ローマ皇帝領はアッバース朝の圧力を受けて、勢力が衰えつつあった。そんな状況下にあっても、即位当時、僅か二歳の幼児に過ぎなかったミカエル三世には当然、どうしようも無かった。
ミカエル三世が即位した当初、帝国の実権はミカエル三世の母であった皇太后テオドラと、宦官のテオクティトスに握られていた。東ローマ皇帝テオフィリスの妻であったテオドラが行なった施策の内、特に重要だったのは「イコンの復活」であった。
イコンの存在は「厳密な意味での偶像崇拝」に当たると言う論も提唱されていた。その為、キリスト教に於ける原理主義的な思考に則れば、イコンは「偶像崇拝」にあたる可能性があったた。元を正せば、この様な「聖像崇拝と偶像崇拝との間の線引き」と言う課題はキリスト教が世界宗教として発展して行く過程で避け難い課題ではあった。キリスト教がユダヤ教社会の殻を破って拡大しようとした時、ユダヤ教社会以外の人々に「偶像崇拝の禁止」を徹底する事は困難だったのだ。
こうして、「聖像崇拝」は言わばキリスト教原理主義と、布教を進める為の必要性の確執の存在故に一種の「お目溢し」を得てきた。その様な訳で、「ぬるま湯状態」にあった「聖像崇拝」だったが、そんな状況に変化は「キリスト教社会の最も恐るべき敵」の登場によって齎される事に成った。つまりレバント方面からイスラム教徒達による圧力が増して行く中、東ローマ帝国の内部から「終末論的風潮」が生まれ、高まって行ったのだった。
当然の様に、こうした終末論の高まりの中で、「我々の中に神の意志に反している者がいるに違いない」と言う犯人探しが始まったのだった。この様な犯人探しの格好の槍玉に上がってしまった存在こそが、イコンであった。元々、イコンというのは聖職者達にとって、「信仰によって得た知識を他者の目に見える様に具象化する行為」の結果、作り上げられた物であった。
当然、このイコンと言う文化を始めとした「聖像崇拝」は当然の様に、「偶像信仰の禁止」に抵触する危険性を秘めた物であった。しかし、キリスト教の拡大に大きな貢献を果たして来た「聖像崇拝」の批判は、膨張して来たキリスト教社会に取って、大きな痛手になった。
又、修道士達に取ってはイコンの製作と言う作業は「聖なる物との結びつきを認識する」と言う意味でも重要な物であった。イコンの製作者に取ってだけではなく、イコンは「イコンを媒介として信仰の意思を示す」と言う点で信仰者達に取っても重要な物であった。
そんなイコン禁止令が中世中期に出されてから約百二十五年に亘って続いていた。イコン禁止令を発した当人であった東ローマ皇帝レオン三世は当然の様に最も苛烈な姿勢でイコン破壊を進めた。こうした「暴挙」にレオン三世を走らせた最大の理由の一つはサントリーニ島の大噴火であった。
レオン三世の治世の十年目に発生した、この大噴火は実に凄まじい物だった。サントリーニ島の中央の海中で地獄の蓋が開かれた。文字通りに海の底が引き裂かれた為、無尽蔵な海水が地底の溶鉱炉の中に注ぎ込まれた。そうなれば巨大な湯沸かし器が作動した様な物だった。延々と蒸気が吹き上がり、人々はいつ、地獄から悪魔の群れが飛び出して来るのかと、心の底から恐れたのだった。
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