第一章 第七節
アルピウムの町の正確な起源に付いては判然としなかったが、王政ローマ時代の後半にはこの町の名前を記録上に見る事が出来た。アルピウムの町はその名前に「山の」と言う単語の名残が見られる事からも明らかな様に、山岳地方に位置する街であった。そして山岳地方と言う場所は往々にして諸民族の領域が背中合わせに向かい合う結節点に成りがちだった。そして、実際に、アルピウムの土地はペラスジ人、フォルスキ人、最後にサムニ人といった諸民族の攻防が行われた場所であった。
アルピウムの町はラテン渓谷を見下ろす地理的要所に位置し、ラテン民族の故地として知られたラチウムの地の東北側境界に接した位置にあった。アルピウムの町の歴史はあまりに古すぎたか、或いは余りに「取るに足らないと思われていた」為に、その確固とした起源は歴史上に記録される事はなかった。
しかしアルピウムの街には「サイクロプスの石積み」と呼ばれた巨石遺跡の遺構が存在する事で知られていた。この種のイタリア半島に存在した起源が不明瞭な巨石遺跡を指して使われた「サイクロプスの石積み」の名前は、古代ギリシア神話に登場する巨人族達の名に由来する物であった。多くの歴史学者達の見解では、この種の巨大な石積みはイタリア半島に移住して来たギリシア系の民族達によって建設された物と推測していた。
とは言っても、恐らくこれらの石積みを建設した人々がイタリア半島に到達した時期は、ギリシア人達が「ギリシア文字」と言う名の彼等に共通したツールを手に入れる前の時代であった事は確かだった。と言うのも、もしもこれらの巨石遺跡を建設した人々の移住が、「ギリシア文字の登場」より後に行われたのならば、その事績に関する記録が残されていたと推測出来たからだ。そして、実際には「サイクロプスの石積み」の建設者達について、古代の文献は大体、口を噤んでいたのだった。この事実は、「サイクロプスの石積み」の建設が古代ギリシア人の知識の埒外で行われた事は確実な様に思われた。
サイクロプスと呼ばれた巨人達に関する伝説は、大きく分けてティタン神族に準じた三兄弟達に付いての物、次にオデュッセイアに登場した人喰いの怪物としての物、そして最後に古代ギリシア人が彼等の定住以前から存在した「謎の石積み」に関する物であった。この様にサイクロプスに関する古代ギリシアにおける伝説は、大まかに分けて三つの系統が存在したが、恐らくは、そして少なくとも神学上は、サイクロプス達の起源はティタン神族に準じた存在に遡る物と推定出来た。
ミレトスのヘシオドスはホメロスに次いで古代ギリシア文化の担い手達の中でも、最古の文筆家の一人だった。ミレトスのヘシオドスはアナトリアの西岸に浮かぶ島々の一つで生を受けた。アナトリア半島の西岸と、その沖合に浮かぶ島々はエーゲ海を渡って行われたオリエントとギリシア半島との交易の担い手として大いに発展した。゜潮怒火の生まれた家は、そんな風にして交易で財を成した商家であった。
しかし、ヘシオドスが幼かった頃、唐突にヘシオドスの一族はミレトスの故郷を捨てて、ギリシア本土へと移住した。これ以後、ヘシオドスは開拓農民として生計を立てる様になった。こうしたギリシア本土での農民としての生活は、後世の人々の間でヘシオドスによる佳作として知られた「労働と生活」を生む事になった。
この「労働と生活」は古代ギリシアで生活していた農民達の生活を、等身大の立場から語る名作として知られる存在になった。こうした「庶民の生活」と密接した抒情詩は、たくさんの無名の歌い手達によって歌い上げられた筈であった。しかし、実際のところ、「より高尚な」作品を求めた、古代ギリシアの記録者達は、庶民の生活をただ素朴に語った「この種の抒情詩」を記録に残そうとはしなかった。
そうした結果として、「労働と生活」は極めて貴重な物であった。こうした性格の抒情詩が後世に残された理由は、偏に、この作品がヘシオドスという名の「古代ギリシア最古にして最大の詩人の一人」の作品であった為であった。
「労働と生活」の資料的な価値、そして芸術的な価値は、この作品の存在だけでミレトスのヘシオドスの名前を不朽な物にする為に十分であった。しかし、ミレトスのヘシオドスが後代に於いてより一層高く輝き渡る王冠を獲得し、堅固にして永遠不滅の玉座に座る事が出来た要因は、彼が後世に残したもう一つの大作によるところが大きかった。
ヘシオドスが残したもう一つの大作の名前は「神々の系譜」であった。この「神々の系譜」の地位が普遍的である事は、ヘシオドスの名前や、「神々の系譜」という名前の作品を知らない人達でも、「古代ギリシアの神々の物語を聞いた事がある」人々の知識が、ほぼ間違いなくヘシオドスの「神々の系譜」の記述に基づいている事からも容易に証明する事ができた。それ程までにヘシオドスの「神々の系譜」は完成され、普遍的で、網羅的であった。
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