第三留
「詩亜さんはバドミントンでインターハイ優勝してるすごい人なんだよ、あたしたちのサークルの練習をたまに見てくれてるんだ」
「でも二留だろ」
「モデルのバイトもしててね、ミスコンにも毎年誘われてるんだけど断ってるくらい、すっごく美人さん……って、それは見たらわかるか」
「でも二留だろ」
「それでいて人当たりもいいし、あたしにも優しいし……」
「でも……」
「いちいち単調な横槍入れないでよ、ていうか君も留年してるでしょーがっ!」
そんな僕らの問答を見て、龍ヶ崎(二留)は楽しそうに笑っていた。
「仲がいいんだね、二人は」
「仲がいい? 心外だな。僕をこんなアバズレ女と一緒にするなよ」
「アバズレなんて言葉使う大学生まだいるんだ……」
夏実がこちらになんともいえない視線を向けていたが、まあ無視だ無視。
「それで……なんなんだ、『留年部』とかいう、そのふざけた団体は」
僕がそう質問すると、龍ヶ崎(二留)は口を開く。
「留年部は伝統も意義もある団体だよ、大学からも認可されている」
「意義ぃ? こんな愚者の集まりのどこに……」
「月羽はかつて学生の自殺率が全ての大学で一位になってしまったような学校だ。理由はわかるかな?」
「自殺なんて愚かな選択が頭をよぎる程度の学生ばかりだということだろう」
「こんな茨城の辺境にあるから、多くの学生は一人暮らしを強いられる。東京に出るのも一苦労、少し大学を離れると森林や田んぼばかり……心を病むにはふさわしすぎるような場所なのさ」
龍ヶ崎(二留)の言っていることは確かに事実だ。
『東京まで電車一本!』が売りであるものの、実際には片道4,50分かかることに加え、往復で2000円以上の出費となる。
貧乏学生はどんどん足が遠くなる、というわけだ。
「加えて、月羽は在学年限が非常に短い。他大学なら八年のところ、六年しか大学には居られないんだ。一年や二年の留年で崖っぷちになり、精神が不安定になる学生も多い」
龍ヶ崎は少し目を細め、寂しそうに口を開いた。
「弱い人間はね……群れて寄り添いあって生きていかなきゃ駄目なんだ」
「……なるほど」
僕は頷いた。
龍ヶ崎(二留)の言うことも一理ある。
高校時代からそうだった。僕が一人で勉学に励んでいる中、クラスの頭の悪いやつらは一つの机に集まっていつも下品な笑いを浮かべていた。
あれは生物として正しい営みだった、ということか。
「しかし、それでも僕には必要ない」
「なぜ?」
「僕は自殺などしないし、勉強も問題ない。むしろこんな学校のカリキュラムじゃ簡単すぎて困っているくらいだ」
「なら、こう考えてくれ。これはボランティアだ。君は留年部に入ることで、君以外の留年した生徒の弱った精神を支える。加えて勉強も教えてやれるのなら、彼らの進級の助けにだってなれる」
「救世主……なかなか悪くない響きだな」
「でしょ? はい、というわけで君に早速仕事を与えよう」
そう言って、龍ヶ崎(二留)は僕に一枚の紙切れを手渡した。
そこに書かれていたのは、住所と……
誰かの学籍番号?
「君以外にも心配な子がいてね……様子を見てきて欲しいんだ。数学科の宮沢一瑠、聞いたことあるよね?」
「誰だそれは?」
「……それも知らないんだね。君、面接なしの一般入試だろう?」
「確かにそうだが、どうして急にそんなことを? 口だけの推薦の奴らより優秀だと言いたいのか?」
「時事に詳しくないだろ、ってことだよ。まあ、行ってらっしゃい」
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