第7話 提案

 須田源一郎すだげんいちろう、それがこのコミュニティのリーダーである男の名前だった。


 あの魔女裁判のような場から須田さんの自宅へと場所は映り、俺はその日は須田さんの家の客間で寝させてもらった。流石金持ちの家というだけあって客間がかなり広い。和室でよくわからん掛け軸やらが飾ってあり、真新しい畳の臭いが心地いい。俺のアパートの部屋全体よりずいぶん広かったのが複雑な気分だったが。


 その翌日、須田さんの奥さんと高校生ぐらいの娘さんには席を外してもらい、俺は須田さんと2人で話をした。内容は俺の能力について。最初はにわかには信じられないといった風ではあったものの、そんな態度で済ませておく金持ちではない。印象が悪くならないようにすぐにその態度を改めて取り敢えず俺の話を最後まで聞く体制に入る。流石だ。


「では君は扉さえあればどこでも不思議な駄菓子屋を呼び出すことが出来て、そこで勝手に補充されるお菓子を食べることで超人的な力を得ていたという訳なんだね」


「はい」


「そ、そうか。何とも今まで聞いた事も無い話で少し混乱してしまうな。だがこうして実際に力を見せてもらってはとても嘘だなんて言えない」


 須田さんは証拠として俺が駄菓子屋から新しく持ってきた『イカ串』と『ソーダガム』を手に取って観察している。目の前のテーブルには力を試すためにと使わなくなって捨てるまじかだった鉄製の鍋が真っ二つに引きちぎられた状態で鎮座していた。


「うん。これがあれば皆を説得する材料には困らないだろう。我々の理解を超える力ではあるが、この住宅地の外の事を考えればどれだけ有用であるかはわかる筈だしね」


「ただ一つだけ。このお菓子の力については自分以外の体で試したことがありません。もしこれから駄菓子の力を使ってゾンビに対抗していくのなら、その前に俺以外の人間が使った場合どうなるのかの確認は必要でしょう」


「そうだね。それは私も必要だと思う。ただ、これに関しては慎重に行う必要がある。何処から出て来たのかもわからない謎のお菓子で変なパワーが出せるようになるなんて、このコミュニティに所属している人たちは拒絶してしまうだろう。だから樫屋くん、ここは一つ提案なのだがこの件に関して私に預けてくれないだろうか」


 白髪交じりながらキッチリと整えられた髪に人のよさそうな笑顔を浮かべてそう持ち掛けてくる須田さん。須田さんはこのコミュニティのリーダーで信頼されている、この人に任せておけば駄菓子の力を俺以外の人間で試しやすいのは確かだ。この先、ここに居るにしろ出て行くにしろ俺以外の人間が駄菓子の力を使う場面は必ず来るだろう。


「分かりました。ですが駄菓子は一日ごとに一定数しか補充されません。補充される数もかなり少ない。今日の分は今ここに出してあるものが全てです。それは分かっておいてください」


「もちろんだ。ただ一つだけ、補充されるタイミング、時間帯は特定しておいてほしい。今後いざという時に補充されていないと慌てたくはないからね」


「分かりました。特定しておきます」


「じゃあこの駄菓子を提供してもらうのと引き換えに、君がこのコミュニティに所属することを容認する。泊る所は取り敢えず私の家の客間にしてくれ」


 そう言って来る須田さんに俺は頷き、須田さんがこの後予定があるという事で今回の話し合いの場はお開きとなった。


 須田さんが出て行ったのを見て、俺は代わりに入って来た奥さんにお茶をいただきながら思考を巡らす。須田さんはあの通り良い人そうで頭が回る、だがそういう人間に限って裏では良からぬことを考えているものだ。自分の権力を増大させ、誰にも逆らわせないようにする。なんてことを企んでいてもおかしくはない。


「お茶菓子も一緒にどうですか? あまり高くないお煎餅でお恥ずかしいですけど。中々おいしいですよ。」


「あ、すみません。いただきます」


「うふふ、樫屋さんお菓子大好きでしょう? 私も好きだから分かるのよ。うちは主人も娘も全然食べないから、こうして一緒に食べるお友達が増えて嬉しいわ」


「あ、あはは、そうですね。俺も嬉しいです」


 この後、2時間近くも奥さんの話に付き合い、解放された俺は呼び出した駄菓子屋で沸かしたお湯で体をふくと、ようやく就寝した。







「樫谷君は眠ったかい?」


「ええ、薬が効いたのかもうぐっすり。当分は起きないわね」


「そうか。なら彼の体を調べる時間も十分とれるかな」


「切るんですか?」


「いや、そこまでやって万が一死んだら事だ。貴重な能力者のサンプルだし、この終わった世界では役に立つ能力だからね」


「ふふふ、なら彼を穏便に引き止めないとですね。夏海なつみに仲良くなってもらいましょうか」


「それがいい。彼も男だ」


「では夏海には伝えておきますね」


「頼んだ。私は体を調べてくる」


「はーい」








「眩しい」


 朝の陽ざしが開け放たれた窓から容赦なく俺の顔を照らす。障子を閉めていなかったか? 昨日は疲れていたから忘れていたのだろうか。そう思ったのだが、ふいに横から現れた人影にそうではないことを悟った。


「おはよう。お寝坊さん」


「おはようございます。えーっと、君は確か……」


「この家の娘、名前は夏海。これから一緒に暮らすんだから覚えてよね! おにーさん」


「あ、ああ」


 ニッコリと気持ちのいい笑顔でそう言って来る高校生ぐらいの女の子。そう言えば昨日少しだけ見た須田さんの娘さんだ。日焼けした健康的な肌に長すぎない黒髪、スタイルの良い体にフィットしたセーラー服。なぜにセーラー服???


 とにかく、どうやら寝坊した俺を娘さんが起こしに来てくれたらしい。こりゃあ申し訳ない事をしてしまった。


「すまない。どうやら疲れていたみたいだ」


「みたいだね。もう9時半すぎてるよ。みんな起きてご飯も食べちゃった」


「そうか。それは申し訳なかったな。とういうか、俺の分の朝食も用意してくれていたの?」


「あったりまえじゃん! おにーさんはこれから一緒に住むんだから。もう家族の一員でしょ? わたし一人っ子だから鏡台に憧れてたんだぁ。だからおにーさんが家に来てくれて超嬉しい! おにーさんだけ朝ごはん出さないなんて私が許さないよ!」


「家族って、昨日会ったばっかりだぞ。話したのも今が初めてだし、君と俺とじゃ年が離れすぎてて兄弟って感じでもないでしょ」


「そんなことないもん。おにーさん25歳ぐらいでしょ? 私17だから8歳しか違わない! それぐらいならフツーにあるじゃん」


 ぐいぐいと迫るように可愛い顔を不満げにして近づけてくる夏海さん。まるでどうしたら自分の魅力が最大限に発揮されるか分かっているかのようなその行動に俺はどぎまぎする。女性、それも女子高生という種族とは決して関わり合いになる事は無い人生だと思っていたのに、まさかこんな形で目の前に迫るとは思いもしなかった。ここまで女性に近づかれるだけでも初めてだというのに、こんなの心臓が持たん。


 俺はおそらく赤くなって沸騰している顔をサッと横にずらして、奥の壁に飾ってあったよくわからない掛け軸の絵を見つめる。あれは滝を上る魚? それとも松の絵かな? どうでもいいけど気がそれるものがあって助かった。


「お、俺は25じゃない。30だよ。ほ、ほら。君と離れすぎだろ?」


「30!? えー全然見えない! でもでも、30歳でもおにーさんなら私は全然OKだよ!」


「いや、OKとかそんなんじゃなくて」


「良いから、早く朝ごはん食べに行こうよおにーさん!」


 腕を掴んでぐいぐいと俺を立ち上がらそうとしてくる夏海さん。俺は触れられた腕に感じる熱で激しく動く心臓に何とか落ち着いてくれと念じながら立ち上がる。するとすかさず夏海さんは引っ張った腕に自分の腕を絡め、左手で手のひらを握った。


「ッ!?」


「おにーさんどうしたの? あ、それとも。……おにーちゃんの方が良かった?」


 上目遣い。頭がおかしくなる。


「ひ、ひとりでも」


「おにいちゃん、私ね。お兄ちゃんと一緒に朝ごはん食べたくて、まだ食べてないんだ」


 隣の席で一緒にたべよーね。おにいちゃん?

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