第6話 魔女裁判の気分

 これまでの人生の中で一番ぶっ飛んだ人間、それが西園寺龍紀に抱いた印象だった。


 まるで漫画の中に出てくる不思議な言動をするサブヒロイン(絶対に結ばれない)のような言葉遣い。キャラ作りしているのか、はたまた本気でこのキャラなのか。もし作ってるのなら彼女はいまだに中二病に囚われているのかもしれない。


 そんな囚われ系の彼女だが、その言動の中で最もそれっぽい発言だったロボットと言う部分は真実だった。あの後、彼女の誘導に従って今いる住宅地エリアに入る唯一の入り口へと向かうと、そこには配色が狂っているんじゃないかと言うぐらい色とりどりなロボットたちが一直線に道路を封鎖していた。


 ロボットの脚部はキャタピラで、上半身は人間のような形をしている。それが軽々と厚い鉄板を持ち上げ、せっせとバリケードを増築しているのを目の当たりにした時は、まさか未来に来てしまったんじゃないだろうねと疑ったものだ。


 とにかく彼女のおかげでこのエリアはひとまず安全なことはわかった。俺は色々あって疲れていたことから彼女の家の空いているベッドを使わせてもらい休息を取った。


 そして数時間が経ち、夕方の赤い光が差し込むようになった現在、俺は今このエリアの生き残っている住民たちに囲まれている。


「皆さん、お集まりいただき有難うございます。前回の集まりから2日、暫くは様子見のためそれぞれの家で待機とし、次の集まりは来週水曜と言うことになっていましたが、ここで問題が舞い込んできました」


 この中で一番年上そうな初老の男性がそう話すと、そこに集まった人々の視線が1人椅子に座らされている俺に向けられる。視線の種類は様々、外の状況を聞けるかもしれないとソワソワしている者、どこかで見たことあるなと首を傾げている者、だが大半は疑って掛かるような鈍い光を灯している。


 ここに集まっている人数は俺と西園寺さんを除いて9人。男性5人、女性4人。家の数が6軒であったことから、それぞれの家の家主とその妻と言ったところか。


「彼は今日の昼頃に隣のアパートから西園寺さんのお宅の屋上へと飛び移ってこちらに来たらしい。それから小学校中学年ほどの女の子も一緒だそうだ。これをどうするかを一緒に決めたいと思う」


 何だろう。まるで魔女裁判にかけられているような気分だ。ほとんどの人は否定的な考えで、特に女性は俺のような知らない男が一緒に生活することに不満があるように見受けられる。


 それでも相当な金を稼いできた人たちの話し合い。進行役の初老の男性がうまくまとめていて、話が進まないと言うことはなかった。


「僕は彼も一緒に生活する事に反対しないよ。こんな状況だ。人手は多い方がいいしね」


「私は反対です。子供達もいますし、素性のハッキリしない男の人が近くにいると言うのは大きなストレスになります」


「そんなこと言ったって、見捨てて追い出すわけにも行かんだろう。それは流石に人道に反する」


「避難所なら近くの公民館があるでしょう。食料の問題もありますし」


「とても頼りになるとは思えませんしね」


 女性たちはどうも俺を追い出したいらしい。それはそれで問題はないと言えばない。あの女の子を預かってもらうのと、今日の食事さえ出してもらえたら文句はない。まあ、おいてもらえるならそれに越したことはないが。


 議論は熱を持ったまま続いている。ここに来ていない奥さん2人に子供を預けている家庭もあるらしい。そろそろ結論を出そうかと言う雰囲気が出てきた時、不意に今まで静かに話を聞いているだけだった西園寺が俺に質問してきた。


「そう言えばあのアパートから私の家までって結構距離があったと思うんすけど、樫屋さんよく飛び移れましたね。すっごい脚力!」


「確かにそうだ。あんな距離普通は

無理だろう。それも子供1人抱えてなんて」


「あなた何かスポーツでもやっていらしたのですか?」


「あー、まあ昔は少し。でも今回のは火事場の馬鹿力みたいなもんですよ」


 駄菓子の力のことは不用意に話せないので誤魔化しを入れたけど流石に無理があるか? 幅跳び選手なみに飛んだもんな、あの時。


「うちの屋上の鉄扉も素手でガーン! って引きちぎってて凄かったっすよ! うちのロボットでもあんな事簡単には出来ませんもん!」


 うわ、全部言われた。鉄扉引きちぎるなんてどう考えても誤魔化せない。ほら見ろ全員の顔が化け物を見るような目に変わってくじゃないか。


「ど、どう言うことだい西園寺さん。まさか本当にそんなこと」


「はい! 私この目で確かに見ましたから、これについてはバッチリ間違いないっす!」


「そ、そうか。君、間違いないのかい? その、鉄扉を引きちぎったのか?」


 これは誤魔化しきれないか。せめて西園寺さんの言動に懐疑的になる人が1人でもいれば違ったのに。随分と信頼されてやがる。


 しかし、どうもこの視線は嫌だな。化け物を見る目、ゾンビを見るのと同じように見られたらたまったものじゃない。


「ええ、それは間違いなく俺がやりました。ただ、今は出来ませんがね」


「それは、何か条件が揃えば腕力で鉄扉を引きちぎれると言うことかな?」


「まあ、そう言うことです」


 そういうと集まった人たち、特に女性がやかましく騒ぎ始める。当然だな、知らない男から化け物に変わったんだから。


 これで流れは俺を追い出す形になるだろう。それは良いがせめて女の子は置いてもらわなくては。


「みんな少し落ち着いてくれ」


「でも!」


「まあまあ、ひとまず美空さんの奥さんも源一郎さんの話を聞きましょう。ね?」


 やはりここを指揮しているあの初老の男性がこのグループのリーダーか。源一郎さんね。


「君の力について聞きたい。君は条件付きなら力を出せると言ったが、それは外的要因によるものなのかな? 例えばロボットアームのような機械を使用しているとか」


「そんなものは無いですよ。俺は天才でも金持ちでもないですから」


「ではそれを教えてくれないだろうか?」


「何故です?」


「君がこのコミュニティにとってなくてはならない存在になり得るかどうかを判断したいから、かな」


「……」


 この人、かなりやる人だな。俺の会社の上司なんて高圧的で上から押さえつけて従わせるような事をするのに、本当に優秀な人はこうやって人の心に滑り込んでくるんだろう。厳格そうな名前の割に顔が優しげなのがまた効いてる。


 俺がこのコミュニティに必要かどうか、か。話せば俺はこのコミュニティに置いてもらえそうな空気感だ。


 ここから出て避難所を探すにしても、どこが無事でどこが駄目かは行ってみなければわからない。あの能力の上昇幅から考えるとここを出てもあらかたの危険は回避できそうではあるが、駄菓子の力についてまだ検証不足な部分もあって不安が残っているのも事実だ。


「分かりました。俺の力について話しましょう」


「ありがとう!」


「ただし、話すのは貴方にだけです。その後、他の方に話すかどうかは貴方が決めてください」


「わかった。では皆さん、彼についてはしばらく私の家で生活していただくこととします。その後についてはまたおって連絡しますので、今日は解散しましょう」


 他からの不満はないか。勿体振りやがって! なんて言ってくるような短略的な人間は居ないと。


 ここから出るか、残るか。とりあえず時間の猶予はできた。おそらくこのコミュニティの現在の様子からしてそこまで食料に困っていると言うこともなさそうだし、ここで調達して店の冷蔵庫なりに貯めていけば今後動きやすくなる。


 今は少しでも安全な時間がある方が得だ。この間に今後の事について色々考えさせてもらうことにしよう。


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