第5話 天才美少女ヲタクは引きこもりニート大学生20歳美少女(〆)
アパートから裏の家の屋上に飛び移ってから、俺はひとまず女の子を寝かせてこの子の容態を確認した。意識を失っているので状態を直接聞いて確認することは出来ないものの、ぱっと見ではこの子の両親が悲惨な結果になってしまっていたのから考えるとかなり軽傷に思える。
頭から少し血を流してはいたものの、怪我自体はそれほどひどくは無かったようでたれたちを拭ってやれば新たに流れ出てくることは無かった。子供とは言え女の子なので服を脱がせるわけにもいかず外観をぱっと見で判断しただけだが、おそらく深刻な怪我はしていなさそうだ。これなら暫くすれば目を覚まして普通に歩けるだろう。
女の子に問題が無さそうならば、次にすることは家の周囲の確認だ。逃げ場が無かったとはいえい勢いでこちらに飛び移ってしまった。もしこちら側の方が酷い状況であったならば、俺たちはこの屋上から移動する事が難しくなる。
俺は広い屋上をアパートがある方とは反対方向にまっすぐ歩き、恐る恐る下の様子をうかがう。すると、どうやらここはこの家の持ち主のようにそこそこお金を持っている人たちが家を建てて住んでいるエリアだったようで、俺からすれば豪邸のような家々が目に飛び込んで来た。
見た所この家はこのエリアで一番奥に位置しているようで左側は塀と樹木があるのみで家も道も無い突き当り、目の前には広めの道路、右側には正確な数は解らないが家が複数軒並んでいる。
下に見えるこの家の庭はよく手入れされていて、この家の住人の趣味なのか色鮮やかな綺麗な花が咲いていた。この感じだと庭の右側にある車庫には高級外車でも置いてありそうだ。
おっと、あまりの生活レベルの違いに少々脱線してしまったが、今肝心なのはそんな事ではなかった。ゾンビが居るかどうかをしっかり確認しなくては。
「……なんで?」
しっかりと目を凝らして道路や庭、向かいの家やその隣の隣までもチェックしていくが何故かゾンビの姿が何処にもない。それどころか少しの血の跡も無くこのエリアは何処をどう見ても平和な日常の風景にしか見えなかった。
後ろから未だに俺たちの方に手を伸ばしながら唸っているゾンビの声が聞こえてくる。
不気味だ。
前を見れば平和な風景、後ろを見れば終末世界。ギャップのあり過ぎる光景に頭がおかしくなりそうになる。この家があるエリアもあのゾンビで溢れかえっていたアパート横の坂と繋がっているはずだ。あの坂道からだと2回か3回か曲がることはあるかもしれないが、それでも道は通っているだろう。ならばなぜこちら側にはゾンビが居ないんだ?
ゾンビが居ないことが逆に気持ちが悪い。こんな感想を持つ日が来ようとは、人生何があるか分からないものである。
ともかくこちら側にゾンビが居なさそうなのは分かった。という事は下に降りても安全な可能性があるという事。何にせよ俺は今菓子以外の栄養素が必要だし、女の子は怪我もしていて安静寝かせられる場所が欲しい。
俺はもう一度しっかり下の様子をうかがってから、女の子の所に戻り彼女を抱きかかえた。ここから下に降りる扉は飛び移ってきたときに見つけている。鉄製の取っ手の付いた緑の扉。女の子を一旦また近くに寝かせ取っ手を掴んで引っ張ってみれば、扉はガコンと音を立てて開い……うん、開かないね。甘くないなセキュリティ。
辺りを見渡す。女の子を連れた状態で下に降りるなら、あまり衝撃を与えないやりかたの方がいい。ただでさえさっきのジャンプで負担を強いてしまった感じだしな。あれのせいで気絶した時間伸びましたと言われたら文句も言えないよ。
やはりここから下に行くしかない。ガムの効果はまだ残っている。
「ぶっ壊すか」
これからこの家でしばらく過ごすならここの扉を壊すのは少々怖いが、この際背に腹は代えられない。
さっきこの状態で車のドアを引っぺがしたんだ、これぐらいの鉄扉なら開けられるだろう。
中腰になり扉の淵を持って一気に力を籠める。かなり昔の野球漫画で見たちゃぶ台返しの要領だ。するとベキョッ!? という、普段なら絶対に聞かない様な音が手元から鳴り、次の瞬間目の前を上に向かってビューン!!! 鉄製の扉が打ち上げ花火のように飛び上がった。
「うわっ!?」
これにはやった本人の俺も流石に驚いた。正しく両手の力をいっぺんに使うことが出来ればこんな事も出来てしまうのか。改めて駄菓子の能力の異常さと、危険さが分かった瞬間だった。
ずっと考えていたがやっぱりこの能力については他人にあまり言いふらさない方がいいだろうな。こんなことが出来るなんて知られたら根掘り葉掘り掘り返されてしまいには監禁しようなんてことにもなりかねない。駄菓子の能力も永遠じゃないからな、隙をつかれて駄菓子屋を出せない様な場所に押し込められれば敵わない。
まあそれは今はいいか。とにかく今は中の安全確認をしよう。女の子についてもそうだけど、俺も少し休みたい。
さてここから下に梯子でも伸びているのかな。そう思って蓋が無くなった穴をのぞき込む。するとそこには、暗がりにポツンと1つ。青白い顔がこちらを見ていた。
「ひえっ!?」
ポカンとした表情、生気の無さそうな青白さ。ぞ、ゾンビか!? そう思って身構える。するとそいつはか細い声でこう漏らした。
「え……、と、扉、ない、なった」
ああ、これ俺のせいでなってる顔かぁ。
ふかふかの大きな天蓋付きのベッドであの時車から助けた女の子が規則正しい寝息を立てている。
あれから色々あった。まず俺が屋上の扉を飛ばした穴から見た青白い顔の人物は、この家の持ち主の娘さんだった。
彼女の名前は
顔が青白いのは暫く外に出てないからだったわけね。
俺は吹っ飛んだ屋上の鉄扉が戻って来たのをキャッチしながら、この件についての謝罪と怪我をした女の子が居ることを伝え、こうして快く部屋とベッドを使わせてもらう運びとなった。
決して脅しはしていない。ちょっと手に持ってる鉄扉を握ってへこませて見せたが、その程度だ。
ベッドで寝ている女の子を横目に、俺から少し離れた所にある汚いパソコンデスクの椅子に座ってこちらを見ている西園寺さんに顔を向けると、彼女はあからさまに顔を逸らした。
「いやあ、どうもありがとうございます。おかげで助かりました」
「い、いえいえ、こここ、困ったときはお互い様っすから。モーマンタイって感じです。ハハハ」
「笑顔が固いですね。西園寺さん」
「へえ!? そそそそんな事無いっすよぉ。ほ、ほら、私プロレスラーの人とか始めて見たんで、ちょっと緊張って言うか。ほ、細いのにすっごいパワー! さ、流石っすねぇ。フーッ! かあっくいいー。てきなあ」
なんだか変に誤解されている様だ。まあ当然か。でもプロレスラーは無いでしょ。こんなヒョロくて草臥れたおじさんがあんな輝かしい舞台には立てんよ。
しかし、西園寺さん女性だけど話しやすいタイプの人で良かった。整えたら美人そうなのにズボラな服装と雑魚の下っ端隊員Aみたいな話し方のおかげで緊張せずに済む。
「ところでご両親は在宅されていないのですか?」
「あ、両親っすか。い、今は二人とも海外にいってて、たぶんどっかの観光地でバカンスとかじゃないっすかね。知らんけどですけど」
両親不在か。好都合というべきか、逆に都合が悪いというべきか。どうも西園寺さんは今の外の状況を理解しているのかいないのか分からない節が見受けられる。なんというかこう、ふわっとしているというか。緊張感がない。聞いてみるか。
「なるほど。そうですか。ところで西園寺さん、西園寺さんは今外がどうなっているか知ってますか?」
「あ、ゾンビっすか? もちっすよ。もち知ってるっす。でも安心してください。うちらの家の周辺には腐った死体は来れないっすから! なんたってうちがここのエリアの入り口にがっちりバリケード組んでガードしてますんで!」
「えっ?」
バリケード? それならこの辺にゾンビが見当たらない事に納得できるけど、でも昨日の今日だぞゾンビが湧いて出たの。
「あ、いま樫屋さん絶対無理だろ何言ってんだこのクソ美少女ヲタクがっ! っておもいますたか? ふふふのふ、残念でしたね樫屋さん! わたぁしはただのクソ美少女ヲタクではあーりません! 天才!クソ美少女ヲタクです! クソですクソ! ロボッツ革命!」
……なんだこいつ。
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