第3話 引きこもりと増えたお菓子
斎藤さんに襲われたあの朝から今日で5日、どうやら世界は終末へと向かい始めたらしい。
あの日から俺は外には一切出ず、自室でひっそりと息をひそめながら情報を集めていた。
現状、まだネットが繋がっているし水道も電気も辛うじて生きている。ありがたい。ただライフラインが生きているのだからと一縷の望みをかけてネット検索してみれば、出てくるワードはゾンビ、テロ、爆発、核兵器などと言った物騒なワードばかり。俺のような情弱で頭が悪い人間も流石にこれは世界の終わりが近づいているのだと解る。
少ない食料を細々と消費し、一食を駄菓子に置き換えることで何とかもたせる日々。遠くで聞こえる爆発音や、低い唸り声が俺の精神を削っていく。
会社に電話しても誰も出ない。メッセージアプリで連絡を試みても誰も返信を返してこない。まるでこの世界に生きている人間は俺一人になってしまったかのようで、息が苦しくなってくる。
そんな中、九州の実家に連絡が付いたのだけが唯一の救いだった。父も母も無事で実家の周辺もまだ被害も無く無事らしい。田舎と言うわけでもないのに何も問題ないというのは嬉しい話ではあるものの、両親の話す内容には想像もしていなかった突拍子もない内容も含まれていた。突然巨大な氷の壁が出現して町の中と外が分断されたというのだ。
なんだそれは。ゾンビの次は超能力バトルでも始まるのか? まるで漫画の世界じゃないか。
訳が分からない。そう思っているうちに俺は思い出した、そう言えば俺の駄菓子屋も超能力じゃないかと。本当は昔からこの世界には超能力者が存在していて、異常事態が発生したためにやむを得ず力を使った。たぶんそういう事なんだろう。
とにかくその氷の壁のおかげで両親は無事だったのだ。感謝こそすれ文句なんて一つも無い。
待てよ、超能力者が俺以外にも存在しているというのなら、このゾンビ発生も超能力者が起こした可能性もあるんじゃないか……?
可能性は無くはないだろう。ただ能力を使って1日2日で世界中をゾンビで溢れさせることが出来るのかと言われればちょっと難しいように思う。世界中を2日で周り切るなんて一人では到底無理な話だ。
「やっぱりウイルスなのか」
国が発表した内容では新種のウイルスが発生した可能性が高いという話だが、未だに正確なところは解っていないらしい。発見に手間取っているのか、それとも発表できない理由でもあるのか。何にしろ今後新しい情報が出て来るかもわからない状況だ。ネットも電気もそのうち使えなくなるだろうからな。
ちなみに自衛隊は全国で動いてはいるらしい。この家に閉じこもっている間にもヘリコプターがしきりに飛び回る音が聞こえていたので、街の方に行けば保護してもらえる可能性はある。
ベッドに寝転がりながらノートパソコンの画面を眺める。掲示板サイトでは今もすごい勢いで情報が流れていて、日本全国で起こっている悲惨な状況を生々しく教えてくれていた。
右手でキーボードを操作しこの家の周辺の状況を書き込みながら、左手でチョコレートでコーティングされた棒状のお菓子を貪る。
「うまっ。やっぱチョコは最高だな」
このチョコでコーティングされた麩菓子棒は、『ちょこば~。』というお菓子だ。
シンプルな作りだがチョコと麩菓子の組み合わせが抜群で、口に入れた瞬間に溶けたチョコが麩菓子にしみこみサクサク感としっとり感を同時に味わうことが出来る。それに加えチョコレートの豊富な栄養素と精神を落ち着かせてくれる効果もあり、まさにこの危機的な状況では最適なお菓子と言えるだろう。
そんな素晴らしいこのお菓子だが、実は俺の家で常備していた物ではない。2日目の昼に昼ご飯を駄菓子で済ませようと駄菓子屋を開いたら棚の上にいつの間にか増えていたのだ。
ガムやイカ串が10個ずつ補充されるのに対してこの『ちょこば~。』は5個ずつしか補充されないらしいが、味を楽しむしか出来ないガムよりは随分良い。少なくとも朝食の代わりにはなるからな。
「ただなんで増えたのかが分からん」
この駄菓子屋を呼び出す能力については子供の頃に散々調べた。自分以外には呼び出せないし、自分以外の誰かに駄菓子を渡すのにも補充分の半数までしか渡せない。ガムとイカ串に飽きて他にも出てこないかと色々と試してみたりもしたが、結局ラインナップは変わらずそのうち飽きて調べるのを辞めてしまった。
それが今回30年起きなかった変化が突然現れた。何かきっかけがあったとしか思えないのだが、そのきっかけが何なのかさっぱり見当もつかない。
「ここ最近であった特別おかしなことと言えばゾンビが出たことだけど……」
だから何んなんだ? ゾンビと駄菓子、繋がる部分が一つも無いじゃないか。
結局、現状では駄菓子が増える条件を特定するには至らなかった。今後どう行動するか決めてはいないが、この件についてはひとまず将来の自分に全部丸投げするしかないな。
ところで肝心の『ちょこば~。』の効果について面白い事が分かった。
『ちょこば~。』を食べてから取り敢えず前回のガムの時のように検証してみたわけだが、試しに殴ってみた襖を腕が貫通して中にしまってあったゲーム機を軽く壊してしまった。これによりガムと同じくパワーが上がっていることは解ったのだが、問題はパワーとは別にスピードも上がっているらしいという事にある。
俺は襖に向かって軽くパンチしたつもりだったのに、思っていた2倍近いスピードで腕が伸びてしまって襖を貫通してからすぐに腕を止めることが出来なかった。そのせいで勢い余ってゲーム機まで壊してしまったのだ。
あのゲーム機高かったのに……。
ま、まあそれはいい。つまり、この『ちょこば~。』はスピードとパワーの2種類の能力が上がっていたのだ。
今までの駄菓子はガムはパワー、イカ串は頑丈さという風に一種類ずつの能力上昇だった。それが今回はいっぺんに2種類。スピードとパワーという組み合わせも良い。
この世界で生き残ることにおいてスピードはかなり重要だ。ゾンビがウイルスによるものという可能性がある以上、咬まれても大丈夫だからと安心はしていられないからな。ただ同時に万が一を想定したパワー上昇があるとより安全性は増す。
『ちょこば~。』自体の能力上昇幅はガムやイカ串と比べれば低いようだが、ゾンビ相手には十分どころか『ちょこば~。』一つ食べて動いた方が効率がいい。ガムはともかくイカ串は固くて食べるのが大変だからな。
ただ問題も一つある。その分持続時間が短いという事だ。
スピードが上がっていることを確認してからどれだけ早く動けるかを部屋を走り回ることで試していたのだが、『ちょこば~。』を食べ終わってから5分後にはもう能力が切れていた。イカ串は8時間、ガムは5時間近くは能力が続いていたというのにこれは余りにも短い。
「もしかすると、ちょこぱ~には他にも何か能力があるのかもしれないな。能力キレるの早すぎるし。それにしても……」
ぐう~っ。
「はら減ったぁ」
引きこもって早五日、冷蔵庫には最早食材が一つも無かった。あって野菜のクズぐらいでこんなものでは腹の足しにもならない。みそ汁の具としても機能しない程度だからな。正にクズよ。
駄菓子はある。でも駄菓子だけじゃ生きて行く上で必要な栄養素は絶対に得られない。それにイカ串と『ちょこば~。』だけでローテーションって、そんなの3日で飽きるわ。
何かまともな食材が必要だ。
「となると必然的に外に出ないといけない訳で、近くのスーパーに行くにもゾンビとかち合うのは必至。少なくとも斎藤さんは家の前でうろついてるし」
こんな時、部屋が一階にあったなら窓から出られたんだけどなぁ。
窓を開けてみると微かに腐臭が漂ってくる。少しだけ身を乗り出して下を確認してみれば、一階の部屋のベランダで腐ったゾンビが窓と格子柵の隙間に挟まって藻掻いていた。
「キッショ。こりゃ窓からはキツイな」
窓から降りるには下の階のベランダの格子柵に足を駆ける必要がある。もし足をかけた瞬間に掴まれでもしたら転んで集まって来たゾンビに食われるか、それとも窓の方に引きずり込まれて食われるか。どちらにしてもアウトだ。
窓から見えるのはアパートの裏庭と道路の上り斜面。見た所ゾンビの数はベランダの格子柵に挟まっているのを除いて三体、うち二体が道路の方に居て、裏庭には直立したままその場で小刻みに揺れているのが一体だけいる。
仮にイカ串で体を丈夫にして飛び降りたとしても出口である道路側に2体居るのはキツイ。斎藤さんは結構歳だったから顎の力が弱かっただけで他のゾンビはもっと顎の力が強い可能性もある。
「だったら表の斎藤さんを倒して突破した方がいいか」
これまで駄菓子の力を調査してきた所感としては、斎藤さんぐらいの小柄な人なら腕力で制圧することは可能だと思う。斎藤さんの身長は150cmだい後半ぐらいで、体重は50キロいかない程度と推定される。先日2階廊下の手摺から一緒に落ちたあのゾンビは斎藤さんより少しだけ大きい程度だったので、斎藤さんも手摺から突き落としてしまえるだろう。
玄関のドアスコープから外を覗けば廊下の階段側に影があるのが見えた。ドアの死角じゃない階段側にいるのは好都合だ。
今がチャンスか。俺は玄関に置きっぱなしになっていたイカ串のプラスチックボトルを開けると一本取りだして噛みつきイカを串から引き抜いた。頭部分だけ食いちぎりその他は捨る。全部食べている時間は無い。そして少しだけドアを開き、斎藤さんが気付いていないのを確認すると、念のためにガムを口に放り込みそのまま斎藤さんに掴みかかる。
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