おばあちゃん

 〈寺〉は無の中を漂っていた。宇宙が誕生する瞬間、〈寺〉はその外側にいたからだ。

 霊体たちは全て新たな宇宙へと旅立ち、〈量子イタココンピュータ〉は消え、ミチル一人だけが〈寺〉に残っていた。彼女を〈おばあちゃん〉として認知する者はもういない。やがてミチルは自己すら認知することができなくなり、その存在を消滅させるだろう。


 ミチルは新たな宇宙の行末について思いを馳せた。一人分だけになった霊体回路、もとい想像力でも、宇宙は再び死を迎えるのではないかという予測はできた。生命はまた宇宙の死を乗り越えることができるのだろうか、自分がやってきたことは結局は無駄だったのではないだろうか、ミチルはそんな自問自答を繰り返した。

 いくら想像しても結論は出ない。そこでミチルは思考を過去に向けた。自分がいた宇宙がどう生まれたのかを想像した。宇宙は死に、そこから生まれることができるのなら、自分がいた宇宙も一つ前の死の状態から生まれたはずだ。ミチルや彼女が集めた霊体たちも、一つ前の宇宙から引き継がれたのだ。ミチルと同じようなことをした誰かが、生命を引き継いだはずだ。そのさらに前の宇宙でも同じことがあったはずだ。


 だったら大丈夫だ、ミチルは安堵した。生命は今までずっと宇宙を超えて引き継がれてきたのなら、新たな宇宙でも誰かが生命を次に繋げてくれるだろう。確証は無いが、それが正しいという自信はあった。彼らは自分たちの力でエネルギーを生み出し、宇宙を作り出すほどの可能性を持って存在しているのだから。


 ミチルの存在は消滅しようとしていた。彼女は周囲の情報を何も感じ取れなくなり、自身を認知することもできなくなっていた。


 空間も時間も存在しない無の中に、「やりきった」という想いだけが残っていた。

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量子イタココンピュータおばあちゃん 羊倉ふと @lambcraft

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