第1章 第7話
「気づかなかったな」とローラン。
「まったく。気をつけてくださいよ。私の仕事を増やさないでください」
ヴィンセントが横から小言を言う。ローランは女性へ向き直る。
「ご親切にどうも」
「中身を確認した方がいいかもしれません。すってから財布だけ返すスリ師も多いですから」
それでは、といって女性はにこやかに微笑んで立ち去った。彼女に手を振ってからローランは財布の中身を見たが、幸いまだ中身の紙幣は無事だった。
「親切な人もいるんですね」
ヴィンセントは戦争孤児で、悲惨な環境下で幼い頃を過ごした。この国の平和はああいった親切心と余裕のある人のおかげで成り立っているのかもしれない。
それからクレアがよく利用するという魚屋まで行った。魚屋には平べったい赤い鱗の魚、光の角度によっては銀にも青にも見える一風変わっためずらしい魚も並んでいる。エプロンをつけた店主の男がこちらを客と思い、大きな声を出す。
「いらっしゃい、お兄さんがた! 観光かい?」
身なりのいいローランを見て、他国の貴族が観光目的で市場を訪れたと思っているらしい。たしかにこの国に住むような本物の貴族はめったにこんな場所には来ないだろうから、当たり前の反応だ。
「いつも世話になっているな。俺はハリウェル家のものだ。いつもあんたが仕入れてる魚を家で食べさせてもらってるよ」
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