第1章 第6話


 ヴァルスタイン王国の市場はちょうど朝六時から八時にかけ、中央広場で開かれる。八方へと続く道全てに露店が出て、美味しそうなパンや果実水はもちろん、帽子売りや飴や花を売る子供たちもいた。ぎゅうぎゅうの人並みに押されながら、ヴィンセントはローランと共にクレアが不死鳥教団の話を聞いたという魚屋の露店へ向かった。


 朝の市場は混雑しており、スパイシーな香辛料や甘い砂糖や新鮮な果物の香りで満ちている。通りを歩けば、かわるがわる商人に声をかけられ、中には腕を引っ張り無理やり店の前に連れてこようとする悪い店員もいた。


 貴族の生まれのローランはこういった人混みに慣れていないのか、緊張した面持ちだ。ヴィンセントも都市での暮らしは学校の塀の中が大半なのでこういった場所に慣れているわけではない。


「そこの方」


 ふとすれ違った女性に声をかけられた。灰色のフードをかぶった黒い長髪の女性だった。年齢は二十代後半くらい、細い目をしていた。


「俺ですか?」


 ローランが振り向く。女性は少しためらってから、二人にだけ聞こえる声で言った。


「財布、すられそうでしたよ」

「えっ」


 ローランが自身のスラックスのポケットを見ると不自然に財布がポケットから飛び出していた。ぶらんと垂れ下がった高級革の財布はたしかに今にもすられそうだ。


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