レーベン編:過去⑤
ある日、騒々しい音でレーベンは目覚める。過酷な実験により気絶していたようだ。気づくと医務室のベッドの上だった。
「いっ...」
実験でできた傷に顔をしかめる。しばらくしてようやく起き上がることができた。
「一体何が...?」
ドアを開けて部屋を出る。するといつもの施設とは全く違う景色であった。崩れる壁、焼け焦げる床。この緊急事態に思い浮かべるのはもちろん最愛の妹。激痛に耐えながらも必死にオネットの部屋へと向かう。走りながら剣を複数展開する。レーベンは剣がいる場所の情報を得ることができる。剣を施設全体に飛ばすことにより何が起こったのか、オネットはどこにいるのかを何となく把握することができた。この事件の原因と被害の規模を見るに、施設はもう再起不能だろう。つまり自分はもうすぐ死ぬ。死ぬまでにオネットを安全な場所に逃さねばならない。
「オネット!!無事か!!」
オネットは自分の部屋にいた。幸い個室は頑丈な造りとなっており目立った被害はないようだった。
「お兄ちゃん!!」
抱きつかれるレーベン。
「ここはもうダメだ。逃げよう」
「いいか?今から言うことをよく聞くんだ。1人でこの施設から脱出するんだ。俺は他の人達を助けに行く」
「お兄ちゃんも一緒じゃなきゃ嫌だよ...」
レーベンはオネットの頭を撫でる。そして一本の剣を作り出す。
「お守りだ。この剣がお前を守ってくれる。他の人の安全を確認したら俺も追いつくから。オネットはいい子だから言うこと聞けるよな?」
「...ずるいよ。そうするしかないじゃん...」
「絶対無事に帰ってきてね...約束だよ...」
「ああ、約束だ」
兄妹はお互い反対方向に駆け出す。レーベンの作りだした剣が正しい方向へオネットを導いてくれている。これでもう安心だ。
先程した約束は守られることはない。レーベンは間もなく死ぬ。だが死ぬ前に少しでも助けられる人を助けたい。たくさんの剣を生成して救助に向かわせる。
「げほっ!!げほっ!!」
激しく咳き込むレーベン。その口からは赤い血が滴り落ちる。実験の後遺症と生成した剣の負担が大きいようだ。だが彼は剣を生成するのを止めようとしなかった。どうせ死ぬのならこの命尽きるまで人を助けたい。その思いがレーベンを突き動かしていた。
やがて全ての生体反応が施設から外に出たことを確認するとレーベンは膝から崩れ落ちる。
「手の汚れた俺でも...最期に少しでも...近づけたかな...」
そう言い残し1人寂しく瓦礫の山に埋もれていった。
「外に出られた!!お兄ちゃんは!?」
オネットは辺りを見渡す。兄の姿はどこにもないようだった。心配で彼からもらった剣の柄を強く握り込む。
「君!!大丈夫かい!?」
すると複数の男女がオネットに話しかけてくる。
「あなた達は...?」
「騎士団だよ。特別な能力を持った人に過酷な実験をしている施設があるとの情報を得てね。救助しに来たら激しく抵抗されてこんなことに」
騎士団は様々な各地区に配属されている自警団のようなものだ。身寄りのない人間の保護も行っている。レーベンの狙いはこれだった。
「お兄ちゃんは...?お兄ちゃんがまだ中に!!」
「なんだって!?」
慌てて救助に向かおうとする騎士団の面々。しかしその希望は文字通り潰えた。施設が音を立てて崩れていく。
「あ...あ...」
愕然とするオネット。より強く剣を握りしめる。その瞬間、剣は砂のように崩れていった。
「そんな...お兄ちゃん...約束した、のに...」
とめどなく溢れる涙。オネットが泣いているときにいつも頭を撫でて慰めてくれる兄はもういない。
オネットは騎士団で事情聴取された。そこで行く宛がないことを話すと、騎士団が孤児院を斡旋してくれた。
オネットに安定した暮らしをさせたい。レーベンの願いは彼がいないところで叶えられていた。
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