第2話 仇討ち

 この世界で神は様々な種族を創造した。数が多いのは主に人間と魔物だった。この世界ができて間もない頃は種族の数のバランスが取れていた。しかし、文明の発達により魔物の数が驚異的なまでに増えてしまった。今や魔物は人型の魔物である魔族と共に人間の生活を脅かしている。故に魔物や魔族は人間から忌み嫌われた存在である。

「見つけた...!!あの魔族...!!」

 そう呟くと少年は短剣を握りしめる。





 魔族であるモルテは王国に来ていた。王国でモルテの素性は知られているためローブに見を包み隠していた。モルテの目的は2つ。勇者に託された使命を継ぐことと勇者を助けること。そのために情報を集めていた。裏路地に入り、待ち合わせていた男と情報を共有する。

「あれから神界の動きは?」

 情報屋が口を開く。

「神の代替わりはあの戦争以降ほとんど無かったからな。そりゃ大騒ぎだろ」

「つまり騒ぎに乗じて神を殺すチャンスですね」

「そうだな。だがお前さんは気をつけた方がいい。狙われてるぞ」

「でしょうね。俺が氷神の権能を持ってることは問題でしょうし」

「分かってんならいい。ほら持ってけ、消えた記憶の分の出来事と目ぼしい討伐対象の情報をまとめてある」

 モルテの持つ端末に情報が送られる。極秘情報のため直接会ってから送信する手はずとなっている。

「助かります」

 少なくない金額を払い、その場を後にする。

 大通りに戻るモルテ。大量の情報の山を前にどこから手を付けようかと思案していたその時。

「勇者様の仇ーー!!!」

 少年が短剣を持ってモルテの元に突進してくる。ただ相手は歴戦の戦士であるモルテだ。少年の攻撃など見ずともいなすことは容易であった。しかし。

「っ...ぐぅ..」

 モルテの腹を短剣が貫く。膝をつくモルテ。とめどなく溢れる血を見て怯んだのか少年はその場を逃げるように後にした。人が多い大通りでの騒ぎだ。周りは騒然としている。

「おい、あんた大丈夫...っ!!その火傷は!」

 モルテを心配し顔を覗き込んだ男の表情が一変する。

「魔族のモルテだ!!」

「人殺しが!!」

「裏切り者め!!どの面下げて帰ってきやがった!」

 人間たちはモルテに心無い言葉を投げかける。しかしモルテはなんの反論もせずよろよろとその場を後にした。向こうの言い分は正しいと思っているからだ。


 モルテが向かったのはとある診療所。それも一般人用の施設ではない。

「ふん。子供に刺されたのか。滑稽だな」

 医者とは思えないような尊大な態度で語りかけるのはフィロという闇医者だ。言動に問題はあるがその腕は確かだ。

「返す言葉もないです...」

「...一応聞いてやる。何故避けなかった?」

 モルテは目を伏せる。

「俺にその資格はないですから。刺されて当然です」

「くだらないな。勇者の件はお前のせいじゃないだろ」

「いや。勇者を助けられなかった俺の責任です。俺が犠牲になるべきでした」

 フィロはモルテにデコピンをする。

「医者の前でよくもそんなことが言えたものだな」

「...すみません」

「まあいい。貴様は貴重なサンプルだからな。手当は施した。後は安静にしていれば問題ない」

「ありがとうございます、フィロ」

「例は不要だ。...ん?先程お前を刺したガキ、何か妙だぞ」

 フィロの診療所は移動式である。自由に出し入れすることができる。さらに患者を見逃さないために広範囲を見渡す機能がある。それによりフィロは町の異変を察知した。

「何やら囲まれてるな。町のど真ん中で襲われるとは」

 その瞬間、モルテは診療所から飛び出そうとしたが傷が開きかけ倒れかける。

「...ぐっ」

「本当に馬鹿だな貴様は。貴様を殺そうとした相手をも助けるというのか?そんな体で」

「...俺は助ける相手をいちいち選ぶことしないんで」

 無理矢理体を動かし診療所から駆け出すモルテ。

 



 しばし前。

(やっぱり間違いだったんだ!!魔族を勇者様の近くに置くなんて!)

 血に濡れた短剣を手に持ち少年は歩を進める。少年の名はマレクと言う。マレクは勇者が生まれた町の出身だった。勇者。それは絶対的な救世主。魔物に対抗するために神々が生み出した最終兵器。マレクはそんな英雄を誇りに思っていた。しかし勇者は魔王との戦いで死んだとの連絡を受ける。そして勇者を殺したのは勇者の親友、モルテであった。マレクは復讐のためモルテを追い続けていた。そして今日、やっと見つけることができた。攻撃には成功したが手応えがない。恐らくまだ生きているだろう。弱っている今のうちに殺さなければ。そう考えながら大通りを歩いていると。

 突如轟音が鳴り響く。するとマレクの前にロボットの集団が現れた。

「な、なに...?」

 動揺するマレク。

「識別完了。勇者の後継者を発見。直ちに処理を開始する」

 無機質な音声が鳴り響く。状況を理解しきれていないマレクの前に銃口が突きつけられる。

「え...?」

 銃弾がマレクの小さい体を蜂の巣にしようとしたその時。突如として氷の剣が飛来する。その剣は銃口を僅かに逸らした。間一髪である。ロボットとマレクが同時に剣が飛んできた場所を見ると。

「...っ!!はっ...はっ...」

 荒い呼吸をしているモルテがいた。腹部からは傷が開いたのか鮮血が滴り落ちている。

「モルテ...?」

「機神の手下ですか。しんどいんで荒っぽく行きますよ...!!」

 ロボット達が銃を乱射する。モルテは氷の壁を作り攻撃を防ぐ。モルテはどんどん氷の壁を増やしていく。いつの間にかロボット達の周辺を壁が取り囲んでいた。

「防御に徹してると思いました?」

 指を鳴らすモルテ。すると壁がロボット達目がけて迫ってくる。ロボット達は武装した腕で壁の破壊を試みるが勢いは止まらない。ぐしゃり、という音とともにロボット達はスクラップと化した。それを確認するとモルテは膝をつく。

「モルテ...!なんで僕を」

「俺は世界を守る使命を勇者から託されました。だから俺は世界を、みんなを守ります。それだけです」

「しかし、なんであなたみたいな子供を狙ったんですかね機神は。心当たりあります?」

「そういえば僕のことを勇者の後継者って言ってたような...」

 モルテの顔色が変わる。

「本当ですか?」

「う、うん...」

「勇者から聞いたことがあります。万が一自分に何かがあって世界を救うことができなくなったとき自動的に力が後継者に移ると」

 (ということは勇者はもう...いや、俺は諦めません)

 そんな会話をしていると騒ぎに気づいたのか町民達が姿を現す。

「まだいたのか!!」

「この騒ぎはお前の仕業か!!」

「出てけ!!!」

 マレクが慌てて説明する。

「違うよ!モルテはそこのロボット達から僕を助けてくれたんだ」

「そのロボットもモルテの仕業なんじゃねえのか?」

「魔族は信用できないわ!!」

「そ、そんな...」

「いいですよ。俺がいると迷惑のようなのでもう行きます」

 石を投げられながらもモルテは町から離れた。

「流石に自分から傷口開いちゃったしフィロは頼れませんね...っ!!」

 町の外れで傷口の手当をするモルテ。フィロ程ではないがある程度の応急処置なら可能だった。長い生涯で何度も怪我をしていたからこそできることだった。そこにマレクが現れる。

「お、トドメ差しに来たんですか?」

「違うよ...ただ聞きたいだけ。勇者様のこと」

「勇者の?」

「僕が聞いていたモルテの話と実際のモルテはかなり違いがあったからね。勇者を殺したのは本当?」

 (この子は本当に聡明だ...だからこそこの子が勇者の後継者に選ばれたのかもしれませんね)

 (だが、まだ言えない。彼のためにも俺を恨んでいた方がいい)

「俺から言えるのは1つだけ。勇者は生きている可能性があります」

「え...?」

「俺は勇者を助けるために動いています。これだけは信じてほしいです」

「分かった。僕はあなたについていく」

「へ?」

「監視だよ。変なことしないように。そしてお前が悪い魔族だったらすぐ殺せるように。ここからは自分の目で判断して決めるから」

「へえ〜〜面白い!!いいですよ。俺を殺せるように頑張ってください」

 (アイツの後継者ならば...俺はこの子を全力で守ろう...)

 歪な関係性の二人の冒険が始まる。

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氷の記憶と不滅の者 たなみた @tanamita0213

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