第12話
御者の言っていた通り、馬車がギービナから一番近いところに着く頃には日は沈み暗くなっていた。
馬車は専用の駐留場に止められて、馬は馬屋に連れて行かれる。
ウェインが手配した馬車は探索者ギルドが提携している馬車組合なものらしく、王都に着くまでディオ達が止まる場所もこの組合が用意してくれるとのことだった。
二人は案内された宿の別々の部屋に泊まり、一夜を明かして翌日に再び馬車になり王都を目指す。
「本当にすごいな。技術というのはこうも進歩するものなのか」
ディオは昨夜泊まった宿に感動したらしい。
ベッドの柔らかさや風呂などディオの時代よりも格段に進化している。
中でも一番驚いたのは食事だった。
香辛料や調味料の発達により、料理の文化は大きな進歩を遂げていた。
ただのパンでさえディオの知っているものよりもやわらかく格段に味が良かった。
馬車の中でその興奮を語り尽くすディオを見てリリアは少し嬉しい気持ちになった。
家族を置いて千年後の世界に来る。
それがどれほど寂しいものなのか、リリアにははっきりとはわからない。
しかし、目にするもの全てに瞳を輝かせているディオを見るとその瞬間だけは不安を忘れられているのではないかと思えるのだ。
馬車は傾斜を登り、森の中は入る。
途中途中獣避けの魔法具が設置されているおかげで猛獣に襲われることはなかった。
「この辺りは結構平和で、盗賊も滅多に出ませんから心配はありませんよ」
御者は確かにそう言った。
その言葉にリリアは一時胸を撫で下ろしたのだが、そんなことはないとすぐに証明される。
二日目の昼過ぎ、後少しで森を抜けるというところで馬車は盗賊に襲われた。
「おや、なんだ……?」
最初はそんな御者の声が聞こえた。
それと同時に馬車が停止したのでディオとリリアは馬車の中から顔を出し、何が起きたのか確認する。
太い木が一本、道を塞ぐように倒れている。
「根本が腐ったか? 最近は大きな雨も風もなかったのに……ついていないな」
御者が困ったように頭を掻き、馬車を降りて倒木の様子を確認する。
大きな木だが、三人いれば転がして道の隅に押しのけるくらいはできそうだった。
「すいません。少し手伝って貰えますか」
御者に言われてディオとリリアが馬車を降りる。
ディオは木の根元の方を見た。
明らかに人為的な切り傷がつけられている。
「っ! 二人とも馬車に戻れ」
ディアが御者とリリアにそう指示をしたのと盗賊が草むらから飛び出してきたのはほとんど同時だった。
盗賊の一人が剣で御者の首を狙う。
ディオはそれよりも一歩早く踏み出して、懐にしまっていた短剣でそれを受け止めた。
「ひいいぃぃ!」
御者が腰を抜かした倒れ込む。
力任せに剣を推してくる盗賊を相手にしながらディオは振り向いてリリアの方を見る。
「リリア! 彼を守れ」
その迫力のある声にリリアは「はいっ!」と返事をして御者の近くに駆け寄る。
ディオは短剣を滑らせるように振り抜いて剣を弾き、盗賊が怯んだ隙に短剣から炎を出して盗賊を襲わせる。
盗賊の身体が燃え上がり、熱によって悶え苦しむ。
盗賊が死んでしまう前にディオは短剣の魔法の力を使ってその日を消した。
「魔剣持ちだ! 気をつけろ」
仲間が黒焦げにされたのを見て盗賊達が警戒を強める。
ディオを取り囲むようにしてジリジリと距離を詰めてくる。
炎の短剣は前方の範囲しか斬りつけられない。
もしも再びディアンが短剣を払っても一度に全員を倒すのは難しく、炎を避けた盗賊から反撃を喰らってしまうだろう。
「試してみるか……」
ディオはすかさず懐にから短剣をもう一本取り出して構える。
その短剣はドーマ地下迷窟で竜を倒した後に発見した台座に刺さっていたものだ。
一流の探索者であれば手にするものが魔法具であるのか、そうではないのかすぐにわかるという。
ディオもその短剣を抜いた時からそれが魔法具だと気づいていた。
ただ、どういう効果のものなのかは知らなかった。
その短剣をこの場で使うのは一見すると大きな賭けのように見えるが、実はそうではない。
ディオには数人の盗賊を相手にしても余裕があり、炎の短剣一本でも切り抜けようとすれば手段はいくらでもある。
「試してみよう」というディオの探索者ならではの好奇心がここで新たな短剣を抜かせたのだ。
ディオは炎の短剣を盗賊達に向けて構えつつ、取り出した新たな短剣を横薙ぎに振るう。
炎の短剣であれば、その方法で炎を出すことができる。
新たな短剣は炎のかわりに風を起こした。
風はその進行方向をある程度コントロールすることが可能なようだ。
「ほぉ、風か。こいつは都合がいい」
ディオは感心して頷き、盗賊達は新たな魔法具にごくりと唾を飲み込んだ。
ディオが炎の短剣と風の短剣を重ねて振るう。
炎が風に煽られて燃え盛り、その風はディオの意思で炎を運ぶ。
炎が渦を描いて広がり、ディオを囲む盗賊達をまとめて燃やした。
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