第11話

王都に向かうための馬車はその日のうちに用意された。

日も傾きかけていたがもう出発するらしい。


「急ぎとのことなんで、今日は一番近い町まで向かいます。そこからは夜の旅に町で馬を休ませますが、宿泊の分の金額もいただいていますのでご心配はいりません」


御者はそう言って馬を走らせる。

馬車にはディオとリリアが向かい合うように座っている。


リリアは何度かディオの顔を盗み見てはすぐに顔を伏せるという行動を繰り返している。


「この人が本当に私のご先祖様なのだろうか」「すごく強そう……。本当に優秀な探索者なんだ」と考えが次々に浮かぶ。ディオはリリアよりも年上だが、想像していたよりも若い。


いや、そもそも想像していたのは「先祖」という言葉から祖父のような老人だったので、実際に千年前から探索者の現役のままやって来たディオが若いのは当たり前なのだが……。


などといろいろ思案していたせいでディオが声をかけても最初は気が付かなかった。


「……は?」


何かを聞かれた……とリリアが気が付いた時、「へあっ?」という情けない声が再び出た。


「すまん、『名前は?』と尋ねたんだ」


ディオは大げさに驚くリリアに気まずそうにしつつ、再度尋ねる。

リリアも申し訳そうにしながら


「リリアです」


と答えた。


「その名前はあのウェインという男が呼んでいたので知っている。家名はないのか?」


ディオは少し不思議そうにそう尋ねる。自分の時代では名前を聞かれたら家名と共に名乗るのが常識だったからだ。


しかし、すぐにハッとした様子で「しまった」という顔をした。


「まさか、この時代では人の名前を聞くのは失礼にあたったりするのか? すまない。配慮が足りず……」


目に見えて慌てるディオを見てリリアの緊張が少しほぐれる。


「そんなことないです。ただ、探索者の中には家名を隠している人も多いみたいです。私も……今はまだ言えません」


リリアの答えにディオは少しほっとしたようだ。

リリアの家名は「グリム」である。探索者の中には貴族や王族が身分を隠している場合もあり、家名を隠す者がいる。


しかし、リリアが家名を隠したのはそういう理由ではない。

「グリム」と名乗ったらディオに自分が子孫であるとバレてしまうからだ。


なぜバレたくないと思うのかといえば、自分に自信がないからだった。


駆け出しの探索者になったとはいえ、実力不足で仲間にも見捨てられる始末。

そんな自分が子孫だとはどうにも言い出せなかった。


ディオはリリアが家名を明かさなかったことを「そういうものか」と受け止めたらしい。


「それでは王都までよろしく頼む」


とリリアに右手を差し出した。その手を少し後ろめたい気持ちになりながらリリアが握る。


「おお、この文化は残っていたか」


とディオが笑う。


それから馬車が町に向かうまでの間、二人は少し話をした。


「私が付いてくるの、迷惑じゃなかったですか」


リリアがそう尋ねるとディオは少し悩むそぶりを見せた。

その反応をみてリリアは「本当は迷惑だったのかも」と少し不安になったがディオが考えていたのは別のことである。


「あのウェインという男。話した内容のほかに思惑があるようだった。それが何かはわからなかったが、この時代に来てたった一人。右も左もわからないような状況で敵を作るより、素直に従っておこうと思ったんだ」


ディオがそう言うとリリアは予想外の反応を示した。

身をぐっと前に乗り出してディオの両手を自分の両手で抱える。


「一人じゃないです! 私がいます。一緒に帰る方法を見つけましょう」


まるで自分のことのようにそう言うのだ。そのあまりの真剣さにディオはあっけにとられ思わず笑ってしまった。


リリアはすぐに我に返り、あたふたしながら座席に戻る。


しかし「一緒に帰る方法を見つけましょう」というその言葉はディオの心に残っていた。


長い時間をかけて、ようやくクリアしたダンジョン。外に出た時、ダンジョンを攻略したことよりも「これでようやく帰れる」という思いの方が強かった。


蓋を開けてみれば自分のいた時代よりも千年後の世界という突拍子もない事実。

帰りたいと思わないわけがなく、考えているのは家に残してきた妻と子供のことだった。


ディオはその思いを微塵も外には出すまいと心がけていた。

自分に何が起きて、ここがどういうところかはっきりするまで気丈にふるまっていたつもりである。


事実、彼と話したウェインはその毅然とした態度にディオの強さを垣間見た。


自分の気持ちはだれにも知られていないつもりだった。

ところが目の前のリリアという少女はいともたやすくその感情に気づいてしまった。


「帰りたい」という当然の感情に気づき、手伝うと言ってくれたのだ。


それが妙に嬉しく、それからすんなりとその言葉を受け入れられた。

ディオは自分の心が少し軽くなったような気がした。

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