第9話
「つまり、俺は千年後の世界にいるってことか?」
窓の外に広がるギービナの町を眺めながらディオが言った。
ここはギービナの探索者ギルドの二階。ウェインの部屋である。
崩れて消え去ったドーマ地下迷窟の前にいたディオとリリアの二人をウェインは町まで連れ帰り、この部屋まで連れてきたのである。
状況の詳しい説明を聞くためである。
ディオは自分がなぜあのダンジョンに入ることになったのかを説明したところだ。
「あなたの話を信じるのならば、そうなりますね。逆に聞きますがあなたはそれを信じられますか?」
ウェインは問い返す。
ディオはもう一度窓から町を見渡した。それからこの部屋につくまでの様子を思い出す。
「俺の知る限りあのダンジョンの近くに町なんてなかった。それに、この町の建物……それに町の人間が来ている服……。どれも俺が知るものよりもしっかりしたつくりになっている」
ディオは自分の着ている服を見る。
探索者としては割といい服だ。ダンジョン産の素材で作られた優れもの。しかしそのデザインだけを見ればリリアやウェインの着ている服と比べるとぼろきれと呼んだ方がしっくりくる。
「信じるしかねえな。あのダンジョン……扉をくぐった後の遺跡で俺が過ごしたのは一年くらいだ。正確に数えたわけじゃないが、実際に千年もたったとは思えない」
遺跡の中に太陽の日差しは届かず、正確な日数を数えられたわけではない。しかし、そもそも千年間も人が生きられるわけはなくダンジョンの中と外で時間の流れが違ったのだとディオは考えた。
「あなたの言う通り、きっとあのダンジョンの扉は一人しか通れなかったのでしょう。中にあなたがずっといたから後から扉のある部屋を見つけた者は何も見つけられず、そこを最深部だと思っていた……」
話を整理しながらウェインが説明する。
彼が本当に聞きたいのはそのあとのことだった。
「あなたが中で竜を倒し、ダンジョンはクリアされて崩れ落ちた。私が気になっているのはそこです。『ダンジョンは攻略すると消滅する』この情報に間違いはないですか?」
ウェインの問いにディオは頷いた。
「基本的にはそうだ。中には消滅せず、そのまま残るダンジョンもあると聞いていたがそう多くはない。……本当に知らないのか?」
ウェインはため息交じりに首を横に振った。
リリアがそうだったように「ダンジョンはクリアしても何度も挑戦できる」というのが探索者たちの共通認識である。
だからこそドーマ地下迷窟が消えたことに驚き、問題視している。
「歴史書には何も書かれておりません。それに、探索者ギルドにもそう言ったことは言い伝えられていないのです」
ウェインは初めディオがこの世界とはルールの違う別の世界から来たのではないかと思った。
それならば「ダンジョンに関する認識の違い」にも納得ができるからだ。
しかしディアが「ドーマ地下迷窟」という名前を知っていたことと、実際にその地下迷窟が崩れ去り消滅したことからこの考えを捨て去った。
「……とにかく、これは我々探索者ギルドにたった一大事です。正直に言えば私一人では判断に困る。そこで、あなたには王都にある探索者ギルドの本部に向かっていただきたいのですが……どうでしょう」
ウェインは「ダンジョンがクリアすると消える」という事実に対してとある疑問を持っていた。
それは、これが「意図的に隠された真実なのではないか」という疑問である。
現在、国内には数百のダンジョンが確認されている。
その中には「ドーマ地下迷窟」と同等か、あるいはそれよりも古いダンジョンも含まれる。
ディオの話を全て信じるとするならばそのほとんどのダンジョンが「未攻略」ということになってしまう。
クリアしたら消滅するはずのダンジョンがそのまま存在し続け、人々に富をもたらしている。
例えば今回のようにずっと「最深部」だと思われていた場所が実はそうではなく、今存在するダンジョンのほとんどに「本当の最深部」が隠されている可能性がある。
ウェインはそれを「不自然」だと感じた。
およそ千年。ダンジョンが生まれ始めてから今までのどこかで歴史が上手く伝達されずに「ダンジョンが消滅する」という情報が受け継がれなかった可能性は確かにある。
しかし、これまで何千、何万という探索者が様々なダンジョンに潜ってきたのだ。
その全てが本当は「未攻略」だったと言って誰が信じるのだろうか。
偶然にしてはできすぎている。
さらに、ウェインはこの真実がディオの口から広まることを危惧していた。
いままで当然のようにそこにあった「ダンジョン」。魔物という脅威が出現するそれは国民にとって恐怖の対象であると同時に既に国を支える資源の一つになっている。
ダンジョンから得られる魔石や素材で国は潤っているのだ。
そのダンジョンが消えてしまうこと自体が国にとってマイナスといえよう。
「ドーマ地下迷窟」の件は多くの目撃者によって明日にでも世界中に広まってしまうだろう。
それは今更止められない。
しかし、その原因が「ダンジョンをクリアしたから」だということは今はまだ知られてはいけない。
ウェインはそう考え、自分一人の判断ではどうすることもできないとも悟り、ディオに探索者ギルドの本部に向かうように頼んだのである。
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