第8話

ドーマ地下迷窟はディオが事前に聞いていた通り、彼が今まで経験してきたダンジョンとは難易度が段違いだった。


出てくる魔物はどれも強く、仕掛けられた罠も狡猾だった。


ダンジョンが出現して日が浅く、そのダンジョンをクリアしようとする他の探索者も多くいたが、そのほとんどが道中で命を落としていく。


苦戦を強いられつつもディオは持ち前の運動神経と判断力、それから高い運のおかげでそれらを切り抜けたのである。


入り組んだ道に惑わされつつ、何層にも分けられた階層を下って行ってようやくその部屋に着いたのはディオがダンジョンに入って一月が経過していた。


そのころにはもうディオはドーマ地下迷窟に入った探索者の中で最も奥深くまで進んだ探索者になっていた。

彼よりも先に入っていた他の探索者はその難易度に心を折られ、あきらめて逃げ帰ったか最後まで最深部を夢見て果てたかのどちらかである。


ディオがたどり着いたその部屋はそれまでの迷路のような入り組んだ通路ではなく、大きな一つの空間だった。


いくつもの隠し扉を経た先にあり、最終的に見つけられたのは偶然だったといえる。


その大きな部屋には意味ありげな大きな扉があった。

ディオはその扉を躊躇なく開いた。扉の先には闇が広がっていて、その闇がディオを取り込んだ。


ダンジョンはそこが終着点ではなく、そこからが「始まり」だった。


その闇は古い遺跡の中につながっていた。

地下迷窟の壁や天井と同じような材質で作られたその遺跡を見てディオはそこが「ダンジョンの続き」だと直感した。


その直感を証明するように、ディオが遺跡を進むと魔物が襲ってくる。

リザードマン、ゴブリン、スケルトン。今までもなんども戦った魔物たちだったがその強さは異常だった。


ドーマ地下迷窟の魔物よりもさらに手強い。

知能が高く、作戦を立てて襲ってくる魔物たちに苦戦は必至だった。


大きな怪我を負うたびに、ディオはそれまでいくつものダンジョンを踏破して手に入れた特別なアイテムで傷を治して進んだ。


帰ろうとは思わなかった。というよりも帰ることができなかった。

闇に包まれた後、レオンがたどり着いた遺跡にはあの大きな扉がなかったのである。


ディオは「このダンジョンをクリアしないと外に出られない」のだと理解した。


国からの命令で仕事として来たディオの目的が妻と子供のために「帰りたい」という強い思いに変わった。


何日も何日もディオの孤独の戦いは続いた。

それだけ待っても新しい探索者は現れなかった。


「ここは一人しか入れない特殊な空間なのか」


誰も追ってこないその状況にディオはそう結論付けた。

強すぎる魔物たち。彼らとの戦闘はディオをさらに強くした。


一番手強かったのは遺跡のかなり奥にいたドラゴンである。


全身を赤い鱗に覆われたその巨大な竜は口から火を吹いた。


その竜と対峙するころにはディオの持ち込んだ物資はもうほとんど底をついていた。

魔法具は決して永続的なものではない。魔石に込められた魔力がなくなれば使用不可能となる。


ディオの生命線だった「傷を治す」魔法具も使用できるのは残り一回だけだった。


そんな状況で竜と対峙しなければならなかったのはディオの不運だろう。しかし、魔法具の効果が完全に切れる前だったのは幸運だったのかもしれない。


竜にはディオの剣は歯が立たなかった。鱗が硬すぎて刃が通らないのだ。

何度も打ち合ううちに父の剣は折れてしまった。


また、ディオがこれまでなんども助けられてきた「炎を打ち出す短剣」の魔法具も竜の鱗に阻まれて効果が薄かった。


ディオは戦いの中で片足を失った。

逃げ場のない状態で竜はディオに火を吐いた。生き残れたのはほとんど奇跡だった。


ディオと竜の戦いに、遺跡の床が耐え切れず竜の咆哮とともに崩れ落ちたのだ。


落下する中でディオは最後の魔法具を使った。

吹き出していた血は止まり、失ったはずの足は戻って来た。


竜はその巨体を支えられずに背中から遺跡の地下に落ちる。

ディオは空中で身をよじり、折れた剣を構えた。


竜が口を大きく開き、ディオを迎え撃つ。


ディオはそのまま竜に飲み込まれた。ディオの持つ剣が竜の喉内に刺さる。


さらにディオは竜の身体の中で「炎を打ち出す短剣」を使用した。

火を防ぐ鱗は意味をなさず、竜は内側から炎に焼かれた。


短剣で竜の腹を切り裂き、ディオがようやく外に出た時には竜はもう絶命していた。


遺跡の地下はそのまま遺跡の最深部であった。

そこには竜の頭をモチーフにした短剣が台座に刺さっていて、その奥に大きな扉が見えた。


短剣はダンジョンを踏破した者への宝だろう。

ディオは短剣を抜き取って懐にしまった後、大きな扉を開けた。


闇が見えた。闇がディオを包み込む。


「ようやく帰れる」


とディオは思った。

半年か、それとも一年か。どれほどの時間をダンジョンの中で過ごしていたか定かではないが、今までで一番長くいただろうことは確かだ。


「帰ったら妻に謝り、子供を抱きかかえてやりたい」


ディオはそう思っていた。

目の前の闇が晴れ、見覚えのある大きな部屋が見えてきたとき、ディオの前には驚いた表情で腰を抜かしている少女がいた。

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